第29話

 独立を承認せずに鎮圧に向かうのはまず当然だ。国内統制を行えなかったと大統領や内閣に批判が向けられてしまうからである。諸外国にも支援をしないように内戦扱いにして訴えかけるかも知れない。そして南スーダン解放戦線の指導者を殺害してしまえば有耶無耶に出来る。


 指導者がどこにいるかは知らないが国外に居て遠くから運動を指示するようでは成功も覚束無い。きっと南部地域の都市に滞在して指揮をしているはずである。そしてその都市の候補は二つしかしかないニヤダとエル=ファシエルだ。


 スーダン軍がまず矛先を向けるのがそれならば、島らにとって最悪の状況になってくる。南スーダンの警戒が強い地域に足を踏み入れることになるからだ。偵察部隊と見なされてしまう可能性すら出てきてしまう。


「これは参ったな軍服を脱いだ方が目があるか……」


 どちらとも言えないとロマノフスキーが答えに躊躇する。


 ――西側の傭兵なのだから南スーダン軍に対して協調する態度でもとるか!


 一定の回答を頭に置いて話を終えることにした。翌朝はいつも通り六時に起床して八時には出発済みとなった。今日中にニヤダ入りを果たすのを目標にステップの草原をヴァンで走破する。


 少し走ると正面から軍用ジープが近付いてきて停車した。緊張しながら下車しハマダ少尉が代表すると相手はスーダン軍の軍曹であった。なるべく東部の街に移動するよう命令が出されたらしくそれを伝えてくる。


「ご苦労だ、我らは任務があるので失礼するよ」


 忠告をあっさりと無視して車を再出発させる。ニヤダからエル=ファシエルまでは三時間かからずにたどり着ける。目的地の傍で朝を迎えるべきかどうか迷う、ニヤダで宿泊をしないほうが安全なような気がしてきたが野営は別の危険を招くこともある。


 ――南スーダン軍の注意を引く可能性をとるか周辺住民に目撃される可能性をとるかだな。


 ニヤダが近付いてきて判断の時を迫られる、都市まであと十キロあたりで島が先頭を走るハマダ少尉に右手に進路をとるよう命じた。そのまま暫く走ると全く人気がない砂漠のような荒れ地に出た、大きな岩石が多数転がる場所に車を止めて一夜を明かすことにする。


 GPS通信(位置確認システム)で現在地を地図上に示すとエル=ファシエルのほぼ東にいるのがわかる。問題の工場は都市部から東に位置しているため都合がよい。


 一旦衛星電話で大佐に連絡を入れておく、短く二回キャトルキャトルと伝えると一度クァトロと返答がきて通信を終えた。早朝に攻撃を仕掛けるとの合図であり大佐からは了解を意味するクァトロ一回の返事、キャトルはフランス語で四、クァトロはスペイン語で四、つまりは朝四時に攻撃との符丁である。


 早めに睡眠をとるようシフトを組み午前二時には出発の運びとなる。払暁は人間の注意力が一番低下する時間帯であるとともに睡眠している可能性が一番高い時間帯でもあった。これに雨でも降れば最高であるがアフリカで降水を望むのは困難な頼みだとわかっているので満足することにした。


 出撃時に頭をすっきりした状態にさせておきたかったので島は最初に睡眠し最後の不寝番を担当する。襲撃後にいつ食事が出来るかわからないためしっかりと朝食をとり移動を開始する。荒れ地を西へ進みややしばらく走る、太陽が登り地上に光がさしてくると目標の工場が見えてきた。


 ヴァンを停車させて各自が装備を整える。中国製の81式自動小銃を手にしてRPG7ロケットを四人で一基運ぶ。今回は短銃は選択しなかった、近接戦闘は見込まれないために。


 工場の近く一キロ程まで近寄ると偵察を一組派遣する、ハマダ少尉と黒人のオマールだ。接近し歩哨が居ないことを確認するとそれを知らせる、後続もその場に駆け寄り出入り口を探す。


 正面のシャッターは簡単には開かないだろうから通用口を探す。建物の横に駐車場があり扉が見える、駐車場には車が一台止まっているので注意が必要だ。


 少尉が扉から中を窺うと廊下がありその先にまたいくつか扉があった、外の扉にセンサーでもあれば困るため捜索するが無く、鍵をハサミを大きくした工具で切断して扉を開く。


 入り口からすぐ左手にある部屋の扉にアラビア語で守衛室と書かれていた、ドアノブを回してみると鍵はかかっておらずゆっくりと開ける。そこには椅子に座り古めかしいラジカセで何かをヘッドホンで聴いている男がいた。


 そっと忍び寄り口を手で抑えナイフで首を掻ききる。男は振り向き意味がわからないとの視線を残して命を失った。ガクッと首を落とした反動でヘッドホンの線が抜けてラジカセから音が流れる、それは何となく聞いたことがあるコーランであった。


