第62話

「四十名揃っております!」


「よし、フィックス バヨネット!」


 そう声を上げて銃剣を装着して武装ジープの分隊長らに制圧射撃を命じる。軽やかな連射音が流れると右手を突き上げてから敵の集団を指差す。


「チャージ!」


 左右に兵を従えて小銃を構えてろくに狙いをつけずに発砲しながら突撃する。今までとは違う方向から突然数十の戦力で一点に圧力が加わり俄に戦列に穴があく。


 武装ジープが移動しながら間断無く射撃を行う、脅威を取り除こうと立ち向かう敵を真っ先に撃ち倒してしまう。ほんの少しではあるが高い位置からの射撃はし易いらしく命中率が良い。


 何より先頭に立ち銃剣を手に進むマリー少尉の活躍が凄い、不意に近付かれた相手は銃剣を装着している暇がなく銃床で殴りかかるがそれをあしらい刺し返す。無理に引き抜こうとせずに一発撃つとその反動で刃が肉体から抜ける。


 二十分程も戦いながら進むと連隊旗を廻る戦いが行われている場所にたどり着く。そこに一つの輪が出来上がっており中で二人の男が対峙しているのであった。


 銃剣を手にした男はロマノフスキー大尉で、その前にいる男は当然マリー少尉には見覚えがなかった。周りの兵と違う軍服を着用しているが肌の色が白いため現地人でもないのがわかる、それがロシアからの軍事顧問と気付くのに数秒も必要としなかった。


「ロマノフスキー少尉、いや今は大尉かまた会えて嬉しいよ。中々同じ男を二度殺すことは出来ないからな」


 ナイフを構えて舌なめずりする。刃渡りは二十センチ見当だが油断してはならないのを大尉は知っていた。ジューコフが手にしているのはスペツナズナイフなのを熟知しているからに他ならない。


「ジューコフ少佐、仲間を巻き添えにするような狂った命令を出したのは貴様だな。今度はロシアの圧力に屈する必要はない、手加減はしないぞ!」


 銃剣をしごいて一歩二歩と距離を詰める。


「ほう手加減してもらっていたとは知らなかった、全力で掛かってくると良い、そして絶望を感じろ!」


 ナイフで首筋を狙うが銃剣を当ててそれを弾く、すると素早く二度三度突いてくるがギリギリ引き付けてかわす。銃床で胸を打ち据えようと捻るがジューコフもそれにあわせて身を引く。


「少しは出来るようになったようだな」


「ほざけ外道が! 貴様のような奴が居るからウズベクは脅えて暮らさねばならんのだ!」


 銃剣を突き出し引き際に捻り銃床で顎を砕こうとするが上体を逸らしてかわされる、膝を踏み抜こうと軍靴を少し浮かせて斜めに落とすが逃げられる。


「どうやらレジオンに居たというのは事実らしいな、泣いて許しを乞えば部下にしてやってもいいぞ」


「死んでもお断りだ! 今すぐに貴様を大佐に昇進させてやる!」


 攻撃に移ろうとしたところでジューコフがスペツナズナイフのボタンを押した。バネで推力を得た刃がロマノフスキーの喉を狙い飛来する、少しだけ身を捩る猶予を得られたのは彼の身体能力の高さからだろう。


 ギッと金属が擦れて不快な音と衝撃が手に伝わる、銃口にあたり銃剣がぽっきりと折れてしまっていた。小銃を捨てて拳を握ると殴りかかる、思い切り顔を殴ってやりたいがラッキーヒットを期待出来る相手ではないのを感じてガードの上から当てたり腹に当てたりする。


 しかしここはリングの上ではなく戦場であった、流れ弾がロマノフスキーの腿を掠る。一瞬バランスが崩れるのをジューコフは見逃さなかった。


 拳を振り抜くとロマノフスキーが顔面へもろに打撃を受けてフラつく、トドメだとばかりに深く踏み込み体重を乗せて拳を突き出す。ところが今度は弾丸がジューコフの腕を貫き転倒する。薄れていた意識を取り戻した大尉が倒れている男に覆い被さるようにのしかかる、膝を喉に押し当て体重をかけた。


「ザスヴィダーニャ!」


 じゃあな、と言い捨てる。鈍い音が聞こえ頸骨が折れてジューコフは即死した。肩で息をしながら立ち上がりあたりを見回す、すっかり戦況が頭から抜けてしまっている。


「大尉、B中隊から白兵戦部隊が増援されたようです」


 上級曹長が駆け寄り報告する。


「連隊旗を叩き折れ! 司令部に報告、A中隊は敵連隊本部を蹂躙、と。スペイン語でだ」


 体のあちこちが痛むがそれを無視して命令を下す。ご丁寧に敵に伝わると都合が良い内容を共通語にしてわざわざ聞かせる。白兵戦隊を率いたマリー少尉がやってくる、全身返り血なのか傷なのかで凄まじい状態である。


