第7話

 何気なく聞いた一言で、島は由香の職場の仲間に会うことになった。彼女は地元のテレビ局で、取材班のアシスタントをやっていた。同時に日本のテレビ局と、スポットで契約する特派員としても活躍しているそうだ。


 メディアでの露出は極めて少ないが、リポーターとしての訓練も行っているようである。いつか特ダネをと信じて下積みをし、ついにフランス軍の従軍記者としてのチャンスを掴んだ、と報告する。仲間はそれを祝ってくれ、二人の仲を冷やかした。


 もし従軍記者として行くならば、逆に彼らを雇用するよう契約を打診する。すぐに了承され仲間の出世を素直に喜んだ。そのクルーには、由香の先輩にあたる女性レポーターが混ざっていた。身体の線がはっきりと女らしく、明るめのヘアで、香水の香り漂うフランス女性を体現したかのような雰囲気である。妙に絡み付く視線を島に送ってくる。気付きながらもそれを意識的に避けて通した。


 帰路は軍の連絡船があったので、それに便乗させてもらうことになった。南フランスのマルセイユにある、小さな軍港には、それでも大小様々な荷物が寄せられていた。


 物流や補給と言われるものに、終わりはない。それは人がいる限り、変わらない事実である。この補給を軽視した作戦が大失敗した例は、世界中至る所であり、探すのに困ることはない。そうと知ってこの風潮が無くならないのにも、当然理由がある。


 生きるか死ぬかのせめぎ合いををする戦闘部隊、ましてや最前線での任務と比較するとなれば、当然後方での輸送は軽い任務であるといわざるを得ない。一部の高官の子弟は、戦傷を免れるために賄賂を渡して、後方勤務になろうとする。これも相まって、補給任務はかれこれ二千年以上も前から、一つ下の役割と見られてきているのである。


 船は南東の沖合を進み左手にフランス、そしてイタリアを見ながらコルシカ島へと進んでゆく。上陸すると勝手知ったる地域を目指して移動する。任務を遂行しての帰還だけに、足取りも軽くなるというものである。


 本部に戻ると早速曹長のところへ出頭する。件のフィルムを手渡し、写真を指して人物を特定する。ピクリと太い眉が反応を見せたのがわかる、その写真で何か気づいたのだろう。


「フィルムの提供者との交換条件があり、従軍記者として、次回の指名を要求されております」


 トントントンとデスクを指で叩く仕草をする。何かを考えている時の癖だ。タバコを吸ってみたり、トイレに閉じこもったり、人それぞれである。


「危険地帯を承知なのだな?」


 ジャーナリストという生き物が大抵そうでしょう、と軽口でもって肯定する。もっとも島は却下されたほうが良いと、内心は思っていた。いくら安全に配慮したとしても、やはり一定の確率での事故のような不幸は起こり得る。


「わかった。俺から上に話をしておこう。しかし十日で帰還とはな。まあ期限一杯までかかるようなやつは部下にいらん」


 誉め切れない態度に聞こえるが、曹長からの最大の賛辞と解釈しよう。


「不肖の部下で申し訳ありません。ついででもう一つお話が――」


 予算が余ったために、パリで酒を少しばかり土産として購入してきた、それを見逃して欲しいと告げた。するとフンと鼻を鳴らして、好きにしろと退室を促した。大分丸くなったなぁ、と感じる島であった。



 その日の朝は、温暖な地中海にしてはやや気温が低かった。もう体が熱帯地域に慣れてしまったせいもあるのかもしれない。昼頃に軍曹以上が召集され、緊急展開が行われると説明が始められた。いつも突然なのはもうなれっこである。


 昨日、フランス本土からジプチへ向け、重砲を搭載した輸送機が離陸した。程なくして天候が急激に悪化、視界も悪く計器類が誤差の振り幅を大きくすると、エジプト領空を通過するはずがリビア領空に進入してしまい、警告もなしに攻撃を受けたそうである。(リビアは警告したと主張してはいるが)


 その輸送機は動力部に被害を受け、近隣に緊急着陸可能な場所を探したが、チャドのティベスティ高原から南西、マッサコリシティーから北西約百キロ地点の、地方空港しかたどり着けなかった。着陸したと通信が発されたのを最後に、連絡が途絶えた。

