第9話

 選挙が終わり大統領が決まった時に、人々は無関心だった。ところが現職大統領が権力の移譲を拒否し、選挙管理議会が当選無効を発表すると態度ががらりと変わる、身勝手とはこのことだろう。


 大統領側が、元首相の身柄を拘束するように軍に命令する。軍はそれを受けて早速拘束のために捜索を始めるが、世界はそれを認めなかった。


 国連が評議により選挙管理議会の当選無効を取り下げ、選挙結果を反映させるようにと通達する。アメリカもフランスも、アフリカ諸国もそれを支持した。だが大統領は内政干渉をするな、と議決を拒否するよう選挙管理議会に命ずる。


 困ったのはNATO軍である。派遣命令の内容は選挙の見守りと結果の遂行援助であり、結果自体に異議がなされた場合は、中立を保たねばならなかった。


 悩んだ末にNATO軍司令官は駐屯地に待機し、選挙結果が確定するまで静観とした。既に選挙は実施されていて、不正があるなしで当選が変わるかどうかには介入出来ないためである。


 そうなると惨めなのは元首相である。軍に追われ国連に庇護を求めるも、不介入が原則と拒絶されてしまった。ここで逮捕拘禁されてしまえば結果は明らかである。事故による謀殺があり、繰り上がり当選になるだろう。


 民主的な結果を得られないだけでなく、汚職まみれの大統領を更に再選させたならば、この地域に内戦が勃発するのは時間の問題になる。


 至急群司令部(フランス)に将校が招集された。小隊には武装待機を命じ、車両のエンジンをかけいつでも出撃可能なように準備させる。逃げるならば支持者がいる地方だろうが、一体どこに向かったか。


 小一時間の会議で方針が決定され、駐屯地に集合がかけられる。警備の人員を残して皆が広場に並ぶと群司令(戦闘団相当呼称)が、「政府の特命により、フランス軍は共和連合の次期大統領の保護に全力を注ぐ」そう宣言した。


 戦闘中隊を二つとも派遣し、次期大統領が就任するまで特別警護する。中隊が別々に動き、ファーストコンタクトを早める効果を狙うと説明した。


 もし就任出来たならば、コートジボワールは親フランス国家として中西アフリカでの影響を強めるだろう、とのことである。つまりは資源の優先的輸入が可能との意味だろう。


 大尉から、現地軍とは決して交戦しないようにまず釘を刺された。理由は多々あるが一番は戦っても勝てないからだろう。戦は数がものを言う。危険がありすぎるために、記者団は大尉の指揮所と同行することになった。


 小隊を一定距離をあけて配備しながら、指揮所から共和連合に向けてフランスが援護すると伝え、なんとか次期大統領と連絡をとろうと試みる。そんなに遠くには行ってないはずで、市内に潜伏しているのではとの見立てである。


 偽の呼び掛けを疑ってかなかなか見つからなく、日が暮れようとしてきた。テレビニュースを見たのだろう、フランスが選挙結果を支持すると声明を発表しているため、指揮所に共和連合の幹部と名乗る男が連絡してきた。


 指定された場所へ部隊が急行する。フランス国旗を掲げて小隊がたどり着いたのは小さな礼拝堂だった。宣伝で見たことがある顔なのだが、今ひとつ自信はない。


 この場で贋者を出したところで、次期大統領になんら利益があるわけではないために本人として扱う。なるべく首都から離れるように提案すると、同行を承知して南部の支持者のところへと行き先を告げる。


 装甲兵員輸送車両に、次期大統領を乗せて部隊は暗闇を南へ向かった。途中検問らしき場所があったが、現地軍の隊長に交渉して現金を掴ませると急ぎなのでと通してもらった。隊長にとっては向こう十年以上の給与にあたる大金であったようで、緩んだ顔が戻らない。


 道路は荒れ果てて、あまりスピードを出すと横転しかねない。ノロノロと集団が衛星通信を頼りに移動を続けているうちに、散開していた中隊が合流した。第1中隊長の大尉が先任であるため指揮を執る。


 支持者は鉱山採掘を営む者のようで、潜伏先に洞窟を用意していた。空からは見付かる可能性が低く、何よりこれといったあてもないため、一旦この場所に落ち着くことにした。


 次期大統領が改めて感謝を伝え、大尉に就任のあかつきにはコートジボワールの名誉勲章を授与すると約束してくれた。勲章とは軍籍にあるなしに関わらず、どのような立場になろうと失うものではなかった。


 そのためフランス軍人であるデンマーク人が、ドイツの勲章を胸につけていたりする。大抵は一時金とセットになっていたりするが、この国では名誉だけになるだろう。


 洞窟に潜んでいるうちに、次期大統領側の支持者や部隊が集まってきた。安全が確保出来たと判断したので地方都市へと拠点を移し、ついに大統領就任宣言を行った。


 地元国営局以外では唯一フランス民放局、つまりは由香の取材班がそのニュースを報道した。臨時大統領府を設置すると各国がこれを承認し、正式に国連へ調停を要請する。常任理事会は中国、ロシア、パキスタンの棄権を除き、賛成多数によりNATO軍の介入と増員を議決したのだった。


「凄いわ龍之介!」


 他局に先駆けて特ダネを得て、しかもドキュメンタリータッチでの編集ビデオの放映権に買い手がついたそうで喜んでいる。さきほども大統領の独占取材が許可されたと言っていた。


