レジオネール戦記・統合本編〜現代日本の学生が十年二十年かけて兵卒からガチで将軍にまで駆け上るドラマ戦記〜

愛LOVEルピア☆ミ

第1話 序編

 何故だったか一切の記憶がない。それを狙っての、軍曹のオゴリだったのだろう、あいつに一杯喰わされた!  

 去る二十四時間前、つまりは昨夜だが、街角のバーでしけた酒を飲んでいたところに、ガタイの良い男がビール片手に近づいてきた。徴募担当軍曹であったのは、今になってから気付いたが、時すでに遅し、入隊申請書にサインしてしまった後だった。


 奴は祝いだとか何だか言って、ビールを勧めてきた。これを断るような男は、バーで酒なんて飲んじゃいない。甥っ子が生まれただの何だのと、語る内容は事実だったんだろうが、狙いは全くの別にあった。陽動作戦にがっちり嵌められたわけだ。


 結構なペースで杯を重ねるうちに、意識が遠くなってきた。飲み潰れるのはそんなに珍しくもないが、目が覚めたら簡易ベッドに横たわり、暫し考えても場所がわからないのは、初めてだった。

 身の回りの品を確かめるが、全て無くなっていた。身一つとの表現が似合う。古い質素な部屋だが、清潔にしてあるのがわかる。病院や監獄ではないように思えた。


 足音が聞こえ、芯がある男の声で「起きたか?」と聞こえてきた。扉が開くと、何だか見覚えがある者が現れる。こちらが問うまでもなく、勝手に説明を始めてきた。


「見てわかるように、自分はレジオンの軍曹だ。これからよろしく頼むぞシーマ二等兵」


 どこから突っ込みを入れたらよいか、正直困惑した。島龍之介二十一歳。大学の三年生で、只今夏休みを利用したフランス旅行中。名乗った覚えも無ければ、二等兵と呼ばれた意味もわからない。奴はこ、ちらが何か反論しようとしたのを制して続ける。


「レジオンは、契約に基づき貴官を二等兵とし、月千二百フランでの三年雇用を、正式に発効するものとする」


「そんな契約した覚えはない、帰してもらう!」


 その時、軍曹が持っていた書類を、一枚手渡してくる。そこにはミミズがはったのより、ややマシと言える程度で、サインと拇印が捺されていた。契約書らしきもので、内容が恐らくはフランス語で書かれている。怪訝な顔をしていたら軍曹は、相変わらずの日本語で追い討ちをかけてくる。


「もう諦めろ、三年なんて直ぐだ。契約は無効に出来んぞ」


 騙されたことにより、頭に血が上った。拳を握り締め殴りかかるも、軍曹がニコニコしたまま軽く動くと、自身の体が宙を舞った。少し肺から空気が漏れたが、痛みはさほどでもない。手加減しての投げ技だ。

 陸上部で活躍中の島ではあったが、体力と格闘技術は別物であり、天井を見上げることにより頭が冷えた。


「どうしても?」

「ウィ、シーマ」


 鼻歌でも歌い始めそうなくらい、ご機嫌な返事をしてくる。そう言えば前に聞いたことがあった。ノルマ達成出来なかった徴募担当軍曹が、街角で若者を浚ってきて、無理やり入隊させる軍隊があると。


「レジオンってフランス軍?」

「ウィ、フランス軍外人部隊だ。素敵な未来に祝福を」


 無理やり立たせて握手をする。ただ酒の代償がこれほど高くついたのは、後にも先にも初めてだった。さて困ったのはそれからだ。何せフランス語なんて、満足に喋ることなんて出来ない。英語もあまり上手なわけでもないが。それに対する、軍曹の答えは至極簡単だった。覚えたらいい。


「ファッキン軍曹め!」


 後からわかった時には遅かったが、入隊条件には少なくとも母国語の他に、一つ外国語を喋るとの項目があったらしい。もちろんそんな条件は、ノルマ達成を出来ていない軍曹からしたら、どうとでもなる項目でしかない。


