第28話
「その仕事とは異国にあるテロリストの拠点を攻撃するものだ。危険もあればテロリストを害する場面もあるだろう、我が社は致命的な負傷者に二.五万ドル、死者には五万ドルの追加報酬を約束する。それでも命を預けて職に就きたいならばこれにサインして振込み口座に記入を。前金で一万を最初に渡す」
あまりにも衝撃的な事実を明かされて顔色が変わる、だがアフマトは迷わずに書類を手にしてサインした。それにつられる様に三人がサインをする、一人二十歳のサイードだけが書き終わらない。
「どうしたやめるか?」
「いえ行います、ただ自分は銀行口座を持っていなくて」
島はロマノフスキーと顔を見合わせてそんなこともあるだろうと苦笑した。
「では両親の口座でも構わない。だがこの仕事の話は他言するなよ」
その場でわからないならば後でも良いと伝えて話を進める。
「集合は七日後空港だ。旅券を忘れるなよ、それまでに身辺整理を終わらせて帰国時には報酬で会社を興すもよし、遊ぶもよしだ」
七日後カイロ空港に五人の男が揃っていた、どれだけの旅になるかわからないが荷物はそれほど多くはない。ロマノフスキーが航空チケットをそれぞれに手渡す、バラバラで乗り込めとだけ言ってその場を立ち去った。
心配しながらもそれぞれが機内へと足を進める、時間帯も二度に分けての出発としていた。スーダンのハルツーム空港に到着するとツアーガイドのハッサンが目ざとく島を見つけて誘導する、目で合図して兵らをついてこさせるとヴァンへと乗り込ませた。
「ホテル・ハルツームに向かってくれ、そこでチェックインさせる」
部屋を人数分取り島のところだけスイートルームにしておく、すべての話はここで行うつもりだった。兵を部屋から出ないようにと待機させて置いて空港へと後続を迎えに行く。
「ハッサン、これが成功したらどこかへ移住するって話だが、どこの国へ?」
上機嫌で運転するハッサンが楽しい未来の話に乗ってくる。
「ガーナあたりにでもと思っているんですよ、イギリス連邦の加盟国で言葉も通じるしムスリムも少ないでしょう」
気を使ってくれたのだろうことがわかった。
「近くのコートジボワールもいい所だよ、スーダンほど広くないから一足でいけるくらいさ」
空港で待機していたロマノフスキーらをピックアップしてまたホテルへと向かう。中尉の顔をみてハッサンがあれ? っといった表情を見せた。島がそれに気づいて笑うとハッサンも笑って流した。
それぞれにチェックインをバラバラに行わせて自らもフランス証明書でサインを行う。時間をあけて一人ずつスイートルームへと集合する、このスイートとは続き部屋を意味する単語であり、主寝室のほかにもう一部屋広間が用意されているものである。ハッサンのみロビーで待たせて初めて全員を集めての顔合わせとなった。
「よく集まってくれた色々と思うところもあるだろうがこれから暫くはそれを胸にしまって任務の成功だけに邁進してもらいたい」
共通語であるアラビア語を使って島が紹介を始める、英語も半数なら通じるので部隊を割るときには注意が必要になる。
「今回の任務の主任で俺が島大尉だ、こっちがロマノフスキー中尉、そこに居るのはハマダ少尉だ」
それぞれが呼ばれると大尉に敬礼する。
「アフマト、君には下士官を任せる」
全員を見て年長が自分だと認識して落ち着いて了承する。次いで兵士を並んでいる順番にムハンマド、イスマイル、オマール、サイードと紹介していった。紹介が終わると中尉が概要を説明するために前に出る。
「最終目標はアル=ファシエルにあるテロリストの工場を破壊することだ。目的地まではヴァンを利用し移動する、少尉を先頭にして三台で向かうことになる。装備一式は支給する、移動中に使い方はしっかりと覚えるようにするんだ、難しいものは持っていかないのですぐにわかるだろう」
それぞれが真剣に話を聞いているのに満足して進める。
「全員スーダン軍の軍服を着用し軍の輸送だと偽装する、同軍の現役少尉が同行するので疑われることはまず無い。その際に俺と大尉殿は二等兵の軍服を着用する、不審な態度をとらないように要注意だ。どこで誰にあっても基本は少尉が対応を行うので無言で居るように、移動中のヴァンの中なら話していても構わんがね」
概ねやることが説明されてみなが理解を示す、目的地まで明かす必要も無いとも思ったが今ここで指摘すべきことではないと島は黙って見ていた。
「滞在中館内をうろつくのを禁止する、食事はルームサーヴィスを使うんだ。それも首都を離れたら出来なくなるようだが今日はそうするんだ、以上」
中尉が説明を終えると島へと主導権を戻す。
「近日中に移動を開始する、それが明日か明後日かは関係なくいつでも出発できるように準備を整えて置くように、解散」
きたときと同じように一人ずつ出て行く、中尉をホテルに残してハマダと共にロビーへと向かった。
「ハッサン、車を出してくれないだろうか、ハマダも一台運転してついてくるんだ」
ハマダは部下なので命令をするがハッサンは協力者なので丁寧に扱った。甥っ子がしっかりと働いているのをみて満足すると駐車場へと向かう。
「どこへ行きましょう?」
「まずは中央アフリカ大使館まで行ってもらおうか」
