浴衣から覗く君の

 さざ波さんは何事もなかったかのように海南に接した。言い合いになったことも、知らない間に居なくなってしまったことも、ナシにするつもりかもしれない。


 学校は待ちに待った夏休み。終業式が終わり、LHRでは夏休みの過ごし方についての説明があった。

 通学以外では、制服を着用して出歩かないこと。もちろんお酒や煙草は厳禁。ライブやフェスなども、参加するには十分に気を引き締めることなど。せっかくの長期休暇なのに縛りがキツいのは、どの生徒も納得できないようだ。


「そうそう、美月様の花火大会だが」

 これには全生徒が関心を寄せている。何せこんな田舎に唯一人が集まるお祭りだから。地元の男女が出会いを求める場であり、家族にとってはかけがえのない思い出作りにもなる。


「花火終わったら、すぐに帰れよ。電車も混むからな」

 意外にも厳しい指摘はなかった。


 神社に向かう参道には、赤々とした提灯が連なり、石畳を囲うように夜店が並ぶ。昔はもっと出店が多かったのだが、今の時代あがりも悪くなって、田舎の花火大会にそっぽを向く的屋も出始めた。


 それでもひと通りお祭り気分は楽しめるし、人が集まることに関しては今も昔も大差ない。


「ごめん、さざ波さん待った?」

「ううん、今着いたところ」


 黒髪を結った海南と、萌葱色の浴衣が似合うさざ波さん。二人並んで境内に向かって歩いて行く。道すがら「あれがいいね」「お腹すいたね」と言葉を交わしながら。

 そうして赤く塗られた鳥居を潜り、石段を上がると、小ぢんまりとした社が見えた。ここだけ提灯の灯りが抑えられている。


「五円玉がないの」

 さざ波さんが珍しくおねだりをする。


「あ、美月様はね、夜にお参りしちゃだめなんだ」

 海南が言うには、ここに祀られている美月様は海を司る女神で、怒らせると海を荒らして漁師を海底に引き摺り込むらしい。本祭りは昼間にこっそりと行われていて、小さな神輿を担いで回った後、何事もなかったかのようにその痕跡を消すのだそう。

 この夜祭は本祭りを目立たないように始められた、カムフラージュの為のものらしい。もう美月様は眠りに着いているから、呼び起こしてはいけないという。


 美月様には顔だけ合わせて、すぐに社の前から立ち退かなくてはならない。そういう決まりだ。


「なのにこんな騒いでも起きないんだねえ」

 海南は氏神としての美月様に、深く想いを巡らせているようだった。



 パアン!

 遠くで号令の花火が上がった。


「もうすぐ始まるねえ」

 二人は急いで場所を移動する。小さな石造りの鳥居を抜けた先には、車でいっぱいの駐車場。


「殺風景だけど、ここが一番綺麗に見えるんだ」

 駐車場から下の住宅まで伸びる石段に、二人寄り添って座わる。河原が一望できて、花火がどこから上がったかまで見えそうだ


「うみなちゃん」

 さざ波さんは海南の肩に、銀髪の頭を委ねる仕草をした。


「ちょっと、また匂い嗅いでる?」

「もう、それはしない。ただ綺麗だから眺めてるだけ」


「そんな、綺麗って。何が」


さざ波さんは、ふふんと得意げに

「うみなちゃんの細くて白いうなじ」


それは決して偏った意見ではなく、誰が見たって薄紫色の浴衣から覗く海南の頸は美しかった。


「うみなちゃんとずっと一緒にいたいな」


 さざ波さんの声が遠くに聞こえた。この後、海南は花火を見たのか、何をしていて、ちゃんと家に帰ったのかもわからなかった。

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さざ波さんと、うみなちゃん カタコト紳士 @katakotogm

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