第2話

 不意にその言葉を聞いて驚いた、もうすぐ「冬」になるらしい。くそ暑い場所にいるから考えもしなかったが、夏休みに拉致されてから、もう半年も経過しようとしていたとは。


 外人部隊では、クリスマスを重要なイベントと位置付け、基地総出でお祝いをする。家族が居る者も、強制的に参加である。隊員にしてみたら、部隊こそが家族との意味合いだ。


 交換用のプレゼントを、各自で準備するように言われた。一体どんなものを? 気になり聞いてみると、迷彩ネット、サバイバルナイフ、防水腕時計、などなど何となく方向性が掴めた、軍隊だなぁと感じるわけよ。


 ようやく休暇の日には、外出が認められるようになり、街をグループでぶらついて買い物を楽しむ。これだと思うプレゼントが見付かった。現地のお酒で、アルコール度数九十、とかかれている、飲んでも無事でいられるか、わからない代物である。傷口の殺菌にも使えるだろうから悪くない。何より酒を手にして、喜ばない隊員を見たことがない。


 軍格闘術、マーシャルアーツ。呼び方はなんであれ、近接戦闘技術は、歩兵ならば必ず身につけていくものである。外人部隊では、銃剣を使った格闘術が代表的で、当然訓練でも行われることになった。銃剣といえば刺殺がその用途であるが、外人部隊ではそれにプラスして、銃床による打撃を組み合わせ、幅を持たせている。


 木造のレプリカを手にした軍曹が、手本を見せるために、誰か掛かってこいと見回した。絶対にろくなことにならないとわかっているため、誰一人として志願しない。島を含めて、体格が良いものばかりである。勝ち気な若者を黙らせるだけの威厳を持ち合わせている、きっとそんなところなのだろう。


「シーマ二等兵、志願しろ」


 近くから、悪魔の囁きが聞こえる。先輩の命令は絶対である、ましてや軍隊ではなおさら。仕方がなく一歩前へ出た。すると軍曹がにやりと口元を曲げて頷く。


「ほぅ、俺に楯突こうとはいい度胸だ。死ぬ気で掛かってこい」


 この流れなら言える、ブーツにキスして服従するから、許して下さい。伍長がレプリカを手渡し「生きて帰れよ」などと余計な応援をしてくれた。


 どこからでも掛かってこいと、くいっくいっと指を動かす。まともにやっても勝てるわきゃない! 意を決して突いてみるが、簡単に避けられてしまう。声を上げて再度攻撃すると、すれ違いざまに銃底が腹を打ち、蹴りが来て転倒する。顔を向けると、そこにはレプリカが突き出されていた。


「お前は戦死した」


 そう宣告すると、当たり前のように、腕立て伏せを命じられる。全員が叩き伏せられ、後になるほどに、軍曹の打撃が強くなっていた。ラッキー。そう思ったのも束の間、二周目が始まり程なくノックアウトする。世の厳しさを知ることとなった。学校で柔道をやったときの記憶が蘇ってくる、負けた数が多いほど身に付くとか。


 あちこちに打撲を抱えて、教練が終了した。中には軍曹に一撃入れることが出来た者がいたが、残念なことに手厳しい反撃を受けて、医務室へと連れられていったようだ。負けて良かった、そう深く感じた島であった。


 考えなかったわけではなかった。いやこの状態で、考えない方が少数派ではないだろうか。基地の近くに町は一つしかない、車で一時間も走れば、集落の一つや二つあるが。その町に今、かなりの外人部隊兵が展開している。一軒ずつ訪問しては確認し、バーやショップを探してまわっている。


 皆で探してまわる。何かと言えば、脱走兵である。嫌になって逃げ出すやつが居て、当たり前だろう。誰もが我慢強く、誰もが兵士に向いているわけではない。除隊が無理なら、脱走するか大怪我をするしかない。どちらの道をとるか、百人にアンケートしても、多分同じ答えしか聞けないと思うぞ。


 そもそもが入隊に際しては、志願するか、志願させられた者しか存在しない。在隊の義務があるわけだが、毎年何人も行方不明者があらわれる。当然大半は失敗、うち半分は再度の脱走を試みる。


 一番ポピュラーな蒸発方法は、休暇で街に出てそのまま帰らない、これである。それだけに朝の点呼で人数が足らないと、またかと伍長が呟くわけだ。珍しいものでは共同演習で、相手の国の兵に混じって逃げようとした、猛者もいた。当然すぐにばれてしまい、本当に縄をかけて連れ帰ったそうな。捕虜かいな。


 訓練時間を潰しての捜索である、個人的には感謝したい。だが残念だとの表情を表しておく、べ、別に班長が怖いとかじゃないんだからね。そんなこんなではあったが、昼過ぎについに発見された。バーガーショップでランチの最中だったのを、サボってコーヒーブレイクしようとした班が、拘束したらしい。何故だろうか、二重に苛立ちを感じたのは?


 まだまだ自分が精神的に未熟なのを感じたが、悟りを啓くのは後回しにした。伍長が帰還の命令を出すかと思いきや、なんと基地までの路を、更に捜索すると言うではないか。何を捜すのかと聞けば、脱走兵が所持していたが、途中で紛失した小銃をである。んなもん無くすな!


