第8話
ああやっぱりそうなるんだな。最悪を考えていた島は、ナイジェリアへ陸路向かうことになりそうだと悟った。
輸送機に残っている水と食糧、使えそうなものを点検させる。あまり重くなると移動に負担がかかってしまい、本末転倒となる。
少佐から第二便に滑走路使用不能、帰投せよの返答が出された。そして残存している部隊は現地を放棄し、西側へ向けて移動を開始するよう命令された。
行きはよいよい帰りは辛いよ空挺兵。小隊長も居ないし、何だか人生のピンチを迎えているような気がする島であった。
チャド湖。チャドの西部に存在する貴重な水場で、近年は少しずつ水量が減少している。地球規模の環境の変化が、関係しているのだろう。
水運業が営まれているため、船を都合つけることが出来たら楽ではあるが、不安定な見通しにかけるわけにもいかないために、チャド湖の北側をぐるりと回って進む。
後備は最強で鳴らす、コルシカの第1中隊が務める。追撃してくるだろう方々には、予め冥福をお祈りしておく。
偵察を兼ねて一個小隊が先行する。途中途中で現地人が居たが、現金をちらつかせると非常に積極的に協力してくれたらしい。この地域はキリスト教徒が多いらしい、なんだか意外。
道案内や食糧の提供で、何せ外貨を得ようと必死にアピールしてくる。この国では人命は安価である。娘を買っていってくれとせがまれた隊員がいたが、流石にそれは遠慮したようだ。
警戒しながら百キロ近い距離を、土地勘なく移動するのは苦労が伴う。二日目の夕刻、ついに後備に追い付いてきた敵がいた。いつ製造されたかわからない年代物のジープに、兵士を乗せたチャド国防軍の追跡部隊だ。
つかず離れずで監視をして、増援を待っている様子がわかる。しかし相手が悪かった、いや悪すぎた。追跡対象は落下傘連隊の第1中隊である。
陽が沈み闇夜が訪れると、夜間戦闘小隊が追跡部隊に奇襲を仕掛けた。それでなくても統制がとれていないチャド国防軍は、攻撃を受けて驚き、着の身着のままで逃走してしまった。
武器を一カ所にまとめて爆薬をセットし、ジープを全て奪ってその場を立ち去ると、戻ってきた兵士が迂闊にも武器を手にして、爆発が起きた。
日が昇り、先行する小隊が国境付近に検問所が設置されている、と報告してきた。少佐は、規模や警戒の度合いを更に探らせ、中隊の合流を図った。
後備中隊はジープに無理やり分乗して、追跡を突き放し国境付近に部隊が集結する。すぐに軍曹以上が集められて、作戦を説明される。
国境警備兵はナイジェリア軍との国境紛争で実戦を経験しているため、追跡部隊と同じようにはいかないだろう、との見通しを述べる。
簡単な地図を開いて、どのような備えがあるかを可能な限り説明し、払暁に強行突破を計ると結論を示す。機長の大尉が驚くが、軍曹らが泰然自若と聞いているため、そんなものかと思い直したようだ。
いや大尉、あんたが正しいんだよ。
歩兵として勤務したことが無いだろう輸送機の部隊を中心にし、夜間戦闘小隊を錐の先端に据え、両翼に第1中隊所属の小隊を二つ置く。専属護衛として中尉を失った島の小隊を、司令らがいる中心に配置し、残りを前後左右の方形に位置させる。
国境警備師団とは言っても、南北にかなり薄く駐屯している。そのため一点突破は不可能ではない。それにしたって数千人いる相手に向かって、僅か三百人余りで挑むつもりなのは、正気を疑いたくもなる。
同士討ちを避けるために、合い言葉も決められた。「ド=ゴール」(フランスの元大統領)と言えば「シャイセマン」(糞野郎)と返すようにする。外人部隊の歴史を知っている空軍大尉は、苦笑いをして了解した。
〇三〇〇に作戦を開始するために、早めに交代で睡眠をとる。空軍兵らには警備を割り振らずにおいた。(どうせ役に立たないだろうと)
音もなく浸透が始められた。何とチャド国境警備兵は、夜間立哨を行っていなかった! ここぞとばかりに陣地を西へ向けて進む。