 二人を入り口に残して守衛室を捜してみると見取り図に鍵束、それと名簿らしきものが置かれていて、左に書かれた名前が右にも同じ様に書かれていた。それを信じるならば右に名前が無いのがまだ二十人は残っていることになる。


 作業場と通路を隔てて休憩所がある当たりを重要視して移動する。休憩所は暗く人の気配がした、中には数人が寝ており二人を見張りに残し四人でナイフを抜いて口の中に突き立てる。二回ずつ繰り返し合計八人が永遠の眠りについた。


 作業場へ行く通路を進むとその先は電気がつけられていて体育館のような場所の中心に牛乳缶に似た何かがたくさん並んでいた。あれを破壊して良いのかどうかを大佐に確認するために衛星電話を使用する。


「叔父さん私だよ、炉のような何かの周りに牛乳缶みたいのがあるけどどうする?」


 まるで日常会話と間違えそうな言葉を選び判断を仰ぐ。隣にいるであろう専門家がそれは精製前核燃料の類だと大佐に説明する。直接物理的な衝撃や火災にあってどうなるかを確認し、極めて危険との答えが返り少し悩むと答える。


「お前か、炉も牛乳もそのままでよいから電気は絶対に全て消してくるんだ」


 通信を終えて素早く配電や制御装置の破壊を行うために位置を確認させる。制御室が一階の角にあると分かった時に声がした。


「お前ら何者だ!」


 便所から帰ってきたのだろうか通路を歩いてきた男が不審者に気づいた。走って逃げようとしたためにムハンマドが射撃するとその場に倒れた。


「中尉、一人つれて制御室を破壊してこい!」


「了解、イスマイル付いて来い」


 二人が走っていく背を一瞥して作業場が慌ただしく動き出したのを確認する。


 ――作業場で戦うわけにはいかんな!


 ロマノフスキーらが戻るまで通路は確保しておかなければならなかった。他に通路が繋がっている可能性があるため、先ほどの男が行こうとした方向の角にも兵を配する。


 知ってか知らずか作業場に居た連中が銃を手にしてやってくる、先頭を走る男が何の警戒も無く扉を開けた所で頭を撃ち抜かれた。次に現れた男もわけがわからないうちに命を落とす。


 作業場の出入り口で暫し銃撃戦が続く、小さな振動と爆発音が伝わったと同時に廊下の電気が消えた。非常灯のみで薄暗くなり混乱のためか作業場で声があがっている。跳弾だろうか耳元でヒューンと音がクリアに聞こえた、見えないだけに一瞬ドキッとする。


 ――中尉が破壊に成功したな。


 任務完了を判断し手榴弾にワイヤーをつけてブービートラップを仕掛けるよう命じる、これに引っかかれば追撃も一瞬ひるむだろう。ロマノフスキーの声で俺だ、と一言掛けてから戻ってくる。


「完了です。復旧させるには総入替の必要があるでしょう」


 そう報告しデジタルカメラを親指で指す。


「ご苦労。全員撤収するぞ!」


 作業場出入り口に向かい一つ手榴弾を放り合図で撤収を始める。守衛室のところで見張りと合流し任務完了を伝えると工場を離れる。


「車を破壊しておくんだ!」


 四百メートル程離れたところで一台だけある車両にロケットを叩き込み使用不能にしておく。今さっき出てきた場所で爆発が起きた、ブービートラップが起動したようだ。


「一発出入り口にもお見舞いしてやれ!」


 とにかく追撃されづらいようにとロケットを放つ、一秒後には爆発炎上してその通路が使えなくなった。そのシーンを数カット撮影する。そのまま駆け足でヴァンにまで行くと側面と後方のガラスを割ってしまう。分乗して南へ進路を取り一目散に逃げ出す。


 工場の方角を双眼鏡で確認するとジープが三台こちらへ向かって加速してきていた。運転手以外を後方に配置するように命令を出す、ジープに据え付けられている機銃が七.六二ミリで助かった。もしあれが大口径の物だったら一方的に攻撃されるところだった。


 六百メートル近くになったところで後尾の中尉が発砲する、ジープが左右に展開するように広がり少し速度が落ちる。向こうからも反撃してくるが車体に貼り付けた鉄板に当たり弾き返してしまう。


 ジープの方が速度が高いのか間が詰まってきた。時速にしたら六十キロ程度で距離が四百メートル、進行方向前後でなければ中々射撃が命中しない。双方撃ち合っているとたまたまジープの乗員に当たったようで射撃手が転落した。それに構わずに追撃戦は継続される。