 チャド政府に確認をとるとそのような事実はないと回答され、数時間後に百八十度反対の方向の回答に修正された。


 修理と給油の要請を行うも拒否され、また数時間後に承諾の返事がきて、最後に天文学的な数字が請求されると通達があった。フランス政府は隣国ナイジェリアの大使館に、チャドで異変が無いかの確認を行わせた。すると民族対立による反政府組織がここでも激しく抵抗しており、首都ンジャメナ周辺部にまで迫っているという。


 チャドにある大使館は、情報統制にあって満足に活動を行えないため、在フランスチャド大使館との交渉が続いた。ところが全く芯が通った答えが返ってこない。


 そうこうしているうちに今朝、ナイジェリア駐在武官からナイジェリア軍より通報が得られたと報告してきた。ナイジェリア北東部メーデュグリの国境警備師団が、フランスの不時着機を発見し、これを奪取しようと画策しているとのチャド側からの無電を傍受した。


 フランス政府はチャド政府に正確な状況の開示と、要求金額の国際的な標準金額への修正を求め、本日正午までの回答を最後に、以後は乗組員や積み荷を、自力で安全確保に努めると最後通牒をきった。チャドへはコルシカの2eREPから、第1中隊並びに第8中隊が緊急派遣される、と内示があった。恐らくは出撃となるために、待機命令が下った。


 もし反政府組織に重砲が渡れば、大変な被害がもたらされるため、時間との競争になる。チャド国防軍の援助は期待出来ず、むしろ妨害を受ける可能性すらある。

 不整地ばかりなのと、ヘリでは足が届かないために、空挺作戦が立てられる。落下傘二個中隊が空港を占拠し、代替の輸送機を強行着陸させ、重砲や重傷者を搭載して離陸、もう一機を投入し空挺部隊を回収し、チャド領内から脱出するとの筋書きである。


 いくらチャドが国際的諮問調査機関からの、世界一政治腐敗が進んでいる国や、その他諸々のワースト記録を沢山保持していようとも、歴とした主権国家である。領内で他国の軍隊が勝手に行動するば抗議もするし、国際社会からはフランスを非難する声が出るだろう。


 少し前にイスラエル軍が似たような状況になった時、やはり乗員を救助するために出撃をし、強行救出を行った。国際世論は等しくイスラエルを非難したが、(いつも味方のアメリカは珍しく無言だったが)イスラエル国民は歓喜の声で救出部隊を出迎えた。作戦を指示した内閣は異例の支持率急上昇を見せた、それになぞらえるつもりだろうか、最近のフランス政府はこの手の行動に興味を示して久しい。


 もし着陸が不能であれば現地判断で重砲破壊をし、チャド湖を迂回してナイジェリアに陸路脱出、との関連作戦も示された。空挺は軽装備になるため、陸路をとる羽目になったら最後、過酷な運命が待っているだろうと予測されている。


 一抹の不安を感じながらも、何が必要とされるか頭を巡らせる島であった。


 会議が終わると、早速小隊に武装待機命令を発した。空挺降下であるとパラシュートを用意させる。更に伍長を集め、チャド西部からナイジェリアへ、陸路で脱出の可能性があるのを告げる。

 基本の空挺作戦については後刻隊長から説明があると伝え、専らまさかの時のために、思考回路や手に入りづらい装備・資材の確保に努める。


 チャドがフランス保護領だった時期は古いが、今でもフランス語を理解する。もちろんアラビア語が主力だが。昨今中国から札束での往復びんたをされて、喜ぶ閣僚が多数を占めたため、チャドへはそこからの武器が流入しているらしい。

 サハラ砂漠を渡り、リビアからチャドやスーダンへの密輸も多く、ソ連の旧式装備も流出に歯止めがきかない。


 何せ国家予算が怪しく、歳出の七割近くが使途不明金であり、議員らの懐やこれらの密輸の支払いに消えているようである。そのような事情もあり、一概に反政府組織が悪いとは言えない部分もあるのだが、国際ルールはまた別だと何枚あるのかわからない舌で言い訳をする、フランス政府である。


