第64話

 グラスを傾けて昔話に浸る、誰しも辛く苦しい思い出があり時が過ぎると美談になるものである。料理を適当に注文してそれを食べながらの会話になった。


「先ほどの話ですが、パストラ氏ではなく私にならばと仰有っておられましたが、あの言葉の意味を今少し詳しく教えていただけませんでしょうか」


 何かの比喩であったり言葉のあやであったら困ってしまうので確認する。


「何のことはない、儂が投資したいのはパストラ氏ではなくシーマ中佐あなただ。だからあなたが必要な金額を言ってもらえたらそれを用立てようじゃないか。その先の使い道は自由だよ、ニカラグアの為にこれだと思う使い方をしてくれたらそれで好い」


 投資は貸付ではないために回収の確約は一切無かった。事業に投資するのと変わらず、もし島がニカラグアを改革したらその発言力を以てクーファンに還元しようとの色合いのものである。


「戦いは水物です、投資が全く実らないことも考えられます、それでも私に?」


 ジッと目を見て思惑がどこにあるかを見抜こうとする。


「この歳になってくると何か一つでもやっておきたい、そんな気持ちになってきてな。だが自分では大事を為すこともできずに日々朽ちてゆくだけ。ならばせめて輝いている者を助けて自己満足しようということだよ」


 欲がないと言えば嘘になるが、金を使ってどうにかしたいわけでもない、ただ何かの一端を担いたいそんな気持ちなのだろう。


「そのお気持ちをありがたくいただきます。実は此度の戦で勝ちすぎて志願者が殺到でもしたら運転資金が足りなくなりそうでして」


「勝ちすぎて困るとは愉快じゃな、して幾らあれば安定するかね」


「三百万ドル、アメリカのものならばです」


 ハラウィ大尉にしてみても国家資金ですら一つ桁が少ない運用をしてきたものだから物凄い大金である。そう言ってからスホーイ一機が幾らくらいだったのか一瞬気になってしまった。


「ギリギリだと上手くいくものもいかなくなるからな。七千万レンピラ用意しよう」


「感謝に堪えません、いずれ何等かの回答をさせていただきます」

 ――つまりは五百万ドル見当か!


 姿勢を正して一礼する。


「金だって銀行の中に眠っているより世に出て役に立ちたいでしょう」


 それ以後は食事や世間の話に終始して特別な話題があがることはなかった。


 チナンデガの戦いから数週間が経って転機が訪れる、ニカラグアの大統領が必要に迫られてヨーロッパでの国際会議に出席しなければならないとの情報がもたらされたのだ。

 方々に確認させてみると国連開発援助の予算獲得弁論に各国がトップを擁してくる為に、ニカラグアだけ代理では取り分が少なくなるとの懸念からの出席と回答がなされた。


 会議自体は四日間の開催であり、弁論の順番は進行担当国であるスリランカ次第で直前に知らされるようだ。最新の情報を元に方針会議を行うため要員がいつものように司令室へと集まる。ロドリゲス中尉から報告が行われ何故召集されたかを皆が悟る。


「オルテガ大統領が国を空けることは滅多に無い、我々はここで勝負をかける」


 島が決意のほどを示し計画の仕上げを行うと宣言する。ロマノフスキーがニカラグア地図を広げて話を進める。


「大統領がマナグアを空けるのは最低でも三日、最高では六日ほどが見込まれている。それを延長させるためにはマナグア空港を使用不能にするか、政府の管理から外す手立てが必要になってくる」


 他にも数カ所空港があるが国際空港として大型機が着陸出来る条件が整っているのはマナグアしかない。隣国から乗り換えたとしてもホンジュラスもコスタリカも黙って出国をさせることは無いだろう。海路では話にならず、陸路も似たようなものである。


「サンディニスタ解放運動党の国会議員と国家警備軍を抑えて国会を強行開催し、大統領を解任してしまえば国民投票に漕ぎ着けられる」


 大尉がそう説明するのを黙って聞いている、肯定の意味合いだろう。


「最大の難関は国家警備軍を如何にして出し抜くか、だろうな。皆の考えを聞きたい」


 万単位の警備軍であっても全国に散って警備しているために本部だけなら数百人規模でしかない。ニカラグアに限らずに大抵の組織はそのような偏重具合を見せるものである。


「警備軍司令官を人質にしてしまえれば最高なんですが、彼は大統領の弟でもありサンディニスタ解放運動党の有力者でもありますから」


 理想的な結果をハラウィ大尉が披露するが、相手が一番警戒している部分でもあるために達成は厳しかろうとの見通しが共有される。


「司令部を爆撃で使用不能にできる?」


 上級曹長がチナンデガの陸軍司令部のような扱いが可能かを確認する。


「地下司令室があるから邪魔は出来ても沈黙はしないはずだよ」


 マナグアを知っている中尉がそう回答する。パストラ達がどのように襲撃したかを説明させようと島が口を開く。


「少佐、その昔パストラ司令官らは宮殿を占拠するにあたりどのような作戦を?」


 成功へのプロセスを辿ってみようとの意識が出て来たために視線が集まる。


「宮殿近くに個人個人で移動待機し、いざ実行の際に素早く集結し突入、最後は政治亡命で国外退去があらましです」


 それを聞いたロマノフスキーが唸るがニカラグア人が主力ではないために厳しいだろうと判断する。


「宮殿は警備が緩いのですか?」


「戦いの場ではないからね、司令部などと比べたら緩いと言えるだろう」


 国会だけ制圧しても如何ともし難いが、事前に必要な人物や機材が全て国会に集められているならば外がどうなろうと問題なくなる。いざ不足した時に即座に何も用意出来ないと不安要素は尽きない。


