第27話

 ニムを見て何としても任務を成功させて生還しなければと強く思った島は、ハッサンを通じてヴァンをもう一台追加すると共に、偽の輸送命令書が手に入らないかと相談した。


「偽じゃなく本物の命令書を作らせましょう。そのためには甥っ子に百ドルほど握らせてやりたいのですが」


 そうはっきりと数字を示すからには相場があるのだろう。快く承知すると百ドルを甥っ子に、もう百ドルはハッサンに迷惑をかけるからと渡してやる。大金を手にして興奮したハッサンは他に何でも言って下さいと申し出てくれた。


 ――待てよ、甥っ子をそのまま雇えないだろうか? 今までの話からムスリムではないし、軍や国に忠誠を誓っているわけでもなさそうだが。


「ものは相談なんだが、甥っ子の少尉を七日間程特別雇用するわけにはいかないだろうか?」


「七日ですか長期休暇になっちまいますね。でおいくらで?」


 金額次第でどうとでもなるとばかりに話を代わりに進めてくる。


「様々な危険手当てを含んでですが二万ドル。もし死傷するようなら別に五万ドル」


 あまりの大金にハッサンの体が小刻みに震えているのがわかる。


「な、何をやらせるおつもりで」


「テロリスト共の施設を吹き飛ばしてこようと思ってね」


 どうやら納得したようで口を開く。


「この私が協力するように何としても説得しましょう!」


「ならば頼むよ。その二百ドルはハッサンの手間賃として受け取ってくれ」


 コクコクと人形のように頷くとドルを握り締めてポケットにと忍ばせる。


「ハルツームで帰りの便がくる前に必ず引き合わせます」


 他の者に話がいってはかなわないためにその場で電話機を探してどこかに連絡する。不在とでも言われたのかすぐに見つけるようにと急かしてがなりたてる。


 ――あの調子なら大丈夫だろう。


 国に見切りをつけた者は外貨を得て出国出来るならば全力で働いてくれる、スーダンでもそれは変わらなかった。ハッサンの言葉通りにハルツーム空港で甥っ子が待ちかまえていた。何故か早めに空港についてしまったため、少し待ち時間が出来たとツアーで告知がある。


 苦笑いしてハッサンの仕業だなと受け取っておく。ふらりと席を離れて外が見えるガラス張りの場所へと移動する。それを見ていた二人が寄ってきた。


「私の甥っ子でして」


「ハマダと言います」


「シーマ退役大尉だ。ハマダ少尉に単刀直入に聞きたい、君はテロリストを殺せるか?」

 ――ハマダだって? HMDが混ざる名前が多くなるが、確かにならなくもないな。


 相手が軍人とわかっているために余計な話は排除する。


「殺せます」


「それにより国を出ることになっても異存ないか?」


「一族が無事に暮らせるならば」


 ハマダと名乗るスーダン人はきっぱりと言い切った、なかなかによい思い切りの性格のようだ。


「ハッサン、彼に頼むことにするよ。ヴァンの引取日をそれに合わせる、半分は支度金として振り込んでおこう」


 何の半分かを省いて会話する。ハッサンがハマダの肩を叩き、良しと頷く。


「一族の未来の為にハマダに働いてもらいましょう」


 二人と握手すると何食わぬ顔でツアー客の集団に加わる。


「お別れの挨拶ですか?」


「ああベテランガイドは別れ際まできっちり働いてくれたよ。俺達はエジプトでもう一泊しよう、良い観光場所を案内してくれた」


 あたかも今さっき決めたかのように振る舞う、ニムの顔に喜びが広がった。


「実はもうちょっと都会でも観光したかったの」


 大自然は懲り懲りと控えめに伝えてくる。島ですら任務がなければやってこようとは思わなかったので同意した。


「カイロならば安全だろう、お土産も買わなきゃな」


 フラットの管理人に何を持って行ってやろうかと純粋に楽しんでいた。エジプトにつくとそこで一団と別れる。ロマノフスキーに目で挨拶だけして二人は空港を出た。


 北アフリカで最大の発展都市であるエジプト・カイロ、下手な先進国より余程都会的な街並みである。まずは街の中心部にあるホテル・カイロにチェックインする。いつものように観光マップを探してくるよ等と言葉を残して一人部屋を出る。ニムも慣れたようで、疲れたから少し休んでるわ、と外出を認めてくれる。


