第30話
「こんなところまで偵察なんてついてないですね、早くハルツームに帰りたいものです」
突如大きな声で島が喋り出すエジプトからの兵は意味を理解しなかったがハマダがそれに合わせる。
「全くだな南スーダン独立なんて認められん話しだ、ガランはどこにいるやら」
ガランとはジョン・ガラン副大統領でスーダンから独立を宣言した張本人であり、南スーダン解放戦線の最高指導者でもある。逆といえるかも知れない、南スーダン解放戦線をスーダンに収めるためにガランを副大統領に据えたのだから。あからさまな会話を耳にした黒人らはこちらに気付かれまいと黙って離れていった。
「奴らは居なくなったすぐに出発しよう」
どちらに転んでもこの場に居るのは得策ではない、さっさと車に乗り込むと暗闇を西に向かい走る。今日中に国境線を踏めるはずと計算していた。車内で携帯食料をかじりながら全員が周囲を警戒する。双眼鏡でいち早く何者かの姿を見つけたらそれが即座に自らの安全に直結してくるだけに皆真剣だ。
「十時の方向に砂塵あり!」
兵が異常を発見し声を張り上げる、何ら判断をする必要はない見つけたら知らせるそれだけが役割なのだから。自分達も砂塵を上げながら移動しているので向こうも気付いているだろう、あちらは何台なのかいつ頃近付くのかが気になる。
少なくとも砂塵は二本あがっている、一列に並んで走っているならば二台だけでは済みそうにない。戦いになるかもしれない為に有利な場所が無いかあたりを探し見る、少し先に丘と小さな林があるのでそれを利用しようと思い付く。
一台を丘に上げてRPG7を二基とも持たせロマノフスキーに指揮を執らせる、重傷を負った兵もこちらに同行させた。下にはハマダ少尉と島それに二人をつけて待ちかまえさせる。
停止してやりすごせたならばそれでも良かったが揉め事は喜んで向こうからやってきた。無線の通信をオンにしっぱなしにして備える。ジープが三台と武装偵察車が一台が近付いてくる、ご丁寧にこちらに銃口を向けてだ。スーダン軍の軍服を着た男がやってくる。
「南スーダン政府南スーダン軍の警邏隊だ貴官らの所属と目的を述べよ」
スーダン軍南スーダン軍管区ではなく南スーダン軍を名乗り有無を言わさぬ中尉を前にしてハマダ少尉が答える。
「スーダン軍ハルツーム軍管区所属ハマダ少尉、輸送任務中であります」
小銃を肩に掛けた兵士がこちらを窺っているが同じ軍服を着用しているためか車と違って銃口を向けてはきていない。
「ここは南スーダン政府の管理地域だ、積み荷を没収する」
返答に困ったハマダ少尉は誰に向けるわけでもなく言葉を口にした。
「ド=ゴール」
「シャイセマン」
島がシャイセマンと言った瞬間に皆が戦闘へと気持ちを切り替える。直後に武装偵察車が爆発炎上し、一秒と隔てずにジープが後を追う。驚いてそちらに注意が向いたところで銃撃を開始する、近くに居た南スーダンの中尉は即死し兵等も同じく命を落とす。
思い出したかのようにジープが後退しながら機銃の制圧射撃を行う、残った兵も目の前にいる四人を倒そうとした。そのジープのすぐそばでロケットが爆発し前方に火災を引き起こした。乗員は身体に火がついて飛び降りると転げ回り仲間が消化しようと布でバサバサと覆い酸素を無くそうと試みる。
「少尉、援護するから二人で側面に回り込め!」
「了解!」
島はムハンマドと全自動射撃で数回マガジンを交換しながら威嚇を行う、丘の上からも同時に射撃をして兵らが伏せてやり過ごそうとする。反撃でヴァンが穴だらけにされてガソリンに引火して炎上を始めた。
「くそっやりやがった!」
少尉が敵の側面にと陣取った、これで三方からの効果的な攻撃が行える。先ほどとは違い半自動で狙いをつけて一発ずつ発砲する、撃てば一人が倒れるような状態になり相手が怯む。
丘の上からまたロケットが発射された、それは最後の一台に命中し派手に爆発する。それを見た敵は一斉に射撃を行い戦場を離脱しようと試みる。
「一人も逃すな全滅させるんだ!」
逃げる敵を狙って射撃を行ううちに夢中になったムハンマドを弾丸貫通した。喉のあたりを撃ち抜かれて夥しい血を流して仰向けに倒れる。
慎重に狙って背を向けた兵をまた一人撃ち抜くと残った二人が手を上げて降伏する。武器を取り上げて他に敵が居ないかを確認する。
「この二人はどうしましょう?」
少尉が確認してくる捕虜にして連れて行くわけにはいかないのはわかりきっていた。
「処分するんだ」
「しかし降伏した相手です」
捕虜は虐待してはならないと国際条約で決められている。
「こいつらは南スーダン政府軍を名乗る反政府武装組織の一員だ。スーダンは南スーダン政府を独立承認してはいないし国際社会も今はまだ承認していない、よってこいつらは現在交戦権を持って居らず捕虜資格を有していない」
島が感情ではなく理由をきちんと説明する、奴らがスーダン軍を名乗っていたら理由に困っていただろう。
「……ですが」
捕虜からは何故少尉が二等兵に敬語で判断を仰いでいるか不思議でならない。
「君はここで捕虜を得て任務を終了するか? それとも処分して同行するか?」
捕虜が生きていたらどうなるかを考えさせて選択させる。ハマダ少尉は手にしていた小銃を構えて二発放つ。
「同行します、サー!」
「結構だ」
ロマノフスキーを丘から下ろしムハンマドを埋葬する、また一人戦死しサイートが重傷を負った。皮肉なことにこれでヴァン一台で足りるようになる。
――ここらで戦いも限界だな!
その場を離れて一時間程西へと進む。木陰に止まり軍服から私服に着替えて武器の類を全て纏めて埋めてしまう、しっかりとくるんで一年先にでも使えるようにして。
重傷者も苦労して着替えさせるとヴァンは再び走り出す。この先はもう二度と止まらずに逃げるつもりである。日が落ちてもヘッドライトを点灯してひたすら移動を続けた。だが追いかけるように後ろにチラチラと光が見えていた。
「おいあれはなんだ?」
目が良いハマダ少尉が後ろを睨んで目を細める。
「武装ジープの類でしょう数は四乃至五徐々に近づいてきます」
どこの誰かはわからないが追撃をかけてきたらしい、もう武器もなければどうすることも出来ない。
「もっと速度は出せないのか?」
アフマドに尋ねるが精一杯だと返答される。後ろを見詰めたところで追撃の速度が鈍るわけでもないがじっと見てしまう。
「あれはターリバーンの連中でしょう」
ハマダ少尉がジープに過剰定員で乗り込んでいるからと理由を示した。
――畜生逃げきれるか!
「正面に検問らしきものがあります」
アフマドが左右に揺れる光を確認する。
「検問だって? すると国境線に違いない突っ込め!」
パッシングしながら猛スピードで検問所にと突っ込め停車する。すぐに兵士に囲まれるが島がフランス語で叫ぶ。
「テロリストにターリバーンに追われている!」
将校が現れて指差す先を見ると数条の光が近付いてくる。
「どうやらそのようだな」
アフリカ人は視力抜群のようで迎撃を下士官に命じる。近付いてくるジープは突如としてサーチライトに照らし出された。それに驚きながら無謀にも攻撃を仕掛けてきた。二十ミリらしき発砲音がしてジープをなぎ倒す。一台二台と接近前に爆発すると残りがUターンして引き返していった。
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