が、途中で小便の為に起きだし兵士がいて「ナイジェリア軍の夜襲だ!」と叫んだ。そいつはすぐに命を失ったが、兵舎から兵士が飛び出してくる。あちこちで銃声が響き渡る、あらぬ方向に乱射する兵もいた。
島がフランス語で「ナイジェリア軍が来るぞ、向かってくる奴を狙え。背を向けているのは味方だ!」声を張り上げると、誰かがアラビア語でそれを復唱した。そばにいた中隊長が「大いに結構だ」と島の気転を認める。
寝起きの戦闘では、脳震盪を起こしたかのように思考が働かない。ナイジェリア軍が攻めてきたなら、何故小銃の音しかしないのか、そんな些細なことを気にかける兵は一人も居なかった。
ようやく警備ラインの最外側にたどり着くと「敵に突撃する、援護を!」とアラビア語で叫び、夜間戦闘小隊が飛び出す。それを避けるように左右の誰もいない場所に、猛烈な制圧射撃を加えるチャド兵。
続けて突出をするふりをして本隊が飛び出すと同時に、セットしてきた爆薬が陣地内で不規則に爆発する。誰かが砲撃と勘違いして「伏せろ!」と大声をだす。
時間差をつけていた爆薬が、また弾けると混乱に拍車が掛かった。息が切れるほどに全力で、その場から離れようとする外人部隊。小銃の射程外に出たあたりで足を緩め、ランニング位にペースを定める。だが空軍兵、やはり一杯になったので、左右から腕を渡して無理矢理に走らせる。
ナイジェリア側の土地を踏んだだろうあたりでようやく小休止を取ると、手を貸してやっていた空軍大尉が「君達はいつもこんなことをしているのか?」とハアハア言いながら問いかけてきた。すると島は心外そうな表情で「いつもではなく、年に数回位です大尉殿」と答えると、大きな溜め息で処置なしとの仕草をした。
駐ナイジェリアのミリタリーアタッシェを通じて、帰りの輸送機の手配してもらった。改めて少佐が空軍兵に「超過勤務ご苦労、帰路の旅はごゆっくり」と労った。
キュリス大尉も空軍を代表して「世界中どこであろうと救出に来てくれる、陸軍外人部隊に敬礼!」姿勢を正して感謝を表した。
フランス政府はチャド大統領と、議会議長らに大枚をばらまいた。するとアフリカ通信では、チャド反政府組織がフランス航空機を攻撃し、国境警備師団と交戦し全滅した。そんなニュースが流れた。考えていた以上にチャドは腐りきっていると、感じた島であった。
◇
コートジボワール、どこ? 何となく名前を聞いたことがあっても、世界地図で場所をピンポイントで指せる人は、極めて少数派だろう。
中西アフリカの黒人国家、前ならえで腐敗も貧困も極まっている。そんなところだからこそ、介入が取り沙汰されるわけだが。
コートジボワールは元フランス植民地だったので、フランス語もアラビア語も通じて、チャドみたいにキリスト教徒が半数を占めている。日本語ってあまりに特殊、ロマンス語圏の言語は互いに似通っているので通じやすいせいか、複数の外国語を修めるのは普通なくらいで、貧困層民ですら喋るだけなら可能だったりすることがよくある。
この国では方言が山のようにあって、数百の少数民族が独自の言語文化を引き継いでいる。そのために通訳が幾人か挟まるような事態が見られた。
独立後民主的な選挙で大統領が決められてから久しい。紛争があり国民投票が出来ずにいたが、ワガドゥグ合意による平和的解決に納得した諸勢力は、ついに投票日を規定した。だが延期に延期を重ねて、大統領の任期も延び延びになっていた。
発展途上国の宿命だろう、予定は未定だ。
現在の大統領は、コートジボワール人民戦線を率いており、対立候補は元首相で共和連合を率いている。支持率はほぼ対等であり、現職が有利にならないのは、治世が恙なく行われていない証拠とすら思える。
国連は平和的解決を求めるコートジボワールの情勢を支援するため、NATO軍の派遣を決議した。選挙を実施するための、あらゆる包括的支援を約束し、事実ようやく日程を決めるにまで漕ぎ着けた。