「大尉殿、司令の命令で増援に参りました。不要でしたかね」


 活き活きと言葉を発して目を輝かせる、適性はここにあると言わんばかりに。


「不要だと言いたいが無理をしてきたからな、散らばっているやつらの加勢を頼む」


「ダコール」


 部隊を四つに分けて苦戦している場所に散らすと武装ジープを招く、大尉の護衛に四台残して自らは白兵戦相手を求めて繰り出していってしまう。


「司令部、A中隊、ご苦労様、顛末は後程。全軍に告ぐイーリヤ中佐だ、敵連隊本部は陥落した、我らの勝利だ勝どきをあげろ!」


 戦場のあちこちで勝どきが上がると流石に勝負あったと判断したのか敵が散り散りになり逃走してゆく。民兵もC中隊からの部隊が接近すると降伏した、これを拒否する理由もないので受け入れて武装解除してしまう。


 追撃禁止命令を出して負傷者の収容を急がせる。勝って兜の緒を締めよと注意力を高めるため、集合してから多方面に哨戒部隊を派遣する。自身も軽く戦場を巡ると敵兵ではない民間人らしき少年、恐らく二十歳にはなっていないだろう男が横たわっているのを見つけた。


「おい大丈夫か?」


 声をかけても気絶したままではあるが生きているようだ。腹の部分に血がにじんでいるので放っておくと失血死してしまうかも知れない。


「衛生兵こっちに重傷だ!」


 手招きをして治療してやるように手配する。チョルチカから輸送トラックがやってきて中程度以下の負傷者を運んでゆく、重傷者はチナンデガの病院に運び込まれた。衛生兵の見立てでは中傷にあたるらしくトラックへ運ばれてゆく。


 二時間ほど戦場掃除を行い隊列を整えると部隊はチョルチカへと引き上げていった。クァトロを見る目が好意的な者も、そうでない者も込みで争いの終わりそのものにはほっとしている。この結果がどのように人々に受け止められるか、島の関心はその一点に興味が向いていた。


 敵も味方もたくさんの死傷者を出して一つの作戦が終了しようとしている、そんな折に急遽捕虜を獲たとして報告を受ける。その男は逃げ遅れたのか隠れていたところを兵に見つかり連行されてきた。


 見たところ四十代の始めあたりの男はあちこちに浅く傷を負っていたが致命傷があり動けなかったわけでもなさそうだ。


 ――卑怯者の類か? それとも理由があって離れられなかったか。


「将校らしいやつを捕まえたのでつれて参りました」


 その報告が年嵩の男ではなく島に向いているのを不思議そうに見ている。


「貴官の姓名階級を述べよ」


 島が手柄を認めてやり何者かを確認する。


「若いな君がこの部隊の指揮官か。俺は十以上も下の若者にしてやられたというわけか……オラン・フェルナンド大佐、撃破された連隊の長だ」


「これは失礼、自分はイーリヤ中佐です。大佐殿は捕虜になられました、将校待遇をお約束致します」


 敵ではあっても大佐には違いない、そのため丁寧に言葉を選んでやりとりする。


「了承した。君のような分別つく者がニカラグアに産まれていたらと思うよ」


 それには特に何も返さずに下士官に事後を託す。


 ――悪い人ではなさそうだが大層な捕虜を得てしまったものだ。解放するわけにもいかないし、どうしたものかな。


 見つけ出した兵のグループに昇進と一時金を約束して、まずは部隊を引き揚げることにする。このまま滞在して占拠するのも可能だろうけど、流石に都市経営にまで手を出す気にはなれなかった。



 定期報告を終えたばかりで国家警備軍の司令部に戻る途中でウンベルトは党本部に引き返した、チナンデガが陥落したとの一報を得たのだ。


 ――そんなばかな! チナンデガには海軍と陸軍の守備兵の他に野戦連隊も駐屯しているんだぞ。


 顔を蒼くして党首執務室に駆け込むとまず一言緊急事態だと告げる。


「閣下、チナンデガがクァトロの攻撃で陥落したと報告があがりました!」


「……な、に?」


 言葉の意味をすぐには理解出来ずに数瞬を要した。


「詳細はまだはっきりしておりません、今しばらく執務室で待機願います。自分は警備軍司令部に戻ります」


「わかった、ウンベルト、失態に対して一枚辞表が必要になる、お前が書きたくないなら誰かに書かせるんだな」


「承知しました」


 チナンデガ軍管司令官を罷免しようとすぐに決めて足早に本部を去ってゆく。自らの執務室に戻ると報告待ちの情報が山と溜まっていた。


「重要性が高い緊急のものから報告せよ」


 秘書官に命令してまずは山を半分にすることから始める。


「チナンデガ陸軍司令部がアメリカ軍の空爆で倒壊しました、臨時で南のアチョリーに設置しております。軍事顧問のジューコフ少佐が野戦連隊に移動しました、スホーイ三機が少佐の命令で出撃し撃墜されています。野戦連隊も敗走しフェルナンド大佐とジューコフ少佐は行方不明、敗残兵を副長がまとめてアチョリーへ向かって撤退中です」