 酩酊状態で入隊サインをしたときに、全ての所持品を没収されてしまい、翌日には軍服を支給され、ついに下着の果てまで、自身の所有物は取り上げられてしまった。

 これらは、除隊するときに返還されるらしいが、旅券も没収されたために、脱走すらままならない。ここが軍隊なのを思い知らされる。


 外部との連絡も禁止されているため、きっと大学も退学させられてしまうだろうと打ち明けると、軍曹が部隊から休学申請を通しておくから心配するな、と言っていたがそんな問題ではない。


 右をみても左を見ても外人ばかりで、当然のように日本人は一人もいない。似たような容貌なのは、中国人やアジア出身者が幾人かいる程度である。そうは言っても、東洋人以外から見たら、違いなんてわかりゃしない。こちらが黒人の見分けつかいのと、なんら違いない感覚だろう。


 ここにきて微かな希望である、不適格者による除隊に祈ったが、五体満足瑕疵無しで、太鼓判を押されてしまった。


「両親よ、頑丈するぎる体が、遠い異国で息子に不幸をもたらしました」


 短距離走、持久走、過重持久走、腹筋背筋云々においては、新たに徴募された中でトップを叩き出してしまった。もう兵士への道まっしぐら。


 悪いことにはこれから事欠かなそうだが、意外にも少し嬉しいことがあった。それは、サークルや部活の仲間たちとは違った、真に人生の友人へ向けた、挨拶や握手だった。言葉は通じないし、名前も知らない奴らだけど、昔からの付き合いがあったかのように、接してくれたのだ。どう表したらよいかわからないが、従兄弟連中がこんな感覚だったかもしれない。いくつか年月を経たら、これが家族になるのだろうと理解するのは、そう難しくはなかった。


 二等兵でも未訓練の札をつけているため、誰がみてもすぐに新入りだとわかる。中には、軍曹との経緯を知っており、親しげに肩を叩いてくる兵もいて、しきりに何かを伝えようとしてきた。「ブラザー」との単語が拾えた。どうやら同じ手口の、被害者先輩らしい。大きく頷くと握手を交わし「ファッキンサージ!」と抱き合った。


 その夜、先輩の一等兵に連れられ酒保に行くと、その仲間らしき男達が、テーブル一つを占領して手招きしていた。被害者友の会。入隊初日から、浴びるように酒を飲まされて、全く懲りていない島であった。


 軍隊の朝はそんなに早いものではない。始発に乗り通勤する、東京のサラリーマンは偉い。朝六時に起床、寝床をきっちり整えてから部屋を出なければ、先輩が伍長に絞られ、それが三倍になり自身に返ってくる。不条理だ。


 見様見真似で行うが、何となく不細工なのは仕方ない。どうやったら布に角が出来るんだ? ドイツ人らしき一等兵の寝床には、きっちりと四角く畳まれた、きり餅のような布団が鎮座している。


 食堂では、自由に好きなだけ朝食をとることができ、ワインも一杯だけならば手にできる。さすがおフランス。しかし周りを見ても、ビスケットやサンドイッチを、軽く食べている者ばかりである。みんな少食なのだろう。パンやシリアル、ソーセージを皿にとり、満足に食事を済ませる。


 きっかり一時間後に、すぐさま超後悔することになる。朝食後にまず、訓練前の長距離走が、日課として組まれているそうな。程なくリバースしているところを軍曹に捕まり、明日からは朝食を加減するんだ、と注意を受けた。


「わかってるなら事前に注意してくれ」


 仲間たちが皆素知らぬ顔で走り抜ける中、ひとり悪臭と戦う朝であった。


 ずっと体力勝負かと思いきや、フランス語の授業が始まった。やはり、言葉が通じないのは問題あり、と判断したのだろう。参加するかどうかは選択なのだが、結構な人数がきているように思える。


 多分、子供が使うような、教科書らしき冊子とペンを支給され、講師である軍曹が対面に立ち、授業を始める。フランス語で終始喋りっぱなし、そしてそのまま終了。習うより馴れろ?