 その後もあれこれと意見はでるがこれはというものが出て来ない。結局答えを出さずに中途半端なまま会議を終えることになる。


「中尉、マナグア市内地図とそこに至るまでの地図を三十部用意してくれ。少佐は宮殿の見取り図を入手するか作成を、ハラウィ大尉はサンディニスタ解放運動党議員の顔写真を揃えておいてくれ、先任上級曹長は政治亡命の手続きや受け入れ先についての資料を、ロマノフスキーは全体の進捗を見て手助けしてくれ。俺はコスタリカへと飛ぶ、少尉も同行を」


 どの道を通るにしても必要だろう内容を準備しておく。最後はやはり首都で決着をつけることになる、それだけは間違いないと胸に刻む。三度コスタリカへと足を踏み入れるが今回は越境を計画していない。空港からいつもと反対へ向かいサン・ホセ市内の政庁を訪れる。事前に訪問を伝えていたためにエンリケが出迎えてくれた。


「遥々ようこそ中佐殿。兄貴にも協力するように言われててね、何か手伝うことがあったら言ってくれ」


「そいつはありがたい。一つ頼まれてくれるかな、ポールと紐を用意してほしい」


 何だそりゃと思ったようだがそれを手配してくれる。案内されてビルの上階へと登り奥の部屋に入る。


 中でパストラ司令官と夫人、そしてミランダが迎えてくれた。


「中佐よくきてくれた」

「ダオさんいらっしゃい」


 同時に違う言葉で歓迎されて少々戸惑うが他に人もいないために夫人に返事をしてから司令官にと続ける。


「レディ優先ですよ閣下」


「中佐は紳士だからな」


 軽い冗談を交わして席に着く、後ほど自由連合の代理がやってくるとのことだった。


「オルテガが国を留守にする、その件についてだな」


「ええその通りです、この機会を逃しては次がいつになるか」


 重要な話をしているために夫人もミランダも一切喋ろうとはしない。


「出来るか、奴らだって警戒するはずじゃ」


「それについては国会次第と考えています。仮に成功したら閣下はどうなされます?」


 クァトロとしてどのような未来になるかを知っておく必要があると質問する。


「国民投票はするよ、じゃが儂は負けるつもりなんだ。だから大統領には自由連合の代表がなる」


 既定路線を聞かされて意味を解釈しようと反芻する。


「では閣下のお立場は?」


「オヤングレンが大統領で儂が首相になる予定なんじゃ。行政権の一部を首相に移しての新制度を考えておる」


「それならば協力可能ですね。そのためにも国民から一定の支持を受けていることを示さねばならない、と」


 大統領選挙で惨敗してしまっては首相にも就きづらくなる、そこそこ、有効投票の三割から四割を得ておきたいところだろう。


「専決権限が付与されるならば名目には拘らんよ。内務相などでも」


 実際に国内に限れば変わらないだろうと島も思う、海外に出たときの賓客待遇に差が出る位だろう、あとは年金の上積みが違うなど。


「閣下、入閣された際には一人側近を推挙させていただきたい」


「中佐の勧めならば歓迎じゃよ」


 深く問わずに受け入れを表明する。


「クァトロのパトロンでニカラグア入植者、現在はマイアミに滞在しているレバノン系ニカラグア人のクーファン・スレイマン氏です」


「覚えておこう」


 エンリケに頼んでいた品が部屋に届けられる。少尉に持たせていた箱を受け取り少し時間をもらう。五分程で布に紐を通してポールにくくりつけることができた。


「クァトロから閣下への贈り物です、お受け取りください」


 手にしたポールに旗が付けられ、白地に星が四つとクァトロ軍旗を反転させたものである。番号はゼロ番、コマンダンテゼロを文字っている。


「ありがとう中佐、君達の志を預からせてもらう」


 ポールを持つ手に力が入る、ミランダが横から受け取り部屋の隅にと立てる。


「自由連合の方が参りました」


 秘書が来客を伝えにやってくる。島らが退室するときに擦れ違ったが、その男を見たことがあった。何とオヤングレンその人が自らやってきたのだ。


 ――これなら上手くいくだろう。


 後は自分達がいかに働くかで未来の道筋が増えると改めて気合いを入れるのであった。厳重に梱包された木箱にずっしりとした重量感、クァトロ基地にそれが届けられたのは日差しが緩む夕方であった。


「中佐、リリアンの姿が見えませんが何かご存知ありませんか?」


「街に用事を頼んだんだ、少佐はこの木箱が何かわかるかい?」


 箱のラベルには英語でモーターと書かれている。


「迫撃砲ですか?」


「正解。廃棄寸前の骨董品を安く譲ってもらったんだ、五十ミリの携帯用だ」


 一昔前に歩兵用に普及した五十ミリ迫撃砲、射程こそ一キロそこそこと短いが軽量曲射兵器としての実績は抜群である。低い位置に伏せられたり掩蔽がなされたりしている時に特に威力を発揮してくれる。


「立体的な攻撃手段と言うわけですか、手榴弾よりもあるいは期待出来ると」


「二秒に一発爆弾が降ってきたら大抵は驚くだろうね」


 軍曹を一人呼び出し荷物の点検を命じて二人は司令室へと戻る。


「とあるありがたい援助で軍資金は充足した。後はどう使うかだが、八百程の兵員をマナグアに潜伏させるにはホテルと言うわけにもいくまい、家屋の準備が必要になるだろう」

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