 多くの隊員の刺さる視線を背に、拘束された兵は一足先に基地に送られていった。そして残された皆は、幅一、五メートルの間をあけて、砂漠の道なき道を横隊で歩いた。どこで紛失したか覚えていなかった、その為に広大な範囲を、一歩ずつ捜すことになったそうな。なるほど先に帰還させなければ、この場でボコボコにされていただろう。まあ既に顔が腫れてはいたが。


 見つからない。基地まで必死で捜したのに何故だ! 既に誰かが拾っていったか? 可能性がなくはないが、軍の基地周辺の砂漠に、ぽつんと落ちている制式小銃、拾っても良い未来が拓けるとは、到底思えない。日が暮れてしまい、翌日も捜索とのあ、りがたい命令をいただいた。細い棒を手にして、ザクザクと砂をつつきながら、今度は基地から町へと向けて歩き始める。ヒジョーに地味である。だが文句を言っても終わる訳じゃないので、素直に進む。


 数回の小休止に、一回の大休止を行い、ついに隊のどこかで「見つけた!」との声が聞こえた。昨日も同じ場所を歩いたはずなのに、不思議なものだ。砂でも被っていたのだろう。散々迷惑をかけた兵士は、以後大人しく兵営生活を送り、半年がすぎた頃、ようやく外出が許可された。翌朝の点呼で、一人足りないのがそいつであったが、武器庫に小銃がしっかり鎮座してるのを確認すると、皆がほっとした。またそいつを捜索するも、ついに見つからなかった。が、それはそれで良かったのかも知れない。ジブチ駐屯での、一番の思い出がこれで、少し悲しい島であった。



 ついにジブチからの、異動の命令が下った。砂漠なんてくそ食らえ!

 白色のケピ帽をかぶり、ブーダン(青の腹巻きだな)をつけ、FA-MAS(いつもの小銃)を手にして整列する姿は、一年近く前にやってきた時には考えられない位に、堂々としている。小隊長が(まだ居たんだ)壇上で、何か長ったらしい演説を行っているが、勉強の甲斐あって、大体意味が分かるようになっていた。要約しよう、コルシカにバカンスに出掛けるそうだ。


 地中海に浮かぶ、コルシカ島。あのナポレオンが過ごした場所であり、我等が外人部隊の、第2落下傘連隊が司令部を置いている。そして小隊はその連隊内、第8中隊に所属を移すことになったそうだ。何が変わるかと言えば、特に変わることはない。小隊長が新しい上司に、不安を覚える程度だ。こちとら、ようやく人が住めるところに戻れて、感謝の涙が出そうなくらいである。


 グダグダ言わずに、さっさとチョッパーに乗り込むべし。心なしか仲間の足取りが、やけに軽やかである。きっと今なら、大抵のことが許せるだろう。

 ややしばらく空の旅を行い、外を見ると、色が綺麗な海があるじゃありませんか! 意味もなく、周りとと目を合わせては、にやけてしまう。きっと奇妙というか、異様な雰囲気だろなぁ。


 島は身長百八十センチ余りに、体重八十キロ程度あるも、全体でいえば平均より少し大きめ位でしかない。そんな大男達がニヤニヤしてるのだから、不気味である。


 実は数ヶ月前だが昇進した。島一等兵である。入隊して一年たてば、大抵はなるんだけどさ。給料も増えたし後輩も出来たし、何だか調子も出て来るものだ。しかも砂漠の現地手当て(駐屯手当てや危険手当てなど)が結構たまったもので、これだけでも節約したら、一年は暮らせるかもしれない。使う場所が無いのは、実に効果的かつ強制的に貯蓄されるようだ。


 爆音を響かせて、ついにコルシカへ降り立った。爽やかな潮風が鼻をかすめてゆく。


 「ああ、これだけでも幸せだ」


 早速小隊長が司令部へと消えたため、我々は軍曹の指示でジープへと分乗する。特に詳細は口にしないが、宛てがわれた訓練場所へと向かうのだろう。忘れていたことがある、奴は殺意の対象ですらあったという事実を。


 ジープで十分程海辺を走りついた先は、砂が綺麗な浜辺である。あたりには人影がなく、住民がいるのかいないのか、だいぶ先に建物が見えるだけである。奴はこんな台詞を吐いた「よし泳げ」誰しもがその先に、まだ言葉が続くのを察知していた。「基地まで」と言ってから、ジープの運転席に伍長が座る。つまりは伍長以上しかジープに乗らないことを意味し、ファッキンサージは北を指して、あっちの方角だと大雑把に示した。


 波は低く海は冷たくは無かったが、一時間以上の遠泳にぐったりさせられ、初日の浮ついた空気が、一気に消え去ったのは事実である。絶対にネーちゃんがいるビーチを外して、車を走らせただろうことが、悔しい若者達であった。


 意外や意外、ここに配属されてる外人部隊は、エリートらしい。仲間内で、またすぐに異動なるのかと話をしていたら、会議室へと小隊招集がかけられた。そこには恐れ多くも、第4中隊所属の下士官が詰めていた。


 敬礼し後ろに座ると、略綬や記章をたくさん胸につけた大尉が、我等が小隊長の中尉を引き連れて入室する。一斉に起立し敬礼、大尉が仕草で座るようにと促す。

 この第4中隊、爆破やら破壊の専門家集団で、中でも大尉直轄の夜間戦闘小隊は、フランス軍全ての中でも、最強と揶揄される強者である。当然落下傘連隊にいるわけだから、空挺も可能だ。そのトップである大尉が目の前にいる、ファンになりそうだ。


 どうやらジブチ集団は、砂漠戦の専門家として扱われているらしい。第6中隊までしかなかったのを、新たに二個増設する計画で、イランやイラク、アラブ諸国での緊急展開の尖兵となる。


「すると第7中隊は、何が専門なんだろうか」


 愛しの大尉が、中尉と共に退場すると、第4中隊の先任曹長が、パラシュート訓練について説明を始めた。うちの軍曹を――あいつパラシュート記章つけてやがる――チラッと見ると、黙って聞き入っている。訓練引き継ぎの言葉を受けて、教導する伍長や上等兵が、二人に一人あてがわれる。まずは地上で、お立ち台から砂場にダイヴすることから始めた。断言しよう、効果は無い。


 冗談だよと笑うこともなく、パラシュート一式を渡される。まずはこれを身に着けてみる。教官におんぶにだっこで装着! 案外動きやすいことを確認する。

 すぐにそれを外すと分解組立を行う、これは全てに対しての基本であり、その構造を知る上で、必須のプロセスと言える。綺麗に畳まないと、空中で開傘しないぞと脅され、やたらと丁寧にやると遅いと怒鳴られる。