 釈然としない時間を過ごすと、続けて兵器などの授業があり、やはりフランス語で行われた。さっぱり言っている意味が分からないため、出てきた部品を一心不乱にバラして、組み立てるのを繰り返す。実物提示教育の効果は素晴らしく、何かの塊の構造がわかり、すぐに組み立てることが出来るようになった。


 日本人は、手先が器用との評価は本当らしい。ガサツなヤンキーは、上手く組み立てられずに四苦八苦している。軍曹が頷きながら、作業の出来映えを指摘してくれているようだが、何度も言うようにフランス語がわからない。ついに単語を一つ覚えた、それは「コンプラン パ」訳すると、わかりません、だった。


 あれやこれやでぐったりの一日だったが、新しいことばかりというのも悪くない。就寝時間は決まっているが、基本的には自己管理のため朝にしっかりしていたらよい、らしい。かといって外部へと行けるわけでもなく、酒保で飲んだくれるか学習室で勉強するか、さもなくば筋トレでもしているくらいしかない。


 迷わずまた酒を選んだわけだが、この酒保というのは兵士達がお金を出し合って維持管理している形のため、将校は下士官や兵に招かれない限りは立ち入り禁止の場所である。逆に将校クラブのそれも同じように扱われる。


 軍からも当然予算が割り当てられているため、格安で酒が飲めるわけである。いざ戦になれば死んでこいと命令するわけなので、飲み食い位はさせてやろうとの計らいでもある。


 単調な基地生活が暫し続き、生活に困らないように、片言の単語を百ばかり覚えると、未訓練札が外され、ついに正式に訓練部隊へと配属された。これからは今までと違い、二十四時間兵として扱われ、いつ実戦になるかもわからない、と少し仰々しく宣言された。大きく違うところは、訓練時間が半分になり、サービス当番が割り当てられる部分である。


 サービス当番とは、料理洗濯警邏門番云々の雑用が主で、まさに下っ端フル回転の様子を想像してもらいたい。夜間の警備にあたれば、仮眠を挟んでの日勤と、非常につらい寝不足に苛まれる。つまりは、新人に出番が余計に回ってくるのは、明らかというわけである。この手のしわ寄せは、世代順送りで伝統されるもので、今更驚くことはなかった。そう信じていた自分が甘かったのは、例によりすぐに思い知らされるのであった。


 第6中隊、つまりは新兵を集めた、訓練中隊である。この中隊には、四つの小隊が置かれ、それぞれが更に五から六のグループに分かれている。中隊長は最初の顔合わせに見たきりで、他の将校も滅多に見かけない。訓練の統括は、中隊の先任曹長である。恐らくは俺が生まれた頃には、すでに軍隊にいたであろう経歴で、軍に関して知らないことはないくらいの、経験を積んできている猛者である。


 小隊の統括は、例のファッキンサージ、つまり徴募担当の軍曹であり、グループのそれは、伍長や伍長勤務上等兵らであった。この上役勤務について、建て前は昇格への適性確認との話だが、給料据え置きで補欠を埋める手段が主であるらしい。仮であっても昇進が嬉しくないわけがなく、一切の不満を聞いたことがない。


 本格的な訓練の初日である。まず最初に懸垂を幾度か行った後に、即座に腕立て伏せを命令される。少し休ませてからでないと、握力も戻らず精彩さを欠くのは当たり前だが、軍曹殿は仰有った「腕立て伏せも出来ないクズは、すぐに死んじまうぞ!」死にたくないから頑張る。ただ一つだけ望みを聞いてもらえるならば、先に軍曹殿がくたばって欲しい。


 何やら背嚢を背負わされる、本来は装備品が詰められるものらしいが、今日は同じ重さの砂利が入れてあるそうな。訓練科目は短距離走。背嚢は三十キロ位はあるだろうか、流石に専門だけあり、俺は八回の短距離走全てで上位をキープした、どうだ恐れ入ったか。だがファッキンサージの態度は冷たかった「すぐにランニングするぞ、立て、そして走れ!」何故短距離走に続き、休まずに長距離走を選択したか、激しく抗議をしようとして諦めた。無駄に疲れたくないし、十分か二十分で終わるのだから走ろうと。