 すぐにカイロタイムズ社に足を運び事前に決めてあった募集広告を依頼しに行く。 担当社員にホンダ代表取締役と印刷された名刺を渡す。現金を先払いするため話が早かった。


「応募者の書類を貴社留にして締め切りでフランスの弊社に郵送願いたい。エジプト支社の開設が来月でね」


 にこやかにありもしない計画を語り始める。


「ええ承知しました。私が責任をもってお送り致します」


「面接場所なんだがこのビルの空き部屋を一日貸してもらえないだろうか、もし満足いく人数が集まらなければもう一度募集広告を出したい」


 担当は素早く損得勘定を行う、この分なら仕事の宣伝広告も貰えそうと踏んで快く引き受ける。


「日時を指定していただけたらご用意致しましょう」


「それは助かる、無論賃料は支払わせてもらうよ。雑費扱いにするから領収書は不要だ」


 適当な金額を担当が自由に出来るように手渡す。部署の裏金でも懐にでも好きにしてくれと。


「それとだ……実は今彼女と来ていてね、どこか良い食事処を手配出来ないだろうか」


 何か大変な要求をされるかと思えばそんなことかと余裕が産まれる。広告先の店を紹介して一石二鳥だと、自信満々に各種の店を勧めてきた。部屋に戻るとコーヒー片手に外を眺めているニムが居た。


「何だかこうしているのが夢みたい」


 ベトナムでの暮らしを思い出していたのだろうか。


「じゃあ夢が醒めないうちに行くとするか」


「どこかいいところありましたか?」


「馬に乗りたいって言っていたじゃないか、ちょっと違うが駱駝に乗れる場所があってね」


「それはそれで面白そう!」


 期待通りの反応をしてくれて安心する。先ほど仕入れたばかりの情報を早速活用した。馬も乗ったことはないが駱駝に乗る機会もそうそうあるわけではない。準備が終わった島はこの一日をただ楽しむことにした。



 ロマノフスキーがまとめた武器リストにナイトヴィジョンを加える。


「工場は市街地近郊じゃなかったんですか?」


 意外な装備を追加したので尋ねる。


「そうだよ。実はスーダンで黒人に襲われた。電圧が低く街灯が少ない道でだが、黒人の姿が俄かに判別出来なかった」


 ロマノフスキーが状況を想像してみる、もしそれが郊外の夕闇だったならと。


「向こうには見えてこちらには見えないじゃたまりませんね」


 少しばかり考えてから追加したのを納得する。


「いや全くだ。お陰で良いこともあったがね。それはそうとツアーガイドのハッサン、あいつの甥っ子でスーダン軍少尉を雇うことが出来たよ」


 襲われて良いことと言われ疑問もあったが少尉を雇用出来た話題に食い付いた。


「現役将校が一緒なら移動は成功したようなものですね」


「一番の心配が解決された。あとはエジプトで兵を集めるだけだ」


「兵までスーダンで集めたら計画が漏れる可能性が高いですからね」


 兵が家族に漏らしてそこから外部に流れるには数日しか要さないだろう。その点ハッサンならば注意深く秘密を保持してくれるはずだ、何せ兵と違い人生経験が多く危険を理解している。


