第31話
「助かりましたもうだめかと思っていたところです」
「それは結構なことですな。では旅券を見せていただこう」
怪しい奴らはジープだけではなくお前もだと言わんばかりに眉間に皺をよせている。島が旅券と査証を提示する。将校がライトに翳してそれを目にすると渋い顔が突然にこやかになる。
「モン島、中央アフリカ共和国は貴方の入国を歓迎致します」
あの大使のサインが効いたようだった。
「ありがとう大尉、名前を教えて貰えるだろうか是非とも知っておきたい」
ここぞとばかりに自分が重要人物であると勘違いさせようと上から目線で問う。
「ザグァ大尉であります」
敬礼して胸を張る。笑いそうになるのをこらえて続ける。
「悪いが病院まで誘導して貰えないか友人が二人重傷だ。それと電話を使わせて欲しい大使館にすぐ連絡を入れねば」
大尉は部下に命令して軍用車に先導させて街まで連れて行くように手配した。電話を手渡され島はコロー大佐へと繋ぐ。
「大佐殿、中央アフリカ共和国に只今入国致しました。危ないところでしたが警備隊のザグァ大尉の協力で無事に辿り着けました」
隣で自分の名前が出たために大尉がにやりとする。電話を返して握手を求める。
「大尉の協力傷み入る軍事相にも報告しておく」
有無を言わさずに敬礼して先を急がせてその場を立ち去る。やはりアフリカとは後進国なのだと改めて経験し救急病院へと向かう。二人を入院させる手続きをとるとその足で大佐のところへと出掛ける。フラットの一室のようなところで大佐が迎えてくれた。
「やあ島大尉無事に入国おめでとう」
なんだかよそよそしさを感じながら一応ありがとうと答える。
「早速だが成果を報告してもらおう」
島はデジカメを取り出して制御室と出入り口爆発瞬間の数カットを提示する。制御装置の爆破の後、一切の光が工場から出ていない為に電力がストップしているのがわかる。
「制御室を完全破壊し工場本体も若干ですが破壊しました」
「なるほど確かに君達はよくやったようだ。だが任務は失敗だよ」
「説明いただけますか大佐殿」
何を以てそう断言するかを尋ねる。
「制御室を完全破壊したのは認める、だが予備があったようで現在稼働を再開していると現地の協力者から報告が上がっている」
「予備ですって!?」
確かにそこまでは確認していなかったがメインの部分から目標を切り替えたのは大佐の指示である。
「我々は主要施設の破壊を要求されていたのを制御室破壊に変更されました。破壊の事実を認めるならば失敗とはいえないのでは?」
「しかし稼働の事実がある。こうは考えられないだろうか、君達が破壊したのが予備でその衝撃により一時的な停電が起きていたと」
「再稼働しているかどうかの証拠の提示を」
――どちらが予備かなんて今更わからんぞ!
そう食い下がるしかなかった。
「二日後に衛星写真が到着するのでそれで判断しよう。攻撃直後の状況のがだよ」
そう言われては仕方なく写真が来るのを待つことにした。目の前に衛星写真が並べられた。
「畜生!」
島が悪態をついた。破壊直後の炎の揺らめきの次に置かれたカットには消火されて明るく光を発している工場がはっきりと映し出されていた。車から照らされたものではなく工場からの光なのが島にも理解出来た。
「納得してくれたかな大尉」
「……はい」
「もしこれからまた破壊しに行くならば任務継続を認めるがどうする?」
再度のチャンスを与えてはくれたが実行はどう考えても無理だった。
「失敗を……失敗を認めて諦めます」
「そうか私としても優秀な人材を死地に追いやりたくはない。この衛星写真の費用は私が持とう、それとここでのホテル代も」
また次があるさと大佐は再会を期待すると残して部屋を去っていった。終始黙っていたロマノフスキーが助言してくる。
「成否はともかく報酬を振り込まなければなりません」
「そうだな彼らは申し分ない働きをしてくれた、失敗は自分の責任だ」
指定の口座に振り込まれるように手配を始める。ムハンマドとオマールは死亡による追加、イスマイルとサイードには重傷による追加を計算する。帰りの航空券等も計算し使った経費を合計してみると四十四万だった。余った半分をロマノフスキーにと渡す。
「生きているだけでも良しとしましょう大尉」
「死に目にあって三万じゃ割に合わないがそう思っておくか」
やれやれと空港に向かいフランス行きの航空機に乗り込む。
「ところで君は何故俺なんかと一緒に働いてくれるんだい?」
前々から聞いてみようと思っていたことを口にしてみる。
「自分のことを認めてくれた人物の役に立ちたいと考えてるからです。ウズベク人は義理堅いんですよ」
そう笑いながら答える。フランスに戻り数日後、難色を示していたスーダンがついに南スーダン独立を承認したと報道された。元々その方向で話は進んでいたが様々利権が絡む為に渋っていたのだが軍事蜂起を機に認めたのだという。
――まずい時期に当たっちまったもんだな!
