第63話
◇
フランス軍空母サン・ジョルジュは珍客を迎えて賑わっていた。通信機でやりとりしてしまった以上は遅かれ早かれ自らの正体が露見するのは目に見えている、そのため今はもう大して気にしていなかった。
甲板にテーブルを並べて簡単なパーティーを催してくれるらしい。島はロマノフスキー大尉とグロック先任上級曹長のみを連れてやってきていた。
「クァトロのイーリヤ中佐以下二名、フランス軍に敬意を表します」
丁寧な動作で艦上の軍旗、次いで艦長、そしてキュリス中佐にと敬礼する。
「空戦司令キュリス中佐、クァトロの奮戦に敬意を表します。紹介します、艦長のドラクロワ大佐殿です」
「先日は助けられました、イーリヤ中佐です」
「ドラクロワ大佐だ。勇猛果敢なレジオネールだったと聞いているよ」
笑いを浮かべて仲間だと認めてくれる。
「レジオンではグロック先任上級曹長が一番長く、軍に二十年は勤めていました。現在は後進の育成に力を貸して貰っています」
グロックも改めて大佐に敬礼する。
「いずれも素晴らしい戦士だ、それは偽りようもない事実だと確信しているよ」
「高く評価していただき感謝致します。しかしスホーイの件、ご迷惑はかかっておりませんか?」
気になっている部分に踏み込んで尋ねてみる。
「気にせんで良いよ、それを何とかするのが外交官らの仕事だ。我等は最善と信じる行動をとる、それだけだよ中佐」
きっとキュリス中佐が強く進言してくれたに違いない、感謝しても仕切れない。だが彼らはそのような恩着せがましい態度は微塵も見せなかった。
「さあささやかですがパーティーをしましょう、中佐の武勇伝を聞かせてもらいたいものですな」
「ま、失敗談ならばいくつか」
それでも大歓迎と肩を抱えられ会場へとひっぱられていった。
「ところでシーマはフランス国籍を取得した?」
キュリス中佐が何となく気になったようで尋ねる。
「いえ結局とらず仕舞いでした。将来どうするかはわかりませんが」
「と、言うと?」
「実は戦いに疲れたら大学に来ないかと誘われまして」
何故大学なのか少し考えて士官大学ではないのを確認して行き詰まる。
「どこの大学?」
「パリ・ソルボンヌ大学で語学教授に声をかけられた次第で」
「なるほど世界各地を渡り歩く中佐には打ってつけの収まり先だな!」
そんな道もあるもんだとパーティーに参加している兵士らも頷く、自然とどんな言葉を理解するかの話題にと移り変わる。
「フランス語、英語、スペイン語、ロシア語、ドイツ語、日本語、アラビア語、ベトナム語を少々、あとの主要な国はシノワ位でしょう」
シノワとフランス語で表すとまた納得の呻きが聞こえてくる。
「もっとも明日の今頃土の中じゃないとは保証も何もありませんがね」
それが軍人だなと締めくくる。一々ふさぎこんだりしていたら身がもたないとばかりにさらっと流す、逆に危険だ危険だと騒ぐ奴ほど早死にしていくものだ。
「しかし一昔前には中佐みたいな日本人がたくさん居たというのに、現代では貴重だね」
「そうですね、百年か精々八十年も遡れば優秀な人間が沢山いました。軍人だけでなく政治家にも。それが昨今は情け無い限りで、国益国益と言ってどこかのチンの手先みたいな政治屋が幅を利かせている有り様」
本音を言っても問題あるまいと迸らせる。
「かく言う我が国も似たようなものだよ。チンに札束で殴られて喜んでいるような政治家の多いこと」
せめて我らだけでも頑張ろうと握手を交わして船を降りることにする。まだまだやらねばならないことが山と待ちかまえていた。司令室の椅子に座るとまず最初にロマノフスキーを呼び出した。以前にも増してすっきりとした表情をしているのが嬉しい限りである。
「で、どうだった」
主語を丸ごと省略して問い掛ける。
「この手できっちりお返ししてやりましたよ。まさかニカラグアの辺境で宿願達成とは驚きの奇跡です」
「なんだ神を信じる気になったか?」
そう言われて少し考える。
「もう二、三回奇跡が起きたら検討してみましょう」
「そいつは結構なことだな。では報告を聞こうか」
満足したようで何よりと島も納得する、それにより何が変わると断言出来るものでもないが、それでもだと。
「車両三、兵士四十二、数字としてはっきり失われたものはこの二点です」
「車両は良いとして四十二人も戦死者がでたか……」
数だけでなく身近な人物らの顔が頭に浮かぶ、決して簡単な内容ではなかったが改めて聞いてみると痛みが伴ってくる。
「一方で与えた被害ですが三百は下りません。負傷者や脱走者を換算するならば千近い戦力を減じました。これは圧倒的大勝利と位置付けて良いと思われます」
比べて逆なら目も当てられないが、勝ったと言われても損失が気になってしまう、貧乏性なのかも知れない。
「わかった、兵を休めて傷を癒やし次に向けて準備しておいてくれ」
ロマノフスキーも無数に傷を受けており、腿の銃傷は意外と深かったようである。報告書に目を通して後の論功行賞にと役立てるようする、次に上級曹長を呼び出す。兵備の拡張をするためにこれから忙しくなる意味では一番かも知れない。
「上級曹長、よく大尉を守り通してくれた、礼を言わせてもらう」
「自分より強い人を守るのが難儀ではありました。ジューコフ少佐の腕を撃ち抜いたのが自分だとばれたら大目玉でしょう」
島に特命を受けていた彼は一対一の勝負に水を差してしまっていたのだ。
「大尉には悪いがそれで良い。秘密は墓場まで持って行くんだ上級曹長」
「ダコール」
こうしておけば絶対に漏らすことはない、後は島が知らんふりをしておけば闇の中。