「危険を乗り越えた者への、正当な評価さ」


 事実不安定な状況から同行し、幾度かの小競り合いでクルーが負傷したりもした。それだけに大統領の覚えもめでたく、フランス局だというのが更に気をよくさせ、経済大国日本との伝手が出来ると向こうも喜んでいる。


 年が改まっても頑なに政権を移譲しない前大統領は、首都に居座っていた。双方のサインがない限りは交代が成立しないため、国に連なる者たちの去就を混乱させた。


 逆に混乱をチャンスとばかりに表面に第三国を立てて、裏から支援を行う共産国が触手を伸ばしてきた。人道支援だのなんだのと銘うち、怪しげなものを輸出入して利益を得ようとの腹だ。


 外人部隊は未だに大統領の側にあり、安全を提供している。困ったことに中尉の傷が酷く、復帰はかなり先になってしまうらしいと聞かされた。そりが合わない少尉と島の間がギクシャクしてきたのは、大統領による勲章授与式の後からである。


 部下の前での執拗なまでの叱責や、陰湿な嫌がらせが続けられた。噂によると、彼の祖父がインドシナで日本人により殺されたからと聞いた。そのために日本人が嫌いなのだと。


 島は大統領の側近に、コートジボワール軍に来ないかと誘われた、将校待遇でだ。しかし任務中でもあり、部隊の士気にもかかわるからと拒否を即答した。


 ある日のことである、また叱責を受けていた島を擁護しようとした補充のアフリカ人兵が、少尉の言葉に疑問を投げかけた。それに対して少尉が怒り、口を開こうとしたのより早く島が「馬鹿者、将校に意見する奴があるか!」と一喝して機先を制した。


 フンと面白く無さそうな顔でその場を去った後で「俺に構うな、自分を大切にするんだ」そう兵士に言葉をかけてやった。疎まれるのは俺だけでいい。月日は流れて春が訪れた。未だに国を二つに割っての状態が続いている。諸外国の支持を受けている共和連合は次第に力をつけて、首都周辺にまで軍を進めていった。


 武装も大幅に改善され多額の投資も受け、いよいよ決戦との空気が流れてきた。NATO軍の派遣期限が六月までなので、再度の延長が議題にあがろうとしていた頃、ついにそのバランスが音を立てて崩れ去った。


 コートジボワール人民戦線が崩壊し、前大統領の身柄を拘束し降ってきたとの報告が上がってきたのである。大統領府は俄に騒然となり確認を急いだ。


 現地軍が間違いないと報告してくると、勢い込んで首都に乗り込んだ。そこには痩せるどころか肥満を絵に描いたような前大統領が、椅子に無理やり座らされていた。


 強制的に大統領交代文書にサインさせられ、ついに正式に移譲が発効した瞬間である。大統領の左手にはNATO軍司令官ら右手には大統領府の要人が並び、改めて正式な就任宣言がなされた。


 四月になりアフリカでは夏が訪れようとしている中、ついに民主コートジボワール共和国は生まれ変わりのスタートラインについたのだった。当然記念すべき瞬間は、フランス局代表として由香のクルーが報道した。その立場を利用して、駐在支局長の座を打診されていると聞いた。


「魅力的だけれど、あたしはもっと違う世界も見たいわ!」


 好奇心と現実をはかりにかけて、彼女は可能性の道を選択した。コルシカへ帰還して残務整理を行うと、もうすぐ契約が満了する時期になると気付いた。


 気に入らない少尉の下に居たくないこともあり、残り僅かな期間しかないのに転属願いを司令官に申請する。洗いざらい事実を証言し、あの少尉以外なら誰の下でも構わないとまで断言した。


 ややあって違う小隊付に転属すると思ったが、申請を却下された。代わりに少尉が、ジブチの小隊へと転属するよう辞令が下ったらしい。だがそれを聞いても前のように、気持ちが盛り上がらなくなっていた。


 大尉から三年契約をするならば、翌々年に曹長への昇進を予定しようと話がもたらされた。考えさせて下さいと力なく返答し、待機となり除隊までのカウントダウンに入った。


 気の抜けた状態で軍務などやっても命を落とすだけだろう、それも部隊を丸ごと危険に陥れてだ。オーバーニュで除隊の手続きを選ぶ、と申告すると「残念だ」と大尉が意志を尊重してくれた。


 本部で手続きを終えると除隊証明書が発行された。条件を満たせばフランス国籍を取得可能で、その場合は恩給が支給されると説明を受ける。この権利は永久なのでいつでも行使してよく、当然その場合は日本国籍を失う。


 ところがこの手続きに落とし穴があり、取得手続き中は仮のフランス国籍身分証が与えられ、終了するまでは日本国籍も有効になるのだ。取得をするつもりがないならば、手続きを終了させずにいたら二重国籍を持ったも同然となる。


 恩給も出ないし投票も出来ないが、フランスからの保護を受けることが可能になるわけだ。いつものフラットを借りて少し休もうと向かうと、まるで島が来ることを知っていたかのように、管理人の婆さんが出迎えてくれた。


「お帰りなさい。あなたに伝言を預かっているわ」


 由香かな? そう思ったが彼女ならば直接出向いてくるだろう。伝言をした相手を聞いて驚いた、フォン=ハウプトマンと名乗ったらしい。ホテルリッツのラウンジで、毎晩一九〇〇に待っている、そう伝言された。


 一体いつにそれを聞いたかと尋ねると、昨日だと言う。満期除隊を知っていて合わせたかのようだ、いや実際そうしたのだろう。未知への胸の高鳴りを覚えた島は、新たな道へ足を向けるのであった。

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