更に翌日、イスマイルが重態に陥り死亡したと聞かされた、死亡補償金を追加で振り込みため息をつく。夏の思い出に苦い経験が一つ加わるのであった。
◇
フラットにエアメールが届いていた、差出人を見てみると島龍太郎とあった。
――親父から? 何かあったんだろうか。
そう思いながらも急用ならば電話があるわけだから違うとわかりながら封を切る。便箋数枚に渡り健康についてであったり結婚はどうだとあったり綴られていた。
――あれから顔見せに行ってないしな……
たまに帰ってこいと最後に締めくくられていた。携帯電話の番号が別にあり、もし飛行機代がなくて帰れないならば一報しなさいとまで書かれていた。
「幾つになっても子供は子供か……」
親のありがたみを思い出してしまった。少ししてからまた読み返してみる、何か長期の仕事を始めてしまえば機会を喪いかねないと気持ちを決める。椅子を立って隣の部屋の前に行きノックする。
「俺だ、今いいか?」
どうぞと部屋に招き入れると読んでいた本を閉じる。
「改まってどうかしたんですか大尉?」
相変わらず昔のまま階級で呼んでくるロマノフスキーを前にして手紙がきたことを話す。
「親父がたまに帰国しろってさ、もう七年も会ってないからな」
そう言ってからロマノフスキーは連絡すら取れてないかもと気付く。
「自分は死んだことにしてくれとお別れしてきましたから」
はっとした顔を見てだろう先回りしてきた。顔色一つで互いに何を考えているかわかるほどに長い付き合いになっている。
「どうだろう日本旅行にでも行くか?」
一緒に行動する義務も義理もありはしないのをわかっているが黙って帰るのは何か違うなと声を掛ける。
「実は一度行ってみたいとは思っていたんですよ、是非お供させてください」
にこやかに手を差しだしてくるとそれを迎える。
「よしチケットは俺が手配しておこう」
管理人の婆さんに暫く日本旅行だと伝えて残りの借り上げ日程を放棄すると言うと、いつ取り止めになるかわからないからきっちり確保しておくわ、と返答される。
財産はプラスチックカード一枚に入っており、他もスーツケース一つに収まる位しか持ち合わせていない。軍人とは多くがそのような状態での生活になるようだ、とロマノフスキーを見て自身と大差なかったために納得する。
パリと東京の間でドバイに一旦着陸する、給油作業の為に三時間の待機がアナウンスされた。これは規定のものでありドバイ政府の法律で、観光客を足止めして国を見物していって欲しいとの考えから適用されているものであった。実際の給油作業ならば一時間ほどで充分なのだ。
折角なのでドバイ空港を散策してみる。世界のハブ空港を目指して作られただけあって大型機が沢山駐機出来るように相応の規模を誇っている。居ない人種は無いと言えるほどに様々な肌の色や服装をした者が行き交っている。
「これは圧巻だな空港アナウンスだけでも十カ国語位は繰り返してるんじゃないか?」
主要な言語で足りない場合はあちこちに受話器がありコールセンターへ繋がるように出来ていた。
「誰もが大尉のように数カ国語を理解するわけじゃありませんからね」
そう笑いながらスペイン語を勉強中ですと例の本を指す。どうやらロマノフスキーも語学に力を入れてみる気になったようだ。
「あとは中国語だろうな、何十億といるわけだから出番も多いだろう。広東語やら北京語やらと幾つもあるがな」
漢字圏だけに読み書きは苦労が少なそうな気はしている。
「中国での仕事はパスさせてください、他ならどこでも良いですけどね」
全くだと同意して軽食店に足を踏み入れる。やたらと沢山ある銘柄のアルコールに目移りしてしまう。
「こいつは一時間や二時間どころでは制覇出来んな」