 早速降下をするぞと、待ったなしで航空機に半数が乗せられる。タンデム降下と言われるもので、前に生徒で後ろに教官が括り付けられ、一緒になって降下するものだ。人によっては空中で気絶するものがあり、訓練で克服出来ないと判断されたら、イタリア行きの船に乗せられ、オーバーニュ(フランス)行きの列車切符を握らされる。ハッチが開き、一秒毎に一組が飛び出す。怖じ気づく者がいても、教官と共に空の旅だ。


 次々と落下傘が開き、ゆらゆらと地上へと降りてゆく。着地ではかなりの衝撃があったが、無事に地上に降り立った。訓練なので、すぐにパラシュートを回収して集合する。案外簡単だな、との感想が大勢を占めた。しかし降下は最初の一回か二回が安全で、繰り返す毎に事故が増えると教えられた。

 合計六回の降下訓練で、空挺記章がいただける手筈の様子。追々そちらは手に入れられるだろう。


 さて、人間が、特に男が集まる場所には、必ずあの商売がある。コルシカの気質は排他的であり、治安が悪い箇所は、全てマフィアの縄張りである。当然のようにあの商売の元締めは、マフィアがしており、ここから情報が漏れないようにと厳命された。だけど悲しいかな、言葉が通じたばかりに、大なり小なり必ず情報は漏れてゆく。


 軍とは社会である。ピラミッドの頂点が色に染まれば、下まで一直線に色が変わる。そんなわけでサービス週間の業務内容は、基地司令官大佐の自宅警備員だ。激しく聞こえが悪い呼び名ではあるが、大佐夫人は若くて美人だ。だから気にしない。


 高さ三メートルはあろうかとの塀に、鉄格子の門があり、その左右に立哨用のスペースが、防弾ガラスに囲まれて置かれている。門のすぐ内側には、警備員の休憩屋が独立しており、ここで茶を啜ったりテレビをみたりして交替に備える。 このサービスは楽だ! 拳を握り締めて、心の中でガッツポーズをキメる。


 時折夫人が、ケーキと紅茶なんて出してくれた日には、ついうっかり忠誠を誓ってしまおうとすらしてしまった。いかんいかん軍に忠誠を……まあいいか。

 世間には誘拐ビジネスなるものが存在している。中でも直接的に要人を誘拐するのではなく、その家族を狙うのが主流となっているそうだ。大佐の娘イザベルちゃん八歳。いつも兵が運転する車で、登下校している。もしマフィアが彼女を誘拐したならば、きっと大佐は戦争を始めるだろう。そして部隊は黙って命令に従い、マフィアを殲滅する、それがわかっているのだろう、誘拐の気配はない。軍曹誘拐されてくれないかなぁ。


 そんなことがあったりなかったり、砂漠から解放されて気持ちが穏やかになったのだろうか、基地での評価は、短気な奴らが少ない小隊だと受け止められたらしい。狙撃中隊からも注目されている。狙撃兵は感情の起伏が少なく、我慢強い者が向いているからである。誰一人引き抜かれたわけではないが、心なしか軍曹の機嫌が良かったような気がした。


 自身の小隊が、少し高い評価を受けたのが嬉しかったのだろうか、軍曹がハイキングに出掛けるぞ、と皆を集めた。だがフル装備による出撃に、新たなアイテムが加わった。軍用シャベル~、ドラ何某のように、それを頭の中で呟き背嚢に装着する。うーむ、最近のハイキングには、シャベルが欠かせないのか。この軍用シャベル、実は第二次世界大戦で、かなりの実績を持っている。それは穴を掘るだけでなく、敵を突き刺すという用途に於いて、である。


 何だかんだで小隊は、なだらかな丘陵地にやってきた。行軍を停止して休むかと思いきや「ここに築城を行う!」とのことだ。早速伍長の命令で、防衛に使えそうな場所の選定が始まる。巨大な岩がいくつか散見出来る部分に、陣取ることにした。


 一、二班が塹壕を掘り下げ、岩同士を結ぶラインを構築する。三、四、五班が樹木を切り出し、柵を製作した。なるほど砂漠では出来ない訓練だ! ジグザグで二重、三重の塹壕線と、一部が可動の柵が出来上がり、一応の完成が見られた。


 お偉い軍曹様の、査察が行われる。場所選びをするのは、将校や下士官であるため、兵らが選んだ場所にはなんら指摘はなかった。その場所に適しているかがチェックポイントらしい。


 最初に指摘されたのは、塹壕の深さであった。浅い、浅すぎるとお叱りをいただいた。だって掘るの大変じゃん。そして塹壕には、上下の階段のような差をつけろと言われた。つまり上段は歩いたり、実際に利用したりする足場で、下段は排水などの用途であると。雨が降ったら確かに必要になる。


 次に指摘されたのは、銃眼である。長い対陣となれば、銃を手にしているだけで疲労する。そのため、銃をセットして負担にならないように、置き場を作れとの話である。そして極めつけは無茶ぶりもよいところ、退避場所を設けよ、だった。手榴弾や直撃砲弾でも生き残れるように、数カ所に逃げ込める場所を作るのは、常識だと言われた。


 散々あと出しジャンケンじみたことを言われ、再度の土木工事を行った。必死に手を加えると、なる程それらしくなったものである。ある士官が言ったらしい「歩兵とは行、軍と掘削が出来て一人前」だと。じゃあ今までの訓練はなんだったんだ、とツッコミながら塹壕を横目に、バーベキューを楽しむことにした。


 散兵壕を作った後には、個人用のタコツボを掘るように命じられた。ここでも二段にするように広く掘削すると、すぐさまチェックが入った。タコツボでは、下段は深く狭く掘れと怒鳴られた。つまり下段は筒状の穴を掘れと。手榴弾が転がり落ちたら、爆風が真上だけに向かい、死傷の度合いがましになる。