 フランス軍の武器では、チャドの弾薬は使用出来ないことを意味し、補給がなければ現地で敵の武器を奪うしかない。幸いにして外人部隊では、それらの武器類の扱いも訓練に組み込まれており、ワルシャワ条約機構の主たる武器ならば、大抵は使用が可能であった。


 その日の午後閣議が行われ、即時介入を決定した。国防相から陸軍総司令部に、それから地中海司令部を経て、外人部隊に出撃命令が下ったのは、未だに空が明るい頃であった。

 中隊を二つ統括するために少佐を司令として作戦群を編成、エジプトからスーダンの西端を通り過ぎ、サハラ砂漠を南西へ突っ切りチャドの地方空港を目指す。


 内陸国へ向かうには、当然他国の領空を通過する必要があり、急遽話し合いを持ったとしても間に合うわけがない。昔はソ連とアメリカのトップの間にあった直通電話を、ホットラインと呼んだが、それが一般化してフランスもホットラインと呼ばれる緊急連絡手段を、特定の重要国間に持っていた。

 かくてフランス大統領がどこかへ連絡をとると、外人部隊が搭乗する輸送機は、誰何されることなくチャド領空へと進入を果たしたのだった。


 輸送機内で現地の情報が伝えられる。ナイジェリア駐在武官経由の報告では、輸送機は自力での離陸が不能で長期の修理を要する。機載の高出力無線は使用不能、搭乗員は一部生存をしている模様、チャド反政府組織の部隊が接近中、チャド国防軍による空港警備隊が存在するが接触は不明、なお警備隊の規模は中隊とのことだった。


 概要が中尉により明かされ、次いで空挺作戦について命令が下る。地方空港北東に第1中隊、北西に第8中隊が降下し、第1中隊は空港施設を制圧、我々は輸送機を援護する。中隊長等を降下の中心として、各小隊が纏まって空へと飛び出してゆく。


 島は小隊の全員に「降りたら中尉を探せ!」と声掛けをし、機内に隊員が居ないのを確認すると、自らも縁を蹴った。ゆらゆらと落下傘が地上へと降りてゆく。首都付近は草原が多く、ステップ地帯に属しているようだ。


 柔らかい地面をダチョウのように足を動かし、何とか着地する。降下してすぐの、開傘するかしないかの緊張感ほどではない。随分と手前にいるであろう中尉を求めて、島は駆け足をする。人が集まる場所に向かい進むと、何やら混乱があったようだ。


「落ち着かんか馬鹿者共が!」


 腹から声を出して若い隊員らを一喝し、班ごとに整列させる。衛生隊員が治療しているのは、何と中尉であった。話を聞いてみると、降下の際に風でとばされた隊員と空中で絡みあってしまい、樹木に落下してしまったそうである。


 意識ははっきりしているが、裂傷に打撲があるため無理はさせられない。動揺する小隊に「戦闘準備!」と命令を下し中尉に指示を仰ぐ。


「中隊に合流を。シーマ軍曹、私が指揮を執れなくなったら、貴官が指揮権を継承するんだ」


 小隊付軍曹として将校を補佐するのは良いが、自らが判断をと言われ少し悩んだ「合流して軍医にみてもらいましょう」とだけ応え、部隊を前進させた。当然、中尉を治療している間にも作戦は続行される。

 島の小隊は予備に回され、他の部隊が空港の敷地の周りに張り巡らされているフェンスを除去する。


 落下傘を目撃したチャド国防軍は、本来ならば警察や空港職員らを避難させるべきであったが、彼らの頭にはそんな選択肢はなかった。警官が軍隊に促されて偵察しに現れた。手にしている拳銃では、全くの射程外から攻撃されてその場に倒れる。


 小隊二つがフェンスを突破して、障害物が無い滑走路を移動する。ターミナル側の警備室から機関銃が放たれ、あたりに鈍い音を立てながら着弾する。だが少しすると射撃がされなくなる。ターミナルが第1中隊により占拠されてたのがわかった。