政府が選挙管理議会を設立し、投票方法を準備するなど、着々と予定が実行されていった。投票当日には、反政府組織や投票自体に反対を示す勢力、そして対立候補への妨害が考えられるため、国連は各国に治安維持のための人員増派を要請した。
民主化を強く後押しするアメリカや、元宗主国のフランスが名乗りをあげ、兵を派遣した。しかしアメリカはNATO軍としてではなく、駐コートジボワールアメリカ軍として、フランスもコートジボワール派遣軍としての扱いであった。
これは軍指揮権の問題で、国連活動の困難さを如実に表している。
首都の混乱を未然に防ぐ意味から、フランス政府は少数の精鋭部隊を、ピンポイントで派遣する方針を固めた。
他の都市はNATO軍、地方はコートジボワール軍が担当するため、首都の治安維持が大統領近衛軍だけでは困難であろう、との見通しからであった。
アメリカも同じ様に考えたのか、首都に本隊を置き、在米人の安全のため一部に護衛兵を分割していくようだ。
市街地に強い精鋭と言えば、真っ先に外人部隊2eREPの第1中隊があげられる。アフリカと言えば第8中隊、そして施設関連が非常に心許ないために第5中隊から小隊を一つ割き、連隊からは衛生分隊を拠出し派遣群を編成した。
外人部隊が派遣任務につきやすいのは、語学力の面も若干加味されている。熟練度や任務遂行能力は当然高いが、単一民族でなはなく程よくばらけているあたりも、プラス要素として働いている。
選挙当日までにやらねばならないことが多い。何せ外国であり有形無形の障害が山とある。現地での問題を自ら整理して考えてみる。島はもう一介の兵士ではなく、実務管理職として、求められる内容が変わっていた。
うーんと唸りながらも、そのメモには沢山の対策準備が書き留められており、赤字で従軍記者有りが特記されていた。
それはそれは大きな輸送機だった。ロシアのアントノフ輸送機には及ばないが、積載六十トンでの航続距離が四千五百キロメートルと心強い。
第三国の妨害(リビアあたりだろうか)にあってはかなわないため、直援戦闘機が一個飛行小隊寄り添ってくれている。そんなに無茶な真似はしないだろうが、操縦士が錯乱し、国家の意志と反して攻撃してくる事件がないとも限らない。
島の所属する小隊に少尉が赴任してきた、中尉が負傷中のため交代要員である。何を考えたのか士官学校を卒業して間もない将校で、恐らくは役には立たないであろう。
しかも新任のくせに態度ばかりは偉そうで、部下の受けも悪い。問題が起きなければ良いがと気にしていると、大尉が「中尉が戻るまでだ」と言ってきた。とやかく言っても仕方ないので、微力を尽くしますとだけ答える。記者の腕章をつけた由香が「感じ悪い人」と漏らす。
無事に空港に着陸すると、民間機も軍用機も同じ空港を利用しているのに驚いた。どうやら軍用機が離着陸するときには、民間機を追い払っているようだ。車両から食糧まで何もかもを持参し、更には現地通貨まで自前で用意して乗り込んだ。
駐屯地としてあてがわれた地区には、とても人が住めるとは思えないような、劣悪な環境の住居が用意されていた。電気はあったが不安定で、しばしば停電すると説明され、水は明らかに汚染されたものに見えた。
施設分隊は真っ先に地下水を汲み上げる工事に着手し、兵舎は輸送してきたパネルを組み立てて設置していった。近隣住民が入り込むと困るために、フェンスを作り鉄条網を張り巡らせた。
一般歩兵がやることはやはりいつもと変わらず、そのフェンスの周りを掘り下げてスロープ状にと仕上げていった。もちろん外からの侵入対策でもあるが、任務を与えなければろくなことをしない兵士らを、働かせるという裏もあった。
アフリカ諸国、それも貧困な地域では売春婦が一番の外貨獲得手段であり、コートジボワールでもご多分に漏れず、その商売が行われている。ただしHIVが蔓延しているために、軍からは禁止を通達されていた。
世の中恐ろしいもので、アメリカ軍が本国から売春婦を空輸して、現地に開業させたそうだ。ゴーイングマイウェイとはこれだな!