 果たしてこの軍曹は、何故こんなにも色々と知っているのだろうか。軍歴も十数年となれば、自然と身に付くものと言われたら、ああそうかと納得するしかない。


 ヒヨッコ達が一連の訓練を終えて、落下傘記章を佩用するようになると、軍曹がチラリと漏らした。「山登りでもするか」それがピクニックなわけがなく、憂鬱な食事を済ませると、夕刻に会議室へ集まるように命じられた。そこには第2中隊の下士官らが詰めていた。彼らの専門が山岳戦と知っていた隊員は、一様に内心でため息をついたのが表情から窺えた。


 砂漠専門小隊に、雪山登山の訓練メニューがあるとは、予想しなかった。てっきりコルシカで登山かと思いきや、「ピレネーは好きか?」そう尋ねた軍曹に、ハイと答える自分がいた。


 列車を乗り継ぎ現地に到着すると、輸送車に装備を積んだ支援員が、車ごとそれを引き渡す。崖を登攀したりするわけでなく、雪中行軍を目的としていると説明されて、ほっとした。だがそれがどれだけ厳しいものになるか、正確に予測していたのは軍曹だけであった。


 各種装備に防寒具を装着し、最後にレッドペッパーを渡された。これをどうするか尋ねたところ、二重履きした靴下のつま先に、振りかけておけと言われた。凍傷の予防に効果的で、つま先の血行を増進するらしい。本当に知らないことが多々あるものだと感心しながら、秋の山に向けて一歩を踏み出すのであった。


 大変だ、寒い! そんなに重装備いらないよ、と笑いながら進んだはずなのに、いざ山中にくると話が違う。ガクガク震えながら進むと、あたりが白くなってきた。情けないやつらだと言わんばかりに、軍曹が鼻をならす。


 一行はいわゆるベースキャンプと呼ばれるような小屋に入り、そこで体をならすために一日滞在することになった。その間は激しい運動を禁止され、代わりに技術講座が開かれた。各自が得意としている知識を披露する。誰しもが、吸収したら自分のものとばかりに、貪欲に聞き入る。講義をする側は、改めて自らの知識を確認することにより、さらに確実なものとしていった。


 島の番がきて、何を話そうかと悩む。軍事に関わりがあってもなくてもよいが、どうせなら生き延びる術を絡めた方がよい。そこで日本の旧時代にあった、奇襲の話をすることにした。


 その昔みた歴史コラムより。

 時代は百年以上前のこと、幕府軍と新政府軍が武力により、政権を争っていた時のことである。

 主力である艦船に火力で劣り、制海権を奪われていた幕府軍が、奇策を打ち出した。それは新政府軍が保有する、主力艦船を強奪しようとする案であった。失敗の可能性が極めて高いも、成功したら立場が逆転するとあり、起死回生の一手としてこれを採用した。


 奇襲部隊が集められ、作戦を明かされて驚いた。何と接舷して、切り込み隊を突入させる、とのことである。甲板の高さが近い艦船を選び、深夜払暁に湾内にある艦船に忍び寄る。最初は外国の旗を掲げ入港し、いざ戦闘の直前に、日本国旗を掲げ直した。これは戦時国際法上適当とされているため、ギリギリまで注意したほうがよい。


 ここで不測の事態が発生した。給油や積み込みの具合により、甲板の位置にかなりの差が出来てしまったのだ。攻撃側が手間取りながら乗り移るが、周辺から増援がやってきてしまい、ついに不首尾に終わってしまった。

 昔話より。


「その接舷攻撃を、フランスではアボルダージュと言う」軍曹がそう付け加えた、英語ではボーディングだとも。どうやらフランス海軍にもある戦法らしいが、珍しい行為のようだ。遠く離れた日本でもそれを実行していたことに、素直に賞賛するとともに改善点を述べた。


 この失敗の場合は、間違いなく乗り移る時の遅滞である。喫水が上下するのは当たり前で、事前にそれに気付けなかった、作戦立案者の責務が大である。次に現場の指揮官が、簡単な解決法――例えば帆を使い引っ掛かりを作れば、上り下りの足場に充分機能するなどの、発案を出来なかった責務がある。この二点が改善されていたら、違った結果になっていたかも知れない。


 そこから話を膨らませて、高低差がある時に解消をする方法で、応用してみる。市街戦で建物三階や屋上あたりから、地上に降りる方法を考えてみた。真っ先に使えそうなのはカーテンで、それに切れ目を入れたり結んだり、何か引っかかりを作り下に垂らす、半分も高さを無くしたら、無事に降りられるだろう。咄嗟にそうなった時、一度このように考えを整理してあれば、簡単に思い出せるようになる。

心構えというやつだろう。


 早く彼女を作って幸せな生活をする、そのための心構えはずっとしているのだが、いつになったらそれが役に立つのか、全く不明な島、二十二歳の秋である。


 雪山の行軍で、一番体力が必要なのは、先頭である。後続の為に、わざと雪に足を寄せながら、歩かねばならないからだ。雪上を歩くならば、スキーの類が有効である。若く体力があっても、二等兵を先頭にするわけにはいかず、咄嗟の判断が可能な上等兵を先行させる。ジャングル等での偵察で言う、ポイントマンである。


 少し間を置いて、班が一列縦隊で続く。軍曹を中心からやや後方に置き、最後尾もまた上等兵が務めた。先頭と最後尾に強兵を配置し、中心に指揮者を据えるのは、規模が変わってもさほど違わない。

 どのくらい歩いただろうか、思い出したかのように、軍曹がシャベルを組み立てるように命令する。雪洞を作り休息に備えるようだ。土を掘り返すのに比べたら、楽なことこの上ない。