 伍長の後ろを延々と走る、走る、走る。背嚢に小銃代わりの棒を持たされ、ただ走る。いかほど走るか聞いてみると、二十キロ走との、ありがたい回答が得られた。思った以上に負担が大きい、途中で水を飲むのは許された、実際飲まなければ体が持たないからだろう。


 汗だくになりながらも、伍長らはペースを守り走る。何とかついていくのがやっとな自分だが、文字道理に落伍者がグループから現れる。するとどうだろうか、ジープから軍曹が飛んできて、グループを止めて全員で助け合えと指示した。


 お陰で棒を二本持って、這々の体で基地に帰ると、時間をオーバーしていて昼食時間が削られた。しかしそれは全く問題にならなかった。どうせ水以外は、何も喉を通らない状態であったからだ。


 午後からの訓練は、やや興奮を覚えた。黒い塊が銃器であるのは、平和な日本人でもすぐに理解出来た。隣にいる二等兵の顔がにやけていた、わからなくもない、俺も興味津々だ。


 実弾発射訓練のため、軍曹が丁寧に説明をする。いいから早く撃たせろ。一から教えるのが何回目であろうとも手を抜かない、そこはプロ根性だと評価しよう。


 グループの伍長らが整列し、小銃を構える。その銃の名前が何かはわからないが、腕の長さ位の代物である。号令で立ったまま十発程射撃し、次に片膝をついて射撃、最後に伏せて射撃して締めくくる。「おーっ」そんなどよめきがあり、標的を回収に走る。マガジン一つを撃ちこみ、命中率は六割程度の腕前が平均だった。


 その成績がどのあたりのものかわからずに、グループ毎に別れてまず射撃をさせられた。カチッカチッと聞こえて、弾が出ない。安全装置を切っていないという話である。肩付けして射撃すると、一発目で体勢が揺れて、あらぬ方向に着弾した。


 体を堅くして再度射撃、的には当たらず、後ろの土壁から煙があがる。各々全てを撃ち終わり、標的を回収すると、所々に穴があいていた。命中率は一割も無かろう。

それでも気落ちすることは何らなく、初めての射撃で興奮したまま夕刻を迎えた。

 

 歩兵にとって、小銃の分解清掃は必須の行為である。これが出来ない兵など、探しても見つからない。そこで最初に、伍長が手本を見せてくれる。バラバラになっている状態から、二分足らずで組み立てることができた。


 早速一人一人に部品を渡され、ゆっくりと一度組み立てをする。渡された説明書には、イラストで分かり易く描かれており、何とか完成した。次はそれを分解してみるよう言われ、何も見ないで組み立てろと命令される。学校の授業がこんなだったら、PTAが黙っちゃいまい。


 何度か手順を間違ったり、謎の部品が余ったりしながらも、必死に作業を繰り返す。面白いことに、ここではヤンキーがすんなりだ、銃社会に育った子なのね。


 規定時間までこれを続け、終了が言い渡される。全ての部品を確認して、伍長から軍曹へと返還された。官給品は常に厳しく管理される。帳簿と実物が、一つでもあわなければ、徹底して捜索が行われる程である。ましてや武器の類ならば、上官に責任が及ぶため、武器担当士官が厳重に直接管理を行う。紛失した武器で、テロでも起きようものならば、国が責めにあうことすらあるからである。


 ディナーは豪華だった。これは本国基地にいるから、との特別な事情が大きい。砂漠の基地ならば当然、補給次第で辛い兵営生活が待っているだろう。そして外人部隊は、各地に基地を持っていて、順次流動させているそうな。軍曹が、何故かそんな説明をチラッとして去っていく、まさか?