「それはさて置きこれからは志願者が纏まってやってくる可能性がある、間諜だって混ざってくるだろう、武器弾薬の管理を厳重にして欲しい」
弾薬が爆発してしまえばそれだけで著しく戦力が低下する、マッチ一本で訪れる被害としては最大級だから要注意である。
「別々の班に見張らせるなどして警戒しておきます」
引き続き上等兵への引き上げ権限を付与しておき退室させる。あまりにも兵が増加するならば兵舎を増設しなければならないなと軽く気にとめておく。呼んでもいないのにタイミングよくハラウィ大尉がやってきた。
「中佐、二点報告がありますので参りました」
「何だろうか」
一つは島が呼び出すつもりであった戦闘結果報告などなど関連のことがらであった。
「以前に話があったマイアミの富豪が近くにやってきております、会っていただけないでしょうか?」
「そうか、それならば今夜チョルチカでもテグシガルパでも場を用意してくれ大尉」
了承すると嬉しそうに返事をして部屋をあとにした。机に書類が溜まってきているが今度は少佐を呼び出した。
「精力的なお仕事ぶりですな中佐」
「少佐がいるから書類がこれだけで済んでいるんだよ。率直に答えて欲しい、凡そでいいがあと兵士が二百増えたら資金繰りはどうだ?」
装備の補充や賃金、補償金などに食費までひっくるめての概算を求める。足りなくなる前に調達しなければならない、支払いが滞ったら最後、信用は簡単に失われていくだろう。
「支出だけで言うならばあと二カ月、芥子を換金したとしても三カ月が目安でしょう。今回と同じ規模の争いがあり、同じ位の被害があれば一カ月ともちません」
少佐がそう判断したならば当たらずとも遠からずな未来が待っているだろう。
――今回の結果をもって追加資金をせびるしかないか、そうなれば新たな追加条件を課せられるだろうな。
向こうだってただで金を出すわけではなく、意のままに動く操り人形だから支払うのだ。
「わかったそれは何とかしておこう。志願者がいたら拒否せずに受け入れて欲しい」
「承知しました」
成功したらしたで悩みが増えるものだと溜め息をつく。しかも失敗したらそれまで、何とも手の施しようがない話である。
「さて大統領をどうやって追放したものかな……」
そこまで駒を進めることは出来たが高くなる一方の壁をどのようにしたらよいか、島の苦難はまだまだ半ばの道をさまようのであった。夜になりワリーフが迎えに現れるら、何だかワーヒドに行ったことを思い出してしまった。
「せっかくなのでテグシガルパでレストランを予約しました、一時間ほどドライブしましょう」
どこでも構わんよと答えて車に乗り込む。用心の為にと兵が二人付き添う、運転もその若者らが担当した。街から街へと続く道の殆どはバナナを運ぶ為に作られたもので、トラックがすれ違えるようにと結構幅は広めに出来ていた。
ユナイテッドフルーツ社が支援した事業であり、舗装こそされていないがしっかりと締固められていてタイやベトナムのように道に穴が空いていることもない。
特にトラブルもなく街に辿り着くと一件の中流レストランが見えてくる、島がそう感じたならばホンジュラスでは上流であろう。既に何度か利用しているようでハラウィ大尉は案内も無くすいすいと奥へ入ってゆく。
席について暫し相手がやってくるのを待つ。扉を開けて初老の男と付き添いが一人後ろからついてくる。椅子から立ち上がり歓迎の言葉を投げかけようとして素っ頓狂な声をあげてしまった。
「――ス、スレイマンさん?」
付き添いの男に見覚えがあり記憶が呼び起こされた、あちらも気付いたらしく「シーマさん?」とまばたきを多めに呼び合う。
「あの、中佐殿はお知り合いでしたか?」
大尉もまた驚いてしまう。その顔を見て初老の男がふぉふぉふぉと気持ちよさそうに笑う。
「ヤーン、お前は中佐をどう思うかね」
「心根が親切な人物かと」
さもありんと頷いて男は大尉に声をかける。
「ハラウィ大尉、すまんが儂はパストラ氏にこれ以上投資は出来んくなった」
「な、何故ですか!?」
血相を変えて会談の場で立ったまま抗議してしまった。ゆっくりと椅子に座り男は続ける。
「袖スリあうも多生の縁と言うでな、儂はほれそこのシーマ中佐にならば金を出してよい」
「――!?」
何か言おうとしたが考えが散ってしまい声にならず、実はより良い内容なことに気付く。
「まあ落ち着け大尉。スレイマンさんもどうそお掛けになって、まずは飲み物を運ばせましょう」
なるようになるさと余裕の笑みを浮かべてビールを四つ注文する。
「改めまして島中佐です、もっともここではイーリヤ中佐と名乗っています」
「クーファン・スレイマンです。こっちは甥のヤーン・スレイマン、ご存知のようですがね」
流石に年長者だけあって精神的に幅を持っているようだ。
「日本で言葉で困っているときに助けて貰いました」
ハラウィ大尉もなるほどと合点行ったようである。
「たまたま英語もアラビア語も通じないホテルマンだったわけでして。再会に祝して乾杯といきませんか?」
差し出されたビールをそれぞれ手にして島が乾杯を持ち掛ける。
「広い世界で二回目の偶然に乾杯!」
ヤーンが快くそう声を上げてみなが乾杯する。
「しかしクーファンさん、よく日本のことわざをご存知ですね?」
「ニカラグアには昔様々な人種が入植したのです。その中に日本人もいました、彼らにはよくしてもらったものです」
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