 適当に横穴を作ると、軍曹様にチェックを入れられる。出入り口は小さくなるようにしないと、風が吹き込むぞと怒鳴られた、更には天井に一本穴をあけることにより、煙が抜ける道を用意しておけとのお達しである。だから会議のときに教えてよ。そう思っても、決して口に出さないで過ごすのが良い、信じて疑わない隊員達であった。


 手持ちの水筒に水は入っている、しかしそれを温存し、雪を暖めて利用した。古くなり捨てる以外、可能な限り面倒ではあっても、携帯中の物を消費するな、これである。同じように背嚢に物があるならば、腰に下げているのを使わずに、一々背嚢から取り出して消費する。いつ装備を喪うかわからないので、常に手放し易い状態の品から使うように、厳しく命令されていた。


 たった一度の面倒に負けたため、非常時に苦しい思いをした者が言うだけに、やけに迫力があった。食料や医薬品ならまだしも、水だけは絶対に注意するよう、何度も繰り返し注意をする。人は水を絶たれるのが、一番すぐに堪えるものなのだと。


 冬、しかしコルシカはさほど寒いとは思えない。薄手の上着があれば、それで解決する。今回のサービス週間は、基地内の清掃である。はっきりとツマラナイと言っておこう。整理整頓は軍務でもある、清潔に保つのは体調管理などにも通じるため、これまた皆が意識している。だからといって、やることが無いかと言われたらそれは違う。雑務とはどこからか沸いてくるらしく、いつも終わりが見えない。時折自分の役割が、何かを考えてしまったりすらした。


 仕事が楽しいわけがないと、頭を切り替えて、次なる訓練のことを考えてみる。不足はあるだろうけど、一通りはやったような気がする。契約期間はあと一年半、国のみんなは自分のことを忘れてしまったのではないだろうかと、一人廊下の片隅で物思いに耽るのであった。



 新兵訓練から始まり、砂漠、河川、海、山、雪中と繰り返してきた。始めはきつかったが、境遇にも慣れて軍務を行ってきた。戦争などは皆無で、ずっと暮らしてこれたのは時代だろう思っていた。戦時の応召兵ならば、長くて二年で除隊になる。継続を希望するならば上等兵に昇進するが、大抵は一等兵で予備へと組み込まれる。それに照らし合わせたわけではないが、島も上等兵へと昇進した。


 2eREP(第2外人部隊落下傘連隊)の第8中隊は、応援としてガボン共和国へ増派された。中隊丸ごとを輸送出来る機に乗り込み、コルシカからガボン(ガーナやコンゴあたりのアフリカ中西部)に向かうと命令された時には、いつもと違う刺激が得られると、内心喜んですらいた。


 ガボンは人口こそ少ないものの、アフリカでは珍しく中流を成す国である。市街地は少なく、国土のほとんどが森林地帯である。きっとジャングルで訓練をするのだろうと、軍曹が何を呟くか賭けをするくらいに落ち着いていた。


 つまらなさそうな顔をした軍曹は、腕を組んで黙って座っている。将校らは、機体前部のグリーンシートに、集まって座っていた。将校と他とは、常に距離を保ち行動するよう努めているようだ。


 何故外人部隊が増援したかの理由だが、ガボン軍との共同演習を担当するだめだとか。アフリカは赤道直下で、更に演習が空挺なので、砂漠専門の第8中隊にお呼びが掛かったわけである。ガボンに砂漠が少ないと、知ってか知らずかわからないが、暑さに強いとの点は否めない。これ以上詳しいことは説明されていないので、どんな酒が飲めるのかなどの話題に切り替わるのに、時間はかからなかった。


 伍長の下で、班員三人を指揮する役割を与えられ、いよいよ兵士らしくなってきた島は、最近狙撃訓練に傾注している。時間があればライフルを手にして、射撃場に詰めその距離を延ばしていった。


 そのように島に限らず、隊員の殆どが自主的に次の段階へと、駒を進めていた。ある者は爆発物の扱いに興味を持ち、またある者は諜報という無形技術を勉強し、時には士官学校への入校を申請する者もいた。


 他国の軍と活動するのは初めてで、多少緊張していたが、逆にそれがちょうどよいスパイスになっている。案外心地よかったりもするものだ。


「ガボン料理うまい!」つい叫んでしまった。

 フランス植民地であったガボンは、公用語がフランス語、街並みやその他もかなりまでフランス風であるから、料理も現地アレンジされたフランス料理が多々ある。食事に関しては、イギリス植民地はひどいまずい。イギリス本国も然りである。

 移動してから演習までの間に一日休暇があり、そこで街に繰り出したのだが、期待以上で何より。入植者が経営する店などは、拘りが見えて更に好感触だ。中にはよくわからない、虫のような炒めものがあったりもしたが、それは地域柄話のネタに食べてみた。悪くはない、見た目さえ気にしないなら、上出来とすら言える。


 現地人は黒人が主で、混血やアラブ系がちらほらといる程度、気性も案外穏やかである。米軍の黒人下士官あたりは、人を指揮するのに向いてないのがよくいる。人種ではなく育った国により、はっきりと違いが見られると言えそうだ。

 将校はイギリス人、下士官はドイツ人、兵はフランス人とは言ったものである。アフリカ人は、何に向いてるんだろうか?