 夜はまた酒を浴びて、朝には健康的なランニングを行い、基地の清掃を行うと、巨大なヘリがやってきた。伍長から召集が掛かり、広場に整列する。


 久しぶりに、小隊長が姿を表す。開口一番仰有った言葉に、精気を失いかけた。訓練中の第6中隊は、四カ所に分かれて活動を行うそうな。アルジェリア、モロッコ、ジブチ、コルシカへと移動するらしい。皆が一様にコルシカ、コルシカと祈る中、小隊長は冷然と「ジブチ」と宣言した。


 オワッタ。少尉が去ると、軍曹が胸を張ってヘリに搭乗するように命令する。足取りが重いのをみて「マルシェ!」と追撃してくる。一秒でも長く、フランスに留まろうとの想いを打ち砕き、ヘリは爆音を響かせて離陸するのであった。


「俺の人生は、一体どうなるんだろうか」



 砂漠。ヘリが着陸したのは、辺りに広大な砂漠を抱えた街の付近だった。ジブチ共和国。スエズ運河付近で、紅海に面している戦略的価値が高い、逆に言えばそれ以外の価値がない場所である。お隣はソマリランド、つまりは海賊で近年ちょっぴり有名になったソマリアだったりする。こんな悪条件の駐屯地は外人部隊に任せちまえ! そうなったかどうかは別として、ほんとに何もない砂漠。


 この基地を管轄しているのは第13准旅団、外人部隊の上級司令部である。全く聞き慣れない准旅団とは、簡単に言えば連隊である。伝統を引き継ぐために、この呼称にしているらしい。司令は何とか言う中佐で、恐らくは一度も会う機会はないだろうから覚えない。


 俺達を乗せてきたヘリが給油を行っている。帰らないでー。軍曹に連れられ、基地の一角に歩みを進める。小隊長は、基地司令に挨拶に行ったのだろう。割り当てられた部屋は八人部屋、つまりはグループが丸ごと雑魚寝である。もう人権を訴えてやろうかしら? 簡単に施設内の説明を受け、最後に軽い注意が与えられた。


「サソリに刺されたら、よく柄を覚えておくように。血清を打たなければ死ぬぞ。あと、血清がないサソリも三割位居るから、それには刺されるな」

 もし、その三割に出会ったら、諦めろとのことだ。猛烈におうちに帰りたい。


 ご存知のように、砂漠で水は貴重品である。体は無水石鹸で洗うようにと指示された。そんなのがあるんだ。本国とは違い、ワインは少ししかないが、代わりにビールが山のように置いてあった。理由は簡単、暑くても腐らないからである。


 黙っていても汗が滲み出る、何せ暑い! 知りたくもない気温を、四十二度だと教えられると、何割増しかで暑さを感じた。当然と言えば当然なのだが、遊びに来たわけではないので、訓練が命じられた。この過酷な状況でも、まずは長距離走である。

 小銃を手にし背嚢を背負い、分隊支援の無線や火器を分担して運び、嫌々外へと繰り出した。はっきりと言える、今この場で除隊が可能ならば、小隊は一人も残らずに、消え去るだろうと。


 五十分歩いては十分休憩を挟むが、その時に背嚢を降ろすとあることに気付く。再出発が辛い! よく見ると、伍長らは決して背嚢を外さずに休んでいる、つまりは事実辛くなるのだろう。次の休憩の時に試してみる、やはり辛さが和らいだような気がした。


 小隊が大休止、つまり昼飯の為に準備を始める。一時間で砂漠を、二キロ位のペースで歩いたのだろうか。兵が砂丘の先に、影が見えたと報告する。気にせずに昼食をとり、そのまま昼寝をする。極端に暑い地域では、昼寝をしなければ体が持たない。


 二時間ほど過ごしたのだろうか、兵が誰かが近付いてくると声を上げた。軍曹が警戒するように、命令を発する。目視可能な距離まで近付いてきた、その男はチャリンコにカゴをつけて、何かを運んでいるようだ。


 さらに近づき、片言の英語でこう発した「コーラ買わない?」軍曹がポケットマネーで、カゴ丸ごとを買い上げて振る舞う。ぬるいくせに、何故か不思議と体に染み渡った。


 ふと気づいた兵が呟いた。「あの砂丘までって、二十キロはあるよな……」大休止してから、二時間の昼寝でやってきたわけだから、時速六キロ強。侮れんな現地人! しかも、買うか買わないかもわからない、コーラを売りに来ただけで。いや、買ったけどさ。