 ウンベルトは一気に胸が痛くなり気絶しそうになった。スホーイが全て撃墜の上に連隊が敗走して連隊長が戦闘中行方不明とは。


「海軍はどうした」


「空爆開始直前に軍艦で公海上に避難したようです」


「スホーイはどのように撃墜された?」


 状況を把握するために矢継ぎ早に質問する。


「それが公海上からフランス戦闘機による空対空ミサイルで撃墜されています」


「何故フランスが我が国の戦闘機を攻撃する?」


「我が国のではなく、国籍識別不明の海賊機を撃墜と報じております」


 ――そう言えばまだ供与されてから編入していなかったか!


 記憶が曖昧な部分をさておき不審な点を追求する。


「パイロットがニカラグア軍機だと抗議しているのでは?」


「スホーイには軍事顧問のロシア兵が搭乗してました、識別確認にも応じず無視しています」


「むむむ……」


 その線からの糸口が見当たらないために他の部分をと考える。


「チナンデガ陸軍司令官に通信を繋げ」

 ――軍事顧問を喪ったのは自己の責任で片付きそうだが、守備隊が全然働いていないのは問題だな!


 秘書官が通信室にそうするように命じると数分で目的の人物とコンタクト出来た。


「閣下、チナンデガ陸軍司令官ヴィゼ准将です」


 海軍司令官が少将のため一つ下の階級が代々チナンデガでは陸軍司令官として着任していた。


「准将、チナンデガにクァトロが攻めてきた時に守備隊は何をしていたのだね」


 強く詰問するような口調で不手際を指摘する。


「はっ、何分突然でしたので各級指揮官に判断を委任していました」


「結果戦わずに敗北して逃げ出したわけか。君のような司令官が何故配置されているかをよく考えて欲しい、有事に統括判断を下すためだ」


「……」


 正論なので特に反論もせずにオルテガの言葉を待つ。


「君も閣下と呼ばれる者だ、指揮がとれないならせめて敗戦の責任くらいはとりたまえ。負けを認めないならば降格の上で最前線に送り出すがどうする?」


「閣下……それは……わかりました、辞表を、敗戦の責任を自分が引き受けさせていただきます」


「うむ、ならば准将のまま退役処理しよう。ご苦労だった、指揮権はすぐに次席に引き継いで君はマナグアに出頭したまえ」


 伝えることだけ一方的に言い放つとすぐに受話器を置いてしまう。


 ――使えんやつが!


 最後くらいすんなり弾除けになれと毒づいて他の問題を減らそうとする。


「フェルナンド大佐の後任に何だか言う副長をつけよう」


「ガルシア少佐です、では通信を繋げますのでお待ちください」


 移動中だとしても一本中継を挟めば繋がる為に手配する。


「対クァトロ連隊副長ガルシア少佐です」


「オルテガ中将だ。大佐は残念であった、部隊の状態はどうだ」


「はっ、閣下! 残存兵を収容して現在四百名程度ですが、一日経てば六百程にまではなるでしょう」


 元々が千名だったのでかなりの数が死傷したことになる。


「そうか、ガルシア少佐、貴官を中佐にし連隊長代理に起用する、アチョリーのチナンデガ守備隊から四百引き抜いて再編成するんだ。階級章と命令書を届けさせる、必ずクァトロに一撃仕返ししてやるんだ」


 形はどうであれ自らに舞い込んだ幸運に感謝する。


「何としてでも報復します。つきましては越境攻撃の許可をいただきたく」


「よかろう、可及的速やかな一撃に期待する」


「後日吉報をお届けします!」


 ――どこまでやれるかはわからんが待つことにしよう。


 それにしてもオルテガはフランスが介入したのが解せなかった。仮に要請がなされたとしてもそんなにすぐは承認されるものではない。


 ――イーリヤ中佐か、不思議な奴だな。


 その後に政庁で大量退職者が出たとか、放送局で海賊放送が流れたなどの一連の報告を受けて落ち着くと、すでに真夜中になってしまっていた。久しぶりに司令部で寝泊まりをすることにして、彼はイーリヤ中佐についての興味を強く持ったことに気付くのであった。

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