 空が澄んでいて美しい、今日は空挺日和だ。そんな日和があるのかは知らないが、演習相手のガボン軍第1空挺部隊と合流した。我らが分隊と共同行動するのは、同じく八人からなる、空挺のエリート兵らしい。このあたり、政府やお偉いさんが説明するときには、多すぎるリップサービスが伴う。


 何はともあれ、十六名の分隊を伍長殿がまとめる。フランス側の兵は、代理で島上等兵が統率した。号令がかかり、装備を渡され集合地点に走る。パラシュート装着命令が出され、各自が準備万端で……あれ? ガボン兵がぼーっと突っ立って、装備をしない。どうしたのか聞いてみると、装備の仕方がわからないらしい。


「君たちパラだよね?」


 答えはウィ、あまりに長いこと降下していないから、忘れたそうだ。あちこちで航空機に搭乗するために、整列が始まったので、仕方なくガボン兵に落下傘をつけてやる。まさかこんなことになろうとは、エリート兵が聞いて呆れる。まあ彼らが自分で言ったわけではないのだが。


 急いだ足取りで搭乗する、他の部隊はもう離陸しているところが出始めた。落下傘を背負う際には腰回り、特に後ろには一切のものを装備しない。特にナイフなんかぶら下げていた日には、着地で縦になったら痛いでは済まされない。でも腰に装備して降下する国がある、残念な思いをした兵が、たくさんいるだろう。


 一秒に一人、交互に降下するわけだが、中間で伍長が降りるために、最後尾を任せられた。テンポよく降下するが、一人怖じ気づいたガボン兵が居たので、丁寧にケツ蹴ってやった。予定通りにしないと平地が足らずに、最後のやつが森にダイヴなんて笑えない、だって自分だもの。


 機長に軽く手を挙げて挨拶し降下! ゆらゆらと降りてゆく、相変わらず方向操作なんて、ろくにきかない。えいやと無事に着地すると、今日はパラシュートをそのままに集合する。後で回収しにくるからよい子で待ってなさい。


 頭数を確認すると、しっかり全員揃っている。現在地と移動経路などを調べ、早速向かうことにする。不意に短距離無線が入り「何かガボン兵一人余ってるんだけど、どっかで足りないとこない?」まったくどこの部隊だよ……あれ?

 もう一度数えてみると、ガボン兵が七人しかいない、さっき居たんだけどどこにいったんだ!


 伍長にすぐさま報告し「あーうちだわ、悪いけどそのまま頼む」と調整する。こちらが黒人の見分けつかないように、あちらも黒人以外は似たように見えたのだろう。間違って隣の部隊にくっついていってしまって迷子か。


 空挺部隊の集合地で、分隊のガボン兵に命令して、迷子の腕を引いて連れてくるようにする。無事に整列し、中隊長のありがたい訓示を聞き流し、その後に各自でパラシュートの回収をして、帰還することとなった。


 ひっきりなしに、ガボン兵同士の無線を受信したが「パラシュートどうやって折り畳めばよい?」とか「どこに帰ったらよい?」など、とてもじゃないが聞かれたら、軍曹に殴られかねない内容が飛び交っていた。ガボン共和国は独立しないで、保護国のままが良いんじゃ? 激しくそう思った島、他全員であった。


 サービス週間、またまた門の警備、でも基地なんだなこれが。四人一組で伍長を頭に、役目にあたる。この伍長という階級、読んで時のごとく伍の長であり、元々は古代中国の軍事単位、五人組の伍というものの統率者、で部下は四人から始まっている。外人部隊では有能な伍長が多く、数十人位まで指揮が可能な者がちらほらと居る。


 軍曹ともなれば、一挙にかなりの人数となる。事実上の直接的な統率者は下士官のため、最大の統率能力は三十人から四十人あたりまで求められ、分隊とは大抵がこれより少数となる。より以上の集団単位からは、長を指揮する形を重ねるため、指揮の中継と上位判断機関の役割を担う。


 つまり何を言いたいかと問われたならばこう表そう、上等兵如きは何も考えずに上の命令を守っていたらよし! ただただ時間が流れるのを待っていると、警備班長である伍長に、当直士官から無線が入った「次の軍用トラックは止めずに通過させろ」と。


 門番は出入りをする者を改めるのが役割なんだが、それをまるっきり否定するような命令である。そんな理不尽極まる命令に、我らが伍長殿は仰有った「おい門開けとけ、次のやつ通すぞ」……権力万歳。拒む理由は何もない、程なく車両が疾走する音が聞こえてきた。


 実は基地の周辺道路に、ょっとした仕掛があり、舗装と砂利道とが交互に設置されていて、昼間なら煙で場所が、夜間でもその間隔で、大体の速度がわかるようになっている。そして今聞こえたペースは、疾走に値する。何らかの緊急事態であるのが明白である。急遽投光器で低めに道路を照らす、これを空に向けて使うと、光の筋が現れるくらいに強烈な代物である。


 やってきたのは軍用トラック、後部に幌がついたタイプだ。速度を緩めることもなく、真っ直ぐに走り去っていった。すれ違いざまに中を見ると、流血した現地人らしき黒人が数人運ばれていた。きっと乱闘騒ぎでも起こして、やりすぎたのだろう。慌てて回収の上で、治療を施すつもりなのがよくわかった。


 そして大方の予想通り、暫くは外出禁止との命令が、基地司令から大尉を通じてもたらされた。女がダメなら酒、単純な図式化が成り立ったようで、翌日には現地人の業者が、酒を満載したトラックで門を潜っていったとさ。


「ずげーこれまだ動くのか?」


 目の前には、第一次世界大戦の頃活躍したであろう、戦車が鎮座している。ひし形のやたらとキャタピラーが長いこれは、イギリスが開発した塹壕突破を目的とした、歩兵戦車らしい。


 首都から離れて森林地帯訓練を命じられたため、小隊が移動途中の集落で見つけたものである。持ち主は酋長で、ずっと動かしていないから、使えるかはわからないそうな。あの軍曹がまだ生まれる前の古代の戦車が、そのまま動くわけがない。だが閃いたらしい、森林地帯訓練の前にこの戦車を復活させてみるとの命令だ。


 車両整備の経験があるものが、簡単に点検する。バッテリー、プラグ、オイル、燃料を交換したらエンジンは掛かりそうだと判断した。機内にある砲弾などを全て取り出し、清掃を行う。キャタピラー周りも汚れを落として、随所に油を挿してやる。大人がプラモデルに傾注するかのように、面白がって手入れを行う。