 砂漠の行軍に慣れてからも、どう頑張ってもあのコーラ売りのようなスコアを出すことは出来なかった。釈然としない何かを抱えながらも、ひとまず訓練は無事に進んでいった。


 幾日か洗礼を受けた後、ようやく体が馴れてきた。人というのは恐ろしい、初日はあれだけ苦しかったのに、今ではそれを感じない。

 いつものように、唐突に命令が下る。「各班ジープに分乗せよ!」運転は基本的に、一番下っ端がするものである。ハンドルを握り、左右逆のシフトに違和感を覚えながら、道なき道をうねりながら走行する。非常にお尻が痛い。しかし自分で運転しているだけ、まだましかも知れない。


 苦労しながら一時間余りだろうか、やたらとだだっ広い川らしき、濁りきった色の縁についた。高低差がないために水の流れが遅く、結果として濁るのは平野部の常だろう。下車命令で、炎天下整列する。今頃気づいたが、砂丘の手前に何か建物のようなものがあり、そこに木材が置いてある。


 何をするかと思えば、川を泳げとのことである。プールや海では泳げたが、果たしてこの川ではどうだろうか。背嚢を降ろして、小銃をジープに立てかけると、軍曹が一言命令する。


「装備を取り出して、背嚢に砂を詰めて背負え」


 知らなかった、殺意とはかくも簡単に芽生えるものだったとは。互いに顔を見合わせ、砂を控えめに詰めると、軍曹に睨まれた伍長が、沢山砂を追加してくれた。ありがとう、そしてさようなら。


 三十キロの砂が水を吸い、更に軍服を着用のままならば、即座に水没間違いない。そこで先ほどの、木材の出番だ。必死に捕まり水没しないように、足をバタバタさせる。


 水練が得意な伍長らの一部が、注意を払いながら、限界を超えた兵を引き上げる。お願いだから、その限界の基準を下げてくれ。泥水を俄かに飲まされた兵に、錠剤を配ってやる。胃腸薬だそうな。


 ムチャな命令を消化して、軍服を脱ぎ捨て砂の上に広げると、水蒸気を放ちながらものの数分で乾いてしまった。来たからには帰らねばならない、また一時間余りの道のりを、ジープに揺られて移動する。不運にも腹を下した兵が、数人いた。あの胃腸薬は、先に飲ませるべきだったのでは? ふと余計なことに気付きながら、今日も日が暮れていった。


 例によって後から教えられたのだが、あの川には肉食の水棲生物がいたらしい。それがピラニアなのか、ワニなのかはわからないが、知りたいと思わなかった。


 ハードな、それはもうハードな一日だった。山とつまれたビールを、ケースのままテーブルに持ってきて飲み始める。就寝時間がきて、適当にみな散っていた。程よく酔い寝付いたあたりで、突然金属音が鳴り響いた。


「百八十秒で整列!」


 寝ぼけた頭に、伍長の声が響く。あたふたと軍服に着替えて廊下に整列すると、ストップウォッチを手にした軍曹が、時間をはかっている。自分達のグループが並び終わってから、更に六十秒程、最後のグループが整列を完了した。ストップウォッチを、カチリとするのが見えた。


「三百四十秒だ、ここが戦場ならば、貴様等は全員戦死した。わかったらこれから長距離走だ!」


 伍長らが「ダッカァール!」と腹の底から答えると、皆が真夜中の砂漠を走りに行った。夜は放射冷却現象のせいで肌寒い。案外動くには、都合が良いような感じがする。しかし、毎回ながらの無茶ぶりにげんなりだ、これでも朝寝坊したら怒られるんだろうなやっぱり。


 で、無情にも朝は等しくやってきた、眠い。深夜の長距離走で一時間も動けば、すぐに寝付けるわけもなく、朝日が登る頃に寝付いたら、すぐに起床である。徹夜で遊んだりすることもあったので、多少の寝不足など珍しくもない。