一度も行った事は無いが大使館があれこれと並んでいる地区は知っていたのでそのあたりを目指してみた、するとすぐに国旗を掲揚している建物が見つかったので車を寄せる。少し待っていてくれと一人下車して中へと入ってゆく。客は誰一人として居らず事務員が暇そうに座っていた。
「査証を発行してもらいたいんですが」
そう言うと顔を輝かせて書類を猛スピードで作成しはじめた。日本旅券を差し出すと喜びが増して出来上がるまでコーヒーでもどうぞとまで言われてしまった。普段暇なのだろう誰がやってきたのかと見物にくる職員まで居た。そのうちスーツをきた年配の男が二階から降りてきた、にこやかに英語で話しかけてくる。
「ミスター島、わが国への渡航を予定しているとかで。中央アフリカはあなたの入国をいつでもお待ちしております」
後ろで「閣下」と声がしたのでこの人物が大使なのだとわかった。
「モン・アンバサダ、お会いできて光栄です」
中央アフリカの公用語であるフランス語で返答し握手を求める。
「なんと嬉しいことでしょう、今日は素晴しい日です」
「閣下、出来れば出会った記念に査証に添付するサインを戴けませんか? これから駐中央アフリカのVIP警備会社の設置踏査に向かうところでして。閣下との面識があるとわかればかの地での要人と交渉もしやすくなると言うものです」
内心は左遷人事にうんざりしていた大使が本国の要人と会う予定があると言う日本人の言葉に興味をそそられた。ルクレールとサインをして査証が観光のところを特記して外交の一端であると加えてくれた。思いがけないおまけがついたので何とか報いてあげたいと頭を巡らせた。
「ありがとうございます。閣下、次に会うときにはスーダン以外でと期待しています」
意味ありげな言葉を残して大使館を後にした。ヨーロッパやその他の先進国ではありえないようなことがアフリカでは日常のように起こる。戻ってきた島を見て表情が穏やかなのでうまく行ったのだなと悟り次の目的地を問う。
「次はフランス大使館に行ってもらおうか」
それならさっき通り過ぎたとUターンしてすぐに到着する。ここでは赴任したばかりの一等書記官に面会を求める、すると飛ぶように走ってきて島に荷物の引渡しを求めた。その書記官を伴ってヴァンで大使館の裏手にある倉庫へと向かった。
「こちらです。中身は存知あげませんが全てあなたの荷物です」
そう説明してコンテナ丸ごと一つを指差す。完全に遮蔽された倉庫内なので作業しても誰にとがめられることも無いと言い残して外へ出て行った。三人で箱ごと全てをヴァンに積み込んでから毛布をかぶせる、重量物を積み込んだためにタイヤが沈むのがわかった。
何食わぬ顔で大使館を出るとホテルへと戻らずに梱包を解くために郊外にある農場の倉庫へと向かった、ここも四方が囲われており気兼ねなく作業が出来るとハッサンが用意してくれた場所である、親類の持ち物で今は出かけているので誰も居ないそうだ。
一つずつ箱を下ろして梱包を解く。中には要求した装備が綺麗に並べてそれぞれがまた布に包まれていた。その中から軍服などの個人装備を抜き出して袋に詰める。銃器や爆薬の類はまたそっと梱包に戻して何が入っているか平仮名で記す、これなら誰が見ても意味がわからない。
弾薬の抽出を行い火薬が適切な数量入っているかを調べるがきっちり規定どおりだった。手榴弾のフューズも四秒で統一されている。
「結構だ全て揃っている」
もう一台残されてきたヴァンにポリタンクや食料などがつまれているので明日には行動を開始できると判断する。
「後は盗難にあわないように一夜を過ごすだけか」
「ここまできて盗みにあったらかないませんね。一晩だけでいいなら私が車の中で見張っていますよ」
ハッサンが志願してくれた、誰かがいる車を盗みの対象にはしないだろう。他のメンバーでは適切な対応をとるのも難しいだろう。
「それは助かる他の誰にも頼めないからな!」
サイフから百ドルを抜き出すとハッサンのポケットにと入れてやる。
「誰かに誰何されたら女房と喧嘩して一晩車だよとでも答えておきますよ」
そう笑って食べ物だけでも今買ってくるので待っていて下さいと消えていった。ハマダに個人装備を持たせて中尉の所へと運ぶようにと命令する、そこでどれが誰のものかを整理して島から支給するつもりだ。
宿代をそれぞれに渡していないのに気づいて現地紙幣を多めに用意しておかねばと気づく、盗難についてはこの先も起こりうる話だけにどうするかを今のうちに決めておく必要があった。
――誰か車中泊をさせなきゃいかんか。
何事もなく朝になりハルツームを出発した一行は南の郊外に出たすぐのところで脇道に逸れる。そこで軍服にと素早く着替えると元の道へと戻った。初日は陽があるうちに大きめの廃屋を見つけたために移動を中断する。中へ車を止めて荷物の梱包を解いて武器の取り扱いを丹念に説明する。
島がそうしている間にロマノフスキーとハマダは用意して置いた鉄板をヴァンの後方と側面の内側に貼り付ける。気休め程度ではあるが二百メートル離れていたら七,六二ミリまでならストップしてくれるはずだ。
もう少し移動して人が住まない地域に入ったら武器を実際に使わせるためその場では説明するに留める。もっとも訓練を受けてきた経験があるようで復習の感覚で扱いを確認していたにすぎない。
――四秒ヒューズもこの暑さなら三秒半で起爆するな!
