第61話

 努力無しでそうなったわけではないのを承知で評価する。オルテガに限らず有能な敵を認めることは良くある話で、無能な味方とどちらが害になるか比較されるのだ。


「そんな若者が部下にいたら権限を与えたくなるか、逆に自らの地位を追いやられるのを警戒するかですな」


「ウンベルトならどちらだ?」


「今の自分なら地位と権限を与えて孫娘でもいようものなら嫁に出したい位です」


 有能な味方にするのが一番だときっぱりと答えをだす。ダニエルもそれが出来るならそうしたいと相槌をうつ。


「して定期報告だったか」


 すっかり感心してしまい来た理由を忘れてしまっていた。


「そうでした。コスタリカ方面に部隊を配備して攻撃準備をさせています」


「うむ、それでコスタリカがパストラの亡命をノとも言うまいがね」


 抗議の為に武力を行使する、それが中米の常識である。戦いもしない抗議も遺憾の意だけの腰抜け国家が近くにあったら近い将来国としての存在が怪しくなってしまうだろう。ちらりと外を見ると戦闘機が飛び立って行くのが見えた。


「あれは?」


「ロシアからの供与機でスホーイ25ですな。現在訓練中なのでしょう」


 維持管理にかなりかかるが自国で生産するなり購入するのとでは桁が三つは違うために、条件二つ返事で了承してしまったのだ。とはいえ空戦することはまず有り得ないので、本当ならば攻撃ヘリコプターが欲しかったところである。


 ――しかし国連というのは列強の言い分を認めさせるための機関であると同時に、小国は票を売ることが出来る金のなる木だな。



 目の前敵にばかり弾丸が降り注ぐ変則タッグマッチは長くは続かなかった。ロマノフスキーは指揮所を前に前にと押し出して強引に中心部へと進出していた。ボックス型に陣形を作り上げ四方を包囲されてでも戦うつもりである。


 ――チョッパーが急遽退いた?


 その瞬間に中隊の足が止まる、正面で頑張る敵を抜けなくなってしまったのだ。


「大尉、正面の隊が連隊旗を掲げています!」


 指摘されて目を凝らすと確かに旗が見えた。その下に一人だけ容貌が違う男がちらりとだが垣間見える。


 ――ジューコフ!


 立ち上がりあまりにも一点を凝視し続けているためプレトリアスが手を引いてしゃがませる。


「大尉危険です」


 何か言い返そうとすると今度は南の空から三角の何かがもの凄い速度で飛来する。


 ――スホーイ! だが国籍マークは無しか。


 ソ連邦崩壊後もグルジアの首都トビリシで製造され続けている、しかし殆どがロシアに輸出されている。グルジアとロシアの紛争ではスホーイ同士が戦う為に誤射が幾度もあった。すぐに通信機をそばに置かせる、交信は間違いなくロシア語だからだ。


「A中隊、司令部、スホーイ三機飛来、これの傍受行います」


 アラビア語を使いロマノフスキー自らが交信する。


「司令部、A中隊、こちらでも試みる、そちらは戦闘に集中するんだ」


 確かに傍受に意識を向けながらでは注意がそれがちになってしまう。だが敵のロシア語を聞いた島は自身の理解度が不足しているかと思うような内容を受信してすぐにロマノフスキーに確認する。


「俺だ、連隊旗のそばに居る者以外は敵味方構わず攻撃しろ、と聞こえたが聞き違いだろうか」


「中佐の耳は確かです、そうでなければ敵が狂っている計算になりますが」


 ジューコフにとってはニカラグア兵なんぞいくら死のうが構わない物でしかない。それが現実になるまで長くは掛からないだろう。


「司令部より全将兵に告げる、地上攻撃機が接近してきたら全力で回避せよ、いつまでも飛んではいられないはずだ!」


 言ってはみたが特に逃げ込める何かは殆どない。


 ――ジョンソン大佐に救援要請だ!


 衛星電話をとりプッシュしようとすると電源が入っていない、何度かカチカチするも暗いままである。


 ――指揮車両に被弾したときに故障したか!?


 何となくそんな覚えがある。かといって今ある機材ではアメリカ軍基地まで出力が足りない。旋回して戻ってきたスホーイが手始めに外周部に爆弾を降らせて包囲を緩めさせる、一機は左右の連装機関砲でロマノフスキーの中隊を中心に敵味方関係なく数を減らしてゆく。


「巻き添え覚悟でやりやがったな!」


 つい声を上げてしまう。司令部に被害報告が続々と寄せられる。幸い旋回してまた軌道を直して突入するまでに数分は必要とするためにこの間に対策をと考えるが地上からの攻撃手段もなく往生してしまう。


 どうやら本当に同士討ちに目を瞑る攻撃してきたようだとロマノフスキーはジューコフの性格を下方修正した。陣形を保とうとすると被害が重なり戦えなくなるのは時間の問題となる。


「上級曹長一か八かだ、戦列を無視して飽和浸透攻撃で敵の連隊旗付近に混在するぞ!」


「了解、一分下さい」


 プレトリアスは小隊に命令をスペイン語で復唱する。島に言われて密かに設置したロマノフスキー護衛班はここぞとばかりに大尉に注意を向ける。敵に聞かれても数十秒では何ともし難く、一部の犠牲を承知で無理矢理に白兵戦へと移行していった。


 一度こうなると統率を回復するのは極めて困難になる、だがそうなれば確かに空からの攻撃は受けなくなるのも理解出来た。


「目の前の敵一人に二人以上で当たれ!」


 大尉自ら声を張り上げて命令する、昔にあった軍制では、中隊を率いる者は自身の声が届く範囲までを指揮したらしい。その制度が残っていたとしても彼は充分資格があることが証明された。