おどけてドバイプレミアムと書かれている何かを注文する。ビールのような黄金色の液体で乾杯してグイッと大きく一口。
「なるほど軽い口当たりなのに今までに無い旨さですね」
旅先の気軽さのせいなのか本当に旨いのか、ついつい杯を重ねてしまった。東京に到着してすぐに実家とも気持ちが乗らずホテルに一泊する。郊外の戸建てがそうなのだが何となく帰りづらいような気持ちも無いわけではなかった。
ラウンジでゆっくりとビールを飲んでテレビを見る。暫く居ない間に実に下らない番組が増えたものだと不愉快になった。少し離れた場所ではアメリカ人が酒を飲んでいる、ぱっとみてわかるような軍人スタイルである。短髪の筋肉質で背筋が延びていて動作がいちいち堅いのだ。
余計なことには関わらずに夜景を眺めることにした。前に日本へ着たときには札幌へ行きとんぼ帰りだった、それすらも何年前だったやら。風の噂だが由香はそこそこ名が売れてきたらしい、戦場ジャーナリストとして活躍している間は常に死と隣り合わせである。
――他人のことは言えないがな。
一人で飲んでも盛り上がらない為に早めに部屋に戻ると少しトレーニングしてからベッドへと潜り込んだ。
実家へと足を向ける、大学へと通うようになってからは近くのアパートを利用していたが突然居なくなった為に迷惑を掛けたのを思い出した。レジオンとの遭遇は人生を一変してくれたものだ。
懐かしい家は今も変わらずにそこにあった。何となくチャイムを押すのを躊躇っていると隣から声を掛けられた。
「あれ龍之介君じゃない久しぶり」
隣の小母さんが珍しいものを見たとばかりに驚いている。挨拶を交わしてチャイムを押すとインターフォンではなく玄関が開いて中から母親が出てきた。
「龍之介! 良かった無事だったのね」
「ただいま母さん随分と久しぶりになってすまない」
あらあらあらと何度も意味不明の言葉を喋り頷く。
「そちらの方は?」
「俺の親友でロマノフスキーだ、日本旅行に連れてきた」
日本語以外は通じないよと苦笑いして彼に通訳してやる。立ち話も何だから中に早く入りなさいと促されて七年ぶりの実家へと戻る。どれもこれも懐かしくて昔を思い出してしまう。
「龍之介戻ったか」
座っている父は心なしか小さく見えた。学生時代に同じく陸上をしていたので未だに体型はスポーツマンといえる。
「永らく留守にしました。大学の中退の件申し訳ありません」
事情がどうあれ事実を変えることは出来ないので謝罪する。
「終わったことだ。そこの彼は友人か?」
「親友のロマノフスキーです。何度彼に助けられたことか」
すると父はすっと立ち上がりロマノフスキーに頭を垂れる。
「息子が世話になった、礼を言わせてもらう、ロマノフスキー君ありがとう」
慌てるロマノフスキーもつられて礼をしてしまう。
「大尉どうなってるんですか」
「親父も俺と同じで君にありがとうと言ってくれた」
多少面食らったがそういうこととわかり改めてロマノフスキーも礼をした、助けられたのは自分だと。今までどうしていたなどの小言は一切なく、無事であったのを確認してそれで満足してくれたようだ。
「龍之介これクラス会の案内が着ているわ、明日みたいだけれど」
渡された葉書には久しぶりのクラス会をすると日時や場所と連絡先が書かれていた。
「行ってみるよ」
「どの位いるつもりなんだ」
父が興味なさそうに聞いてくるが言外に暫く居なさいと含んでるような気がした。
「次の仕事まで時間があるから少しゆっくりするよ」
「母さん、部屋を二つ用意しておきなさい」
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