駐屯準備が出来ると、後はひたすら選挙当日を待つだけだった頃が懐かしい。下士官とは実務処理が忙しいものだ。こんな時でも志願者が居ないかどうか補充兵を探してみたり、契約が切れそうならば継続を促してみたり、生活物資が足りなければ補充申請……一事が万事書類なのだ。
ポケットマネーならばコイン一枚ですむようなことも、書類書類書類だ。だが勘違いしてはいけない、それが無くなると碌でもない末路が待ちかまえている集団に、成り下がるのみなのだから。
禁止だと言うのに、必ず一人や二人は売春婦を買いに行くものだ。どこから足がつくかわかったものではない、島のところに情報が入ると、放っておくわけにはいかなくなる。
兵を呼び出して立たせる、暫し黙ってじっと睨み付けて「何か言うことがあるだろう」とだけ問う。幾つか思いあたるのか動揺が見て取れる。どれだかわからずに洗いざらい吐露すると、その場で腕立て伏せをさせられることとなった。更に倉庫の武器を磨き、休暇の没収によるサービス当番に充てられる。
罰を与えることだけを示し、くどくどとしつこくは言わない。直ればよく、ダメならばどこかで命を落とすだけである。命令を守れないとは、巡り巡ると自身の寿命を短くすることに他ならない。それが軍人としての組織人の在り方である。
選挙の当日、いよいよ治安出動が命令された。小隊は教会区域の一つを担当することとなり、地元役人が投票を受け付ける小屋の外側を警備の担当とした。記者団が投票する住民の姿を撮影している。
「軍曹、適宜警備を行え」
少尉が興味なしと言わんばかりの態度で丸投げしてくる。了解を告げて二人の伍長に張り付き警備をさせ、半数は手元に置いて異常に備える。
途中で同じ人物が二回投票しようとしたようで諍いになったが、投票用紙を持っていたため渋々それを認めた。あんな紙は売買されているに違いないが、それに関しては静観するのみである。
首都圏では富裕層が住居を構えているために、役人であったり政権から利益を得ている人物が多い。そのため現職への投票が、比率としては高くなる。それを狙った不逞の輩が現れるだろうことは、予測済みだった。
突如として発砲音が響くと、人ごみが伏せる。中には伏せたのではなく、倒れた者もいた。
訳の分からない言葉を叫びながら、銃を乱射し駆けてくる黒人をみつけ「やれっ!」と島が命令する。指揮所にいる兵士が、狙い違わずに仕留めると、他に仲間がいないか警戒する。
その場に居なかった少尉がやってきて、何事だと詰問した。
「選挙を妨害する黒人を射殺しました。奴は銃を乱射し、現地人数名の被害がでております」
要点のみを簡潔に述べると、少尉が意外な反応をしてきた。
「指揮官は俺だ、勝手な判断を下すな!」
兵らが何だとばかりに振り返る、「申し訳ありません、以後注意します」島が謝罪し、死体の処理を指示する。少尉が来るまで待っていたら、死体の山が出来上がるぞ!
撮影した画像を確認していた由香が「迫力ありすぎて使えないかも」なんて肩をすくめる。その事件以外は担当地区では起こらなかったが、各地でかなりの数の妨害があったそうだ。開票が夜通し行われる、誰しもが結果を心待ちにして見守る接戦である。
翌日の昼前にようやく開票が終了し、選挙管理議会は、元首相が五十四%の得票率で当選した、と伝えた。サハラ通信やアフリカ各局、国連に携わる国々で結果が報道される。だが夕刻に、国営コートジボワール通信が臨時ニュースを報じた。
「共和連合の選挙違反が発覚したために当選を取り消し、コートジボワール人民戦線の現職大統領が再選となりました」
耳を疑ったがとうやら間違いないらしい。混迷は終わるどころか、ますます深まっていった。
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