「空爆またきます!」


 司令部で窪地に伏せるよう声がかけられ一時的に完全に機能を喪失する。機関砲掃射のついでに爆弾を投下してゆく、憎いことに五十キロ爆弾ばかり積んでいたようで被害が広い面で発生してしまった。


 また通り過ぎて行ったが繰り返されると戦闘不能になってしまう。一旦退却命令を出そうと島が決心したところに通信が入る。


「こちらフランス軍キュリス中佐、シーマ中佐はいるか!」


 突如イーリヤではなくシーマ中佐と名指しされてキュリス中佐が何者かを思い出そうとするがわからずに終わる。


「私だ、貴官は?」


 取り敢えず返事をするが警戒したまま相手をする。


「元レジオンのシーマ軍曹か?」

「そうだが……」

「そうか! チャドでの恩をやっと返せるな、スホーイは任せろ!」


 ――チャドだと? ……あの不時着機の機長か!


「サン・ジョルジュ空戦司令より、飛行小隊、国籍不明機を撃墜せよ!」

「飛行小隊、ダコール」


 大きく旋回してスホーイがまた爆弾をばらまきに向かってきた。西側海岸より途轍もない速さで何かが飛来してスホーイに一つ二つと命中して全てを空中で破壊してしまう、一瞬何が起きたか解らずに爆発した機体を眺めてしまった。


「飛行小隊、空戦司令、国籍不明機スプラッシュ、帰投する」

「サン・ジョルジュ、了解」


 我に返った兵士が撃墜に大喜びして声を張り上げた。地上からの広域整理情報提供がなければ戦闘機はあまりに無力である。個人に捌ききれる量を越えた情報を山ほど与えられても混乱に拍車をかけるだけなのだ。


「キュリス中佐、撃墜感謝します! しかし何故あんなに早くに?」


 どう考えても確認してからスクランブルをかけたら十分はかかるだろう。


「とある一件から軍人は押しが必要と知らされてね。気になったから早期離陸で滞空させていた」


 とある一件の関係者としては笑いがこみ上げてきたが自分の仕事を忘れてはいけない。


「後ほどご挨拶に伺います。それでは自分は任務がありますので失礼します」


「司令部、各隊、戦況報告を行え」


 まずは状態の把握とばかりに呼び掛ける。近くにいる中尉が一足早く報告する、アフリカーンズ語を通さない分である。


「C中隊、攻囲状態維持、継続戦闘可能」


 それにやや遅れて機械化小隊にはフランス語で通信してやるよう付け加える。


 ――正規の通信担当でないのを失念していた。


「B中隊、司令部、包囲前面戦線維持、後方の民兵は行動停止、敵中隊と激しく交戦中」


「A中隊、司令部、敵連隊本部と白兵戦中、敵味方混在のため戦況不明!」


 ――空爆を避けるために懐に飛び込んだのか!


 だがプレトリアスが返事を寄越してきたのだから二人とも現在は無事なのがわかった。


「機械化小隊、司令部、敵中隊に攻撃中、あと半分の予備が控えています」


 包囲の外側に居る敵中隊が厄介な存在と思える、事実足枷となり集中した行動を阻害されている。


「司令部、B中隊、白兵戦を支援する、切り込み部隊四十人を抜き出せ、予備を代わりに送る」


「B中隊、司令部、了解」


 自身の護衛分隊二つとC中隊から分隊二つを集めて軍曹に率いさせB中隊まで走らせる。


「司令部、機械化小隊、マリー少尉に特命を下す、手持ちの二個分隊でB中隊に合流、選抜歩兵四十名を指揮してA中隊の白兵戦に加勢するんだ!」


「機械化小隊、司令部、景気の良い命令拝領しましょう」


 これで穴埋め出来るところはしたと一息つく。次をどうしようかと構えたところで報告が入る。


「B中隊、司令部、友軍らしき民兵が現れて敵中隊を更に後ろから攻撃し始めました!」


 ――ようやくお出ましか、さぞかし高く自分達の戦力が売れたと思っているんだろうな!


 だがせっかく現れた味方を利用しない手はない。


「司令部、B中隊、白兵戦になれば包囲は緩めていい、後方の敵中隊に攻撃を集中して味方と挟撃を狙うんだ」


「B中隊、司令部、やってみます」


 包囲を緩めてしまうならば一カ所だけきつくしても意味がない、C中隊も命令を変更させようとする。戦線を縮小して出てくる余りを何に使うべきか思案して一つの賭けに出た。


「中尉、包囲の両端を退かせて本部の待機と交代させる、予備でB中隊側の敵性民兵を威嚇するんだ」


「すると動いてないのが攻撃してくるのでは?」


 もっともな疑問でもありポイントである。


「わざわざ出て来てすぐに戦わなくなったならば嫌々従っているんだろう、チナンデガは放棄された政権から見捨てられた、残党狩に参加したら不問だなどと絡め捕るんだ」


「確かにそうかも知れませんね。いずれにしても敵味方不明の戦力を戦場に置かないのは賛成です」


 中隊の編成を確認してあれこれと指示を出し始める。


 ――もう一手欲しいな! 今度は一番小さくてよいから曲線攻撃できる迫撃砲を用意しよう。


 武装ジープから飛び降りてマリー少尉が声を張り上げる。


「軍曹点呼!」


 四列に並んだ歩兵が順に番号を叫ぶ。

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