 RPG7に弾頭をセットする、電子制御のために十数秒が準備にかかった。進路を重ねるように運転手に命じ急停車させると横のドアから飛び出て二秒で後方のジープに目標を取り射撃トリガーを引く。直後に進路を変えようとしたようだが間に合わずに爆発炎上した。


 すぐに乗り込み急発進させるが左右からジープが迫る。タイヤが地面を削りながら加速を始める、先頭を走るハマダ少尉の車が反転して戻ってくる。ロマノフスキー中尉の車も減速し追撃者に激しい銃撃を行った。


 偶然タイヤに命中した時に小さな岩があり片方の車輪が勢い良く宙に浮いて横転する。そこへロケットが撃ち込まれとどめを刺す。残った一台に射撃が集中して動きが止まる、エンジンから出火するが誰も逃げだそうとはしなかった。もはや息がなかったからだ。


「皆大丈夫か!?」


 各自が被害を確認するいつの間にか被弾していることがあるからだ。どうだと島が声を掛けようと隣を見ると頭の無いオマールの死体が転がっていた。据え付け機銃の一撃が命中して頭部が破損したのだろう、運が無かったとしか言いようがない。ヴァンが集まり車体を見るとあちこち穴があいて酷いが運転に支障は無さそうだ。


 この先遺体を積んで走っても入国で問題が起きるために仕方なく目印がある場所にまで移動して穴を掘りシートにくるんで埋めておく。GPS確認をして座標を記録する。西へと走るうちに一台が突然止まってしまった、どこかわからないが致命的な故障をしたらしい。


「どうします大尉、修理しますか?」


 人数は七人であと丸々一日や二日は移動しなければならなかった。もし今後車がまた故障したら最後定員オーバーは間違いない。


「積んであるガソリンを生きてる車に補充して荷物を移せ一台棄てていく。こんな時のために余計に一台用意したんだ、保険が効いたと思って処分する」


 追跡してくる敵がいたら被害が出るようにまたブービートラップを仕掛けておく、一般人が荒野射撃で穴だらけの不審な車に近付くことはないだろう。


 ――このまま脱出出来れば楽な仕事なんだが、世の中そう上手くはいかないだろう。


 大分進んで日が陰ってきたので灌木地帯にストップする。イスマイルの傷が悪化してかたので六人が三交代で不寝番を務める、ハマダとロマノフスキーそして島が責任者で兵を一人つける形だ。


 またロマノフスキーが夜番でハマダが中番になり島が朝番を受け持つ。目が疲れて仕方ないがナイトヴィジョンを装着して周囲を警戒する。島の番になり一時間ほど経過したところで何か動くものが視界に入った気がした。じっと注意を向けるとこちらを伺う人間がちらちらと岩場から姿を見せていた。


「誰か近くでこちらを見てる、ムハンマドの方には見えないか」


 振り向かずに尋ねる視線を外すようなことはしない。


「こちらには居ません」


 ――単独か? いやどこかにもう一人いるのはずだ。


 最低単位が二人一組なのは世界中の軍隊で基本とされている。それを実行しないのか出来ないのかはわからないが居て然るべきと考える必要がある。


「さり気なく周囲を探すんだ、こちらが気付いてるような素振りを見せるなよ」


 首だけを少しだけ捻り視界を左右にずらして注意を払う、だがムハンマドは発見する事ができなかった。


「見つかりません」


 ――やつは一人かそれとも後方に控えてるのかも知れん。


 ムハンマドにはそのまま警戒範囲を広げさせて島は相手の動きを詳しく観察する。

 どこかと交信してるわけでも仕草で知らせるわけでもない。軍服を着ているわけでもないのでもしかしたら地元住民なのかも知れない。


 そう考え黙っていると相手の数が一人増えた、手には小銃を持っている。明らかに何等かの目的を有しているのがわかった。


「ムハンマド皆を起こすんだ危険が迫っている」


 一人ずつ敵が来ると伝えて起床させる。小銃を準備させて安全装置を解除する。ナイトヴィジョンを着けさせ四方の警戒を最大にする。


「今見えているのは黒人二人だ、うち一人は小銃を装備している。軍服ではないが戦闘訓練を受けた動きだ」


 観察概要を皆にギリギリ聞こえる位の声で説明する。


「どこかにオレンジ色の何かをつけてはいませんか?」


 少尉が確認するようにと促す。よくよく見てみると腕のところに何か巻いているのと手首にバンドをつけていた。


「二人ともつけているな、あれはなんだ?」


「ならば神の抵抗軍の連中でしょう、厄介な奴らです」


 あれがそうかと了解してどうするかを考える。


 ――随分と北上してきたものだな。奴らからはこちらがスーダン軍に見えているはずだ、今なら南スーダン軍かと迷っているかも知れない。南スーダン軍だと解れば攻撃してくるだろう何とかしてスーダン軍だと解らせる方法はないものか。

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