「そういうわけだ。エジプト行きは来週でスーダンへは二週間後のスケジュールだ」


 武器要求リストに漏れがないかメモを確認しもう一度二人で交互に照らし合わせる。後からあれこれ追加とはいかないから慎重になる。


「帰路だがハルツームにわざわざ戻らずに中央アフリカに越境しようと思うがどうだろう」


「より早くスーダンから脱出出来て良いですね。国境警備は大丈夫でしょうか?」


 密入国がないかを巡回警備している軍はいるだろう。中央アフリカ軍に出会った時に強制送還されたら一大事だ。


「スーダン軍ならば賄賂でどうとでもなるが、中央アフリカ軍が現れたらだな。神の抵抗軍に追われていると避難で入国してしまえば最悪でもスーダンには送還されないはずだ」


 神の抵抗軍とはウガンダ、スーダン、コンゴ、中央アフリカあたりで活動する反政府武装組織の名でスーダンが支援していると見られている。ウガンダが最大の敵対国家ではあるが、コンゴや中央アフリカからもテロリスト指定されているため、神の抵抗軍の敵は味方と認識してくれる。


「そうなると民間人を装うわけだから武器類は廃棄しておく必要がありますか」


「それは臨機応変に判断しよう。本当に神の抵抗軍が現れたら戦わねばならないからな」


 空路脱出よりは問題が少なそうなので陸路を基本に置き換えて計画を修正した。


 ――ついでに中央アフリカの査証でも申請しておくか。あるとないならある方がましだろう、一枚二十ドルとしない程度なら掛け捨ての保険と割り切ってだな。


 まとめた要求リストを大佐が利用している私書箱へと郵送しておく、記録をつけてだ。直接顔をあわせるのは避けて連絡も最低限に控える、どこから繋がりが露見するかわかったものではない。


 スーダンで気づいたことをそれぞれが指摘しあって方針を確定させると査証の申請を行うことにする。大使館で申請し少々追加料金を支払うと即日発行された、これを持っていれば入国申請に際してプラスの効果が期待できる。


「お守りみたいなものだよ」


「まあ二十ドル程度では過剰な期待はかけられませんよ」


 そうやり取りをしているときにふと気づく、この査証の裏書に大使館の上席者のサインがあったらどうだろうかと。


「なあもし君が国境警備員で本部と即座に連絡が取れないとき、入国査証をもった民間人が現れたら入国を認めるか?」


「少し待たせて連絡をつける努力をしてからでしょうね」


 自分も同じだろうと感じたがそこに一つ条件を追加したらどうだろうか。


「そこでだ、その査証の裏書に大使のサインが添付されていたらどうだ?」


 少し考えて警備員の行動を想定する。


「大使が認めていたなら通過させます、どこの大使かのサインくらいは控えますけど」


 末端でどう頑張ってもやはり上の意思を尊重しないわけには行かない、そこに証明があるならば何か問題が起きたら裏書した大使に責任を持っていけば逃げられるとの部分も大きい。


「そこで一番信頼性があって裏書してくれそうな大使はどこの国に駐在している者だと思う?」


「そりゃあ中央アフリカと敵対して……スーダンですね大尉」


 正解だと親指を立てる。本国と表面上は国交があっても、敵対的な国家からの観光入国査証を発行してくれと外国人が申請してきたら大使館では喜んで渡航を認めるだろう。

 大仰に本国を褒めてやり是非とも大使と会ったとの証拠をとでも言えば快くサインしてくれるに違いない、大使とは外交官であってその辺りの社交辞令を振りまくのは得意中の得意である。


 ――そのためには大使と接触出来る状況が必要になってくるな。


 とはいえスーダンに駐在している中央アフリカの大使の主な仕事はテロリストへの抗議と国境侵犯の警告ばかりだろう、前向きな協力交渉などどれほどしているか。平日にいけば少なからず責任者は誰か滞在しているからとそれ以上深くは考えなかった。


 数日間あれこれと情報を頭に叩き込むとフラットに電話がかかってきて、「ご注文の品はご用意できます」女性の声でそのような伝言がなされた。それが大佐との符丁であったので武器の類は準備が可能と判断する。エジプト行きの飛行機に足を踏み入れる。今回はロマノフスキーと同行である。