 通信担当が、戦車のカタログデータをダウンロードし、それを基に説明書を作成。砲弾も火薬が生きていたので、磨いて木箱に梱包しなおす。バッテリーは兵員輸送装甲車の予備を拝借。


 困ったのはプラグである、同じ規格のものがないため、似たものを流用してみた。村人が興味津々で集まってくる、酋長はもし動くようになったなら自由に使って構わないと言ってくれたが、丁重に辞退した。必要になったときには、貸してもらえるようにと話をまとめて、顔を立てるのを忘れない。


 いよいよ数十年ぶりの始動となる。用心のために戦車から離れて、有線による起動にした。事故で怪我でもしたらつまらない、無用の危険を避けるためだ。

 多大な苦労と無駄な努力、最先端の知識を使い、遊び心を満たすため、スイッチオン! ズゴゴ、グゴゴと意味不明な音と、真っ黒な煙をちらつかせて、一旦スイッチを切る。


 酋長に、錆びた部分を一旦ショックで動かした、と説明し少し間を置く。ずれた部分に油を挿し直し、少し馴染ませる。


 そもそもエンジンが反応した時点で驚きである。ちらりと時計を見て、再度スイッチオン! ガガガ、ギギギギと鉄が擦れるような、不快な音が響く。数回スイッチのオンオフを繰り返すと、ボ、ボ、ボボボボボボと回転が低いながらもエンジンが回り始めた。


 その場で全員が、感嘆の呻きを漏らす。回転が安定したところで、慎重に内部を確認する。熱や煙が籠もっていたりしないかを確かめ乗り込む。軽くレバーに力を込めてみると、これまた不快な音をたてて小刻みな揺れが起こった。ガコッと不気味で不安な音をたてて、ついにそれは動き出した。


 ギシギシ言わせながら、人が歩く速度よりも少し遅いながらも進み始める。ギャラリーが居ない森へ正面を向け、停車させた。操縦士が顔を見せて手を振ると、歓声が上がった。まったく無駄な行為を、見事にやり遂げた瞬間である。


 何故か感極まり涙する隊員もいた、だが無駄なことだからね? がっちりと酋長と握手をする軍曹にも、笑みが見えた。ロマン……なんだろうか、空気を読んで余計なことを言わないようにした島であった。


「ジャングルは好きか?」


 大分前に聞いたことがあるフレーズだ、軍曹もボキャブラリーの限界がきたようだな。アマゾンのジャングルとガボンのそれは大きな違いがある。それは熱病の類が最大のポイントで、南米では現地医学や先端治療の体制が整っている。しかし、アフリカでは謎のウイルスや風土病が蔓延しているところだ。激しく帰りたい。


 非常に率直な意見を封じられて、わざわざ危険を省みず、訓練の為に森に侵入する。体力があるなら元気でいられると笑われたが、生水を口にしたり、虫に刺されたり、枝葉にひっかき傷をつけられたりしないよう気を付けろと、ありがたい命令が下った。海にいって濡れるなくらいに、ムチャクチャである。


 インドシナあたりの戦場でも、五十歩百歩の状況で戦ったらしいが、人の意志とは不思議なもので、過度に興奮していると身体の異常を感じなくなるそうだ。端的に言えば撃たれても気付かないで戦っていると。


 冷静になり自らに異変あれば速やかに申告する、きっと訓練の目的はこのあたりなのだろう。全身にタバコを水に溶いた液を塗って備える。簡単で効果が高い、蛇除け対策となるのは一般的によく知られている。


 森林などを移動するときには痕跡を残さない、これを目標にする。通った跡がわかれば、追跡による襲撃で危険にさらされるため、可能な限り偽装し追うのを困難にさせる。これを逆にするとそっくり追う側のスキルになる。


 人工物の発見があれば間違いない、足跡や枝振りは少なからずヒントを与えてくれる。注意すべきは、気付かされることである。つまりは意図的にミスリードさせたり、トラップを発見させられると、失敗に陥りやすくなる。

 後を行く側が圧倒的に有利である。追いつけば攻撃に移るのも、距離を置くのも選択出来る。何せ逃げる側が行けた道をついて行くのだから、自然からの危険を注意する負担は低くなる。


 暑くてかいた汗だけではない、小休止の時にシャツを着替えて清潔を保った。努力の甲斐があって、無事に戻ってこれた時に飲んだビールの旨いことこの上ないのを、改めて知る夜であった。


 ついに来るべき時がきた。武装をし、四機のヘリでアルジェリアを目指す。

 駐アルジェリアの武官から緊急入電した。現地にてフランス人の要人が、アルジェリア解放戦線を名乗る武装組織に誘拐された。身柄が拘束されていると思しき場所がわかっている。そのため可及的速やかな奪還作戦を、との依頼である。


 コルシカの連隊長が了承し、ガボン派遣中の第8中隊に作戦行動の命令が下った。駐ガボンフランス軍のチョッパーや装備一式を拝借し、まずはアルジェリアに現地入りする。


 首都アルジェ。旧植民地であったこの地域には、フランス人の入植者の二代目や三代目が多く、それだけに互いの国での協力関係も蜜月である。ドゴールがすんなりと自立を認めた部分も大きい。


 その昔ここに外人部隊の一大拠点が置かれていて、ジャック・マシュ将軍を擁立し、フランス大統領にとの計画で、外人部隊の叛乱が行われようとした場所でもある。戦力は少ないながらも最強の外人部隊、彼らがパリの中枢部に落下傘降下したら、恐らくは要所を占めたであろうこと間違いない。だが叛乱は叛乱になる前に終わった。マシュ将軍がドゴール側の罠にはまり、身柄を浚われた。


 そんないわく付きの地にて、外人部隊の活躍の場を与えられるなど、不謹慎ではあるが武装組織に感謝したい。お返しにしては野蛮ではあるが、手痛い報復をさせてもらおう。


 すぐさま駐在武官の中佐のところに、将校らが集まる。我等兵士は武装のチェックに終始し、周辺地図を頭に叩き込み、もしものためにと、この地域に生息する蛇の柄を再度確認した。