 いつものメニューをこなし、午後からは手榴弾の訓練を、行うことになった。基地から十五分ほど離れた場所に、コンクリートで仕切られた、不思議な何かが佇んでいた。

 今回の手榴弾は、四秒ヒューズと呼ばれるもので、安全ピンを抜いてから安全握を外し、四秒で爆発する物を使うそうだ。訓練用で火薬少なめの物らしいが、当然注意が必要である。軍曹がそんな説明をしてる中で「あっ」との声が聞こえた。数人がそちらを向くと、手榴弾を足元に落としたバカがいた。信じられないことに、右手にはピンが残っている。


「たっ、退避!」


 すぐさま軍曹が叫ぶと、蜘蛛の子を散らすかのように、皆が一斉に逃げ出した。ドーンと砂を辺りに撒き散らして爆発する。そして次に、軍曹が爆発することになった。一切誰も同情することなく、こってりと説教される姿を、ただ眺めているだけだったのは、最早言うまでもなかった。


 暫しの嵐が収まり、仕切りがあるコンクリートの説明が始まった。極論するならば、仕切りで爆風から身を守るためのものだとか。質問が多い兵士は、良い兵士ではない。しかしながら、適切な疑問は歓迎する。先ほどの騒動で、目ざとく気付いたらしいが、あっ、と言ってから四秒たたないうちに、爆発した気がすると。


 確かに早かったような? 答えは簡単だった、四秒ヒューズとは、摂氏十五度での時間であり、気温が高いほどに早く爆発するらしい。ジブチならば三、五秒程度になるそうな。絶対に説明忘れてたよな。


 ともかく、これを投擲するところから始まった。野球を少なからずかじるような国ならば、なんら教えることなく、遠くにまで放ることができた。そうでない兵も、一時間も練習したら、充分な飛距離がでるようになった。


 コンクリートの仕切りを使って、訓練を開始する。数人ずつ投擲して、爆発してから突入を繰り返す。自分達の番になり投擲、ドーン、ドーンと鳴り突入! その直後にドーン。


「貴様、投擲の数をしっかり覚えておけ!」


 危うく爆死するところだった。再度やり直し、爆発が三回、突入! その直後にドーン。


「貴様等死ぬ気か!」


 話を聞いてなかった次の組のやつが、後ろから投げちまったらしい。二回も死にそうになったぞ。後片付けは当然、最初から最後まできっちりと、手榴弾を落とした二等兵が引き受けた。


 中々スリル溢れる一日であったとさ。まるで、めでたしめでたし、と終わるように見せかけて、深夜にまた整列がかけられた。今度は問題なく整列出来た、ところが別グループで一人、ブーツを左右反対に履いている兵を見つけると、ニヤリと笑った軍曹が「小隊の連帯責任だ、長距離走始め!」そう命令した。


 どうやらファッキンサージの目的は、整列ではなく走らせることにあるらしい。ようやく意図を見抜いた俺達は、砂漠とは反対側の夜の街に向かい、三十分程酒を飲んでから、基地をぐるっと迂回し帰還する。気が利いた伍長に敬礼をし、ベッドに横になることにした。


 今夜はサービス当番で、監視小屋に詰めている。断言しよう、こんな暗い中、いくら目を凝らしても、何もみつかりゃしないと。一緒に詰めている、先輩の一等兵が銃を立てかけて、どこから持ってきたのか椅子に座る。


「なあ、お前はカマロン記念日って知ってるか?」


 聞いたこともないと返事をする。そうすると、相手はつらつらと語り始めた。どうやら彼も、先輩から語り継がれたらしい。どうせやることもないし、寝てしまわないようにと、話を聞くことにした。


 百数十年前の逸話。

 メキシコに、フランス外人部隊が派遣されていたことがあった。本国で大量補給の指令が出され、物資が移送されることになると、その護衛にダンジュー大尉が宛てられた。指名されたのは、外人部隊の中隊で、当時六十五名が中隊に所属していたそうだ。


 中隊をまとめる中尉が不在のため、二名の少尉が小隊を指揮し、ダンジュー大尉が中隊長を引き受けることにした。補給物資は、何と数百万フラン級の価値を誇っていたそうだ。わかりやすく表すならば、孫の代まで遊んで暮らしても、余るくらいの額ってことだ。