 立ち往生している輸送機の周りには、土嚢やバリケードが置かれ、そこにチャド国防軍の兵士がいたが、りゅう弾を数回撃ち込んでやると、職務を放棄して逃げ出していった。


 輸送機までの道がクリアとなり、中隊長らと島の小隊がそこへ駆けてゆく。後ろには四つ目の小隊が続いた。輸送機に手を振り、レジオンと告げると、たてこもっていた搭乗員が駆けだしてきた。機長の大尉が「こんなところまで出張ご苦労様」と中隊長である大尉に軽口を叩く。


 その間に島は、小隊に滑走路脇にある土部分に塹壕を掘らせ、土嚢を積み直し、陣地構築するように命令する。なるほど今になり、土掘りが命懸けなのがよく理解できる。何もないのだ。当たり前だが滑走路は平坦で見通しがよく、一切の掩蔽がない。


 輸送機から百五十五ミリ重砲を運び出す準備をする。スロープを下ろして代替機が着たら移動出来るよう固定を解除し、もしもに備えて砲弾だけでも先に、と機外に持ち出し穴に並べておく。


 群司令の少佐が、ターミナルに指揮所を設置したようだ。中尉をそちらに運び安静にさせる。暗くなってきた空を睨み、見えるわけもないのにあたりを探す。


 チャド国防軍は蹴散らしたが、反政府組織が向かっているはずである。もし攻撃してくるならば明け方だろう。代替機もまさか暗いうちにはやっては来まい。交代で食事をとらせて、五十%の警戒で夜を過ごす。


 指揮所に〇三〇〇に日の出と共に着陸する、と通信がはいる。滑走路の左右に、目印となるように小さな火を灯して並べる。


 地平線の先に太陽が頭を出し始めた頃に、輸送機が滑走路に飛び込んできた。けたたましい音を出して、不時着した機体の側へと進む。指揮所より第8中隊へ警告が行われる。チャド反政府組織と思われる集団が、空港北部に接近中であると。


 ハッチが開いて重傷者の搬入を開始する。中尉も傷が芳しくなく、仕方なく押し込められる。砲は機械を使いゆっくりと搬出作業が行われ、それに倍する時間をかけて、隣へと搬入されていった。


 ヒューンと独特の音が響く。誰かが「モーター!」と叫んで迫撃砲の警告を行う。六十ミリ迫撃砲であろう、射程限界の二キロ地点から撃ち込んできているようだ。


 あまり滑走路に着弾しては、離陸に支障が出てしまう。少佐より第8中隊に、迫撃砲排除命令が出された。すぐに二つの小隊が北側へ移動し、脅威を取り除こうとする。


 ターミナルの屋上から、スポンスポンと音が聞こえてくる。第1中隊が迫撃砲を据えて、反撃しているようだ。二秒に一発の急射で、敵の足を鈍らせる目的なのだろう。


 空挺降下の部隊は火力が低く、迫撃砲の他、ロケットランチャーが精一杯なのだ。装甲車までならばまだ何とか対抗出来るが、戦車やヘリが現れたらお手上げである。


 チャドに攻撃ヘリがあったとしても、簡単には飛ばしてこないだろう。しかし戦車はンジャメナに駐屯しているだろうし、向かわせているはずだ。とはいえ、朝も九時を回ったあたりでゆっくり出撃し、空港に辿り着くと昼を越えているに違いない。


 島は夜光塗料が塗られた時計を見る。未だに〇四〇〇を過ぎたあたりである。ようやく重砲を積み替えたあたりで、転回して離陸となるには小一時間かかるだろう。


 小隊が反政府軍に対峙して広がっている。空港東側に、迂回する部隊の姿がチラチラと伺えた。小隊を更に一つ東側に張り付かせて、侵入されないように備える。


 指揮所に第二便が〇五〇〇に到着予定だと入電する。先発便が滑走を始め加速、機体が離陸を開始した。地上から射撃が加えられるが全く問題なく飛んでいった。


 中隊長が副官や中隊付曹長と何かを相談している。指差すところには先ほどの迫撃砲で穴があいた、滑走路があった。三本ある滑走路のうち二本に被害があり、残る一本には不時着機が乗っている。


 指揮所に報告を入れると、ターミナルから軍曹がやってきて、滑走路の状態を確認する。首を振っているのが見えた。

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