 敵の主力はアラブ人系で、イスラム教徒。捕虜になれば残虐な仕打ちが待っているために、もしもの際には自刃するのを勧められた。アラビア語とフランス語が飛び交うだろう為、乱戦ではドイツ語か英語で命令を出す可能性があることに触れ、分隊内での言語理解者を再確認する。


 二時間程で下士官に集合がかけられた。将校団より作戦が明かされ、現場の準備を一任される。作戦開始は払暁〇三〇〇で、寝込みの最中に要人を強行救出の後にヘリで離脱させる。これが骨子という話だ。部隊は現場判断にて敵を攻撃するか、即座に撤収するかを決める。


 情報漏れを防ぐ意味から、アルジェリア軍にバックアップを依頼するのは、救出をしてからにするそうだ。駐在武官とアルジェリア司令部とは事前に繋ぎをするが、動いてもらうのは後との意味である。外人部隊は自力で解決するとの見立てになる。


 アルジェリア東部にある、荒れ地との表現が似付かわしいだろうか。武装ジープとトラックで、闇夜の道をひた走る。


 最近は便利なもので、GPSによる位置確認が容易となり、ランドマークがろくにない地域を、夜に移動しても大きく迷うことがなくなった。残り僅かとなると、車両に迷彩ネット被せて偽装する。かなり目がよくても、不意に見つけるのは極めて困難となる。


 幾つかの建物が固まって築かれている場所が、敵の拠点であろう。たまに赤く何かが光る点が、見え隠れする。タバコの火は、かなり遠くからでも確認出来た。


 斥候が近付き、歩哨をボウガンとナイフで刺殺する。膵臓を刺すと、あまりの痛みで声が出なくなるそうだ。


 特に厳重な警戒がなされていた場所に、グループが忍び込む。同時に兵舎であろう建物にも入り、寝ている敵を一人ずつ刺殺してゆく。口を開けた瞬間に刃を貫通させると、相手もやられたことに気付かないうちに始末出来、口を開けないやつは鼻を軽く摘めば口を開けた。


 要人を発見するとただ一言「レジオン」と外人部隊であることを告げる。すると軽く頷き、黙って指示に従ってくれた。不意に始末しそこねた敵が、枕元の銃を一連射して死んでいった。派手に音がしたために、寝込んでいた兵らが起き出してくる。


 それを合図に、救出は戦闘へと切り替わった。要人を後方に走らせ、ジープで真っ先に離脱させる。途中パトロールでもしている敵に遭遇する可能性を考え、分隊を護衛につける。五キロ程離れた合流点で、チョッパーにピックアップさせるためだ。


 手付かずの兵舎には、片っ端からロケット弾を叩き込む。初速が速いため、撃ったと思ったらすぐに着弾している。火だるまになった兵がバタバタして転がるが、すぐに動かなくなった。


 迂回していた小隊の側に、脱出しようとする敵の一団が向かっていった。しかしそれは虎視眈々と待ち受けていた側からすると、まさに獲物である。一斉に射撃をすると半数が初撃で倒れ、残りも次第に減っていった。


 中隊指揮所に中佐から連絡が入り、騒ぎを確認した別箇所の敵がこちらに向かい、移動を始めたと警告を受けた。中隊長は撤収を行うことにし、アルジェリア軍の出動を要請。アルジェ東に出張って待機してくれたらありがたいと告げた。中佐は了解、と受けて通信を終了した。


 どこに隠れていたのか、敵が次々と増えていった。初陣ではあったが、誰一人として敵を殺すことを躊躇しなかった。島ですら始まってしまえば果敢に戦った。何せ遠慮していては、自らの命を危険に晒すことになるからだ。


 背を向けて走って逃げるような真似はしない。順次最後尾の部隊が入れ替わり、相互に撤退援護をしながら、戦場を遠ざかる。


 ライフルが届かない位の距離が得られたら、今度は迷うことなく移動を行った。片方の射撃音しかしないことに敵が気づき、追撃するまでに五分しか掛からなかったが、健脚である外人部隊にとっては、充分な時間である。


 先頭のチョッパーが一旦頭上を過ぎ去り、追撃してくる敵に機銃掃射を行う。すぐに敵の足が止まり、ピックアップの時間を稼ぐことが出来た。

 重傷者だけを先に空から後送し、残りは戦闘態勢のままアルジェに向かい、車を走らせる。夜が明けて街が動き出した頃に、中隊が帰還した。

 そこでは要人と中佐、そしてアルジェリア軍の高級将校らが、喜色を浮かべて待ち受けていた。


 先任曹長の号令で整列し、大尉に合わせて敬礼する。要人から感謝の言葉が雨霰と飛び出し、頃合いを見計らって中佐が勲章の申請を約束してくれた。

 ホテルの一室に宴会場を用意され、その日の英雄気分を満喫した皆であった。


 初めて外人部隊に関わりを持ってから、ついに三年が間近になった。部隊勤務から外れて、今は本部待機の形で時間を過ごしている。島が望むならば除隊も継続勤務も可能で、小隊長が二年契約するならば、伍長に昇進を約束してくれた。日本にいる家族にも長いことあっておらず、きっと心配しているだろう。


 一旦除隊してから復帰でも構わないとは言ってくれているが、その場合は上等兵としての復任でしかない。また二年勤務が重なれば、フランス国籍と、ささやかながら恩給が支給されるという。


 今後の人生を大きく左右するため、悩みに悩んだ。大学に戻って卒業して、また一から始めても全く問題ない年齢である。しかし今以上を保証してくれるわけではない。


 在隊最後の日、島は小隊長の執務室を訪れ、決意を述べることにした。中尉は姿勢を改めて島の瞳をじっと見つめる。


「自分は――」


 島がどの道を選んだか、それは皆が感じた通りである。

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