「スーツ姿も似合っているじゃないかアントノフ部長」


 からかうように偽名で彼を呼ぶ、少しでも慣れておこうとの配慮でもあるが、気軽にやろうとの思いのほうがやや強い


「ホンダ社長もお似合いですよ。この格好では派手な動きは出来ませんね」


 せっかくのスーツが破損してしまうだろうと顔をしかめる。空港でタクシーに乗り込むとカイロタイムズ社へと乗り付ける。連絡しておいたので例の担当者が出迎えてくれた。


「ミスター・ホンダ、お待ちしておりました」


「やあ募集で人が集まっているか心配していたよ、紹介するうちの警備部長のアントノフ君だ」


 ロマノフスキーに手のひらを向けて紹介する


「ズドラーストヴィチェ、アントノフ警備部長です」


 ロシア語でそれらしく挨拶を行う、エジプトではほとんど理解するものはいないだろう。部屋に案内される、隣が面接者の控え室になっているという。


 合計で二十人程度が集まったというから驚きである。すぐに一人ずつ面接を行う。外見が白人じみている肌の色はまずそれで落としてしまった。


「君は人権についてどう思うかね?」


 警備上で他人を傷つける可能性があることを前提に、との質問をしてみる。


「なんであれ暴力はいけません、話し合いで解決すべきです」


 ――そんなやつが警備会社の面接に来るな!


 心の中で思い切り罵倒して顔ではさもありんと肯き次の人物と面接者を入れ替える。合計五人を採用しなければならないのだが最大の問題は実際に行うのがテロリスト相手の戦闘だと理解してくれるかどうかである。


 家庭の状況を聞いてみると誰しもが失業し、即座に生活資金を必要としていると切羽詰った者ばかりであった。試しに二万ドルで危険がある仕事でも可能かと問いかけると五人ともが躊躇なく可能だと答えた。


「この五人を採用して残りは結果を後日報告するといって帰らせよう」


 もし不能者が出てきた場合のために不採用ではなく保留として数名には声をかけておく、他は残念だったと不採用を通告する。この先は踏み込んだ話になるため場所を変えて行おうと個室のある食事所へと移動する。タクシーで移動中に島とロマノフスキーはロシア語で人物評価を話し合った。


「五人の中でアフマトが使える奴だと思えます、こいつに残りを統括させるべきでしょう」


 一人だけ三十半ばの年長で落ち着いている男がいた。会社を経営していたが倒産してしまい、現在は借金を抱えて再起を狙っているとのことだった。


「未来への展望と部下を養ったことがある経歴は充分だな、そいつを下士官としよう」


 アラブ系の褐色の男が五人の代表と決められて、残りは会食の際に相性をみて組ませようと考えた。エジプトの中にある中華料理店を選んでタクシーをストップさせる、元々この中華料理は多人数で食べることが多いためこの位の団体ならば埋没してしまい印象に残らないからであった。適当に大皿料理を数点注文してビールを持ってこさせる、島が最初に挨拶をした。


「諸君にはこれから職務上で重要な話がある、だがその前に腹ごしらえと行こうじゃないか、私からのおごりだよ」


 採用されるかどうか不安していた連中ではあったが食事会に五人だけ連れられてきたことから雇用が決まったのだと解釈して口々に感謝を述べて食事を口に運んだ。暫くは雑談に興じて個々の性格を可能な限り見ぬこうと耳を傾ける。面接では隠していても気が緩んだらぽろっと喋るものである。


「さて概ね食べたところで諸君を雇用する上で重要な質問がある、心して聞いてほしい」


 和気藹々としていた席に緊張が走った、これがダメなら採用はされないとのことを意味しているからである。


「我が社は警備会社としてある仕事を請け負っている。その仕事は単発で一人二万ドルの報酬を用意している。無論額を聞いて簡単な仕事ではないのは諸君も理解しているものだと確信している」


 一瞥して表情を伺うが怖気づくような態度をだすようなやつは居なかった。

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