 真夜中に護衛と共に出発し、朝になると朝食のために大休止をした。その時点でどこをどうしたのか、メキシコ軍に情報が伝わった。


 敵連隊長の大佐は、騎兵八百を先行させて、歩兵千二百を追わせた。ついに輸送隊は斥候に見つかり、小競り合いが起きる。ダンジュー大尉は、すぐに輸送隊を逃がし、外人部隊に戦闘を命じた。輸送隊が離れたのを確認すると、カマロンの丘にまで退却し、そこにあった陣地を使い、メキシコ軍を足止めする作戦を採った。


 丘には高さが数メートルの壁が置かれており、それに拠って中隊は徹底抗戦を行った。騎兵がカマロンを包囲し、少数のフランス軍へ、降伏勧告がなされた。大尉の返答は「降伏を拒否する」だった。そして大尉は部隊にこう命令した「お前らしっかりとここで死ぬんだぞ」と。部下はそれを「了解」と答えたという。


 多勢による攻撃が始まり、負傷者が続出し、更に敵の歩兵部隊が着陣した。激しい攻撃に晒され、ついにダンジュー大尉が、戦死した。再度降伏勧告がなされ、次席にある少尉は仲間を見渡す。自身を含めて五名しか、満足に戦える者がいないことを確認すると「我々は最期まで抗戦する、降伏はしない」と返答した。直後に少尉が戦死し、四名も命を失った。


 戦える者が居なくなったが、負傷者達に聞いても、降伏を拒否する始末に大佐は驚き、ついには自身の足で去れるならば、と休戦を認めた。外人部隊の全滅により、輸送隊は無事に到着し、その自己犠牲はフランス本国に伝わり賞賛を集めた。


「それがカマロン記念日といって、我ら外人部隊の記念日だ」


 それ以来、外人部隊は決して仲間を見捨てず、敵に降らず、最後の一人になろうと戦い抜く姿勢を貫いてきた。特別なことではないが、それを継続してきたのは素晴らしく、数え切れない先人の魂を必要としてきた。その後裔に自分が当たることに、何か誇らしげな気持ちが湧いてきたのを感じた。


「で、カマロン記念日っていつなんですか?」


 問いかけるも「さあ?」と答えられ、調べておけよ! そう心の中で突っ込む島がいた。ああ星が綺麗だな。


 今、資材倉庫を警備している。端から見たら、小屋の前に立たされているようだろう。実際その通りである。軍基地内の、しかもフェンスの内側にある小屋に、白昼堂々、誰が盗みにはいるのだろうか。小学生に考えさせても間違いなく、もっと楽な相手を選ぶだろう。


 置いてあるものは予備の衣服や食料、建築物の補修材料にセメントなどだ。もう一度言う、誰がここから盗みをする?


 しかも夜番のように楽は出来ない。何故なら、これといって視界を遮るような壁もなく、薄っぺらい日除けがあるだけで、下士官室から丸見えなのだ。誰が作ったか知らんが、後任のために角度や厚みを間違えるくらい出来たろうに。


 どのような任も、単独では行われない。今も隣に一等兵が立っている。誰かに気付いたようで、表情が変わった。巡回の伍長が、資材倉庫内の点検を行うと伝えてきた。そんな予定は聞かされていないが?


 隣を見ても困惑している、結局それを認めると、倉庫へと入っていった。と、思いきや、一歩足を入れてすぐに戻ってくる。


「貴様等の任を復唱してみろ」


 倉庫警備であることを、腹の底から声を出して復唱する。するとどうだろうか、今さっきなんら許可なく侵入された、と告げられる。あんた鬼だよ。


「貴様等は何ら判断せずと良い、異常があれば迷わず上に報告せよ!」


 改めて言われたら、確かにそんなことを遠い昔に聞いたような気がする。あ、今朝方か。その場にて腕立て伏せを百、と命じられ「ダコール」と返答し、励むことになったのは疑いようもない。


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