過去の経験から兵にそれを注意して休息を行う。八人居るため二人組を四つ作り順番で不寝番を行う、最後の朝番が食事の支度を担当し運転手から外れるようにする。
日が昇るとすぐにヴァンを走らせる、この日はどこにも寄らずにひたすら南下して距離を稼いだ。暗くなると道から外れて野営を行う、辺りに一切の人気がないために不気味な静けさではあったがそれが安全に変わるならば悪い気はしなかった。
明るくなってから周囲に人が居ないのを確認して武器を使わせてみる、サイードだけが多少もたついたがすんなりと使い方を把握出来たようだ。進路を西へと切り替えて走る、途中の村で水と食料品にガソリンを補充する。そこで気になるニュースを耳にした、南スーダンで活動している南スーダン解放戦線が政府に独立を要求して蜂起したというのだ。
――このあたりは奴らの勢力圏内だぞ!
すぐにどうこうするわけではないが厭な予感が襲ってくる、あと一週間先に蜂起してくれたら問題なかったのにと詮無いことが過ぎる。一旦体から疲れを抜くために街に入るとホテルを利用することにする。
支配人に金を握らせて駐車場のすぐ傍の部屋を手配させて窓を開け放つ。これならば何かあればすぐに気付ける上に車中泊の必要がなくなる。ロマノフスキーと相部屋に配され先ほどの独立運動について相談する。
「南スーダンの関連勢力と鉢合わせになったらどうすべきだろう」
「強い調子で退去を勧告されない限りは関わらないように避けては?」
互いに無関心で済めばそれにこしたことはない。
「基本的にはそうするとして、中には突っかかるやつもいるだろう」
「黙って従うふりをして離れるぐらいしか」
争わないのが軸であるのは賛成だった、だが最悪の事態を想定して対応を検討しておくのが指揮官の務めである。
「もしもだ争いが回避出来ずに危険が迫ったら迷わずに壊滅させよう」
「ですが迷ったらどうしましょう?」
最高責任者以外が決断を下すのは難しい場面が多々あるために尋ねる。
「その時はド=ゴールと問いかけるんだ。我慢なら不在だ、と答える」
「襲撃ならシャイセマンですね」
笑いながらそう先を読んだ。これならば聞かれても意味は通じないし誰かの名前を呼んだように勘違いすることもあるだろう。
「そうだ、この符丁を兵にも伝えておくんだ」
判断を間違えるわけにはいかない、自身に責任が集中するが他人任せにするよりマシだろうと納得する。
――南スーダンとターリバーンの関係はどうなるんだろうか?
スーダンはターリバーンを支援しているが、スーダンと対立する南スーダンはウガンダや中央アフリカあたりの支援を受けるだろう。敵の敵は味方だとするならば南スーダンはターリバーンと敵対するはずだ、そうしなければ近隣国に味方を作れなくなるから。
だが既存の人間関係までが否定されるわけではない、組織としての態度に限定されるにすぎない。少しでも情報をと思いテレビをつけてはいるが南スーダンについては一切報道されない、きっと報道管制をかけられているのだろう。では先ほどの者はどうやって情報を耳にしたんだろうかと考えが及ぶ。
――地方では未だにラジオが主力なのでは?
テレビのボリュームを少し下げて小型の携帯ラジオをつけてみる。あちこち周波数をあわせていくうちにそれらしい放送が受信出来た。
放送ではスーダン政府の度重なる政治的失敗を批判して、新しく南部地域だけで再出発すると宣言していた。中国やロシアの援助を受けるのを止めてヨーロッパやアメリカからの援助を求めるとしていた。
「どうやら南スーダンはターリバーンと決別の道を行くらしいな」
「そのようですね、もし高級将校が相手ならば説明することにより説得が可能かも知れません」
下級将校や下士官あたりはダメでしょうと限定して状況を整理する。スーダン側はどのような態度をとるか想像してみる。
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