私の好きな人
惟風
私の好きな人
親友の
何で知ってるかって、紗奈ちゃん本人から聞いたから。
紗奈ちゃんは顔が小さくて手足が細長くて、大きな瞳がいつもキラキラしてて唇がぷっくりとツヤツヤで、とっても可愛いから。
面白い漫画いっぱい知ってるし何言っても笑ってくれるし驚いてくれるし、一緒にいて楽しい子だから。
そりゃ告白もされるよね。
でも、でもね。それを聞いてから、何だか胸の奥がぐるぐるして。
幼稚園の時からずっと一緒にいて、紗奈ちゃんの一番の仲良しは私だったの。
中学校に入ってから紗奈ちゃんが陸上部に入部して、部活で忙しくなってあんまり遊べなくなって。
寂しいなってなってたのに、その上、彼氏ができちゃうかもしれないなんて。
どうしよう。紗奈ちゃんが、どんどん離れて行っちゃう、て思って。
告白の返事はまだしてないって言ってたけど、先輩すごくカッコいいもん。OKしちゃうかもしれない。
紗奈ちゃんと買い物行ったりゲームしたり宿題したりしてるだけで私は幸せなの。ずっとそれが続けば良いなって。
でも、彼氏ができたら、そうやって一緒に楽しく過ごすのは、全部彼氏と、ってなっちゃうじゃん。
たまに私とも遊ぶとかじゃ嫌なの、全部私とが良いの!
紗奈ちゃんが私以外の人と服選んだり美味しい物食べたり部屋でダラダラ過ごしたりすることを考えただけで、嫌な気持ちになるんだよ。
それで、気づいたの。
私、ずっと紗奈ちゃんの隣にいたいよ。
友達としてじゃなくて。
でも、それを言って紗奈ちゃんを困らせるのは嫌なの。友達ですらいられなくなっちゃうかもしれない。
どうしたら良いの?
苦しいの。
ねえ、どうしたら良い?
私は、十枚目のティッシュを箱から引き出すと、大きな音を立てて鼻をかんだ。
鼻の下がヒリヒリする。
隣で、お祖母ちゃんが困ったように笑ってる。
学校で紗奈ちゃんから話を聞いて、居ても立ってもいられなくなって、放課後お祖母ちゃんの家に駆け込んだ。
居間のソファに座っていきなり泣き出した私の話を、お祖母ちゃんはずっとウンウンって聞いてくれた。
お祖母ちゃんはいつも優しくて、ママにできないような話も、お祖母ちゃんになら言えた。
「そうかあ」
お祖母ちゃんはそれだけ言うと、
どうしたら良い、なんて言いながら、別に答えが欲しかったわけじゃなかった。とにかく気持ちを吐き出したかっただけで。だから、お祖母ちゃんのその仕草がすごくありがたかった。
「イマドキの子はそんな若いうちから色っぽい話をするのね」
いきなり後ろから声をかけられて、私は飛び上がりそうなくらいびっくりした。
「あら、キヌちゃんいつの間に」
お祖母ちゃんも驚いて顔を上げた。
いつの間にかソファの後ろに立っていたのは、お祖母ちゃんの幼なじみの
香田キヌヨさん。
お祖母ちゃん家の近所に住んでて、よくこうして訪ねて来るらしい。
切れ長の目が印象的で、細身でいつも背筋をピンと伸ばしていて、女優さんみたいに綺麗な人。
ずっと独身で、元は学校の先生をしてたって聞いたことがある。
挨拶とか礼儀作法にうるさい人で、私はこの人がちょっと苦手だった。でも、お祖母ちゃんが言うにはすごく優しい人らしい。
「玄関入る前に声かけたわよ。お話に夢中で気が付かなかったみたいだったけど」
香田さんは和菓子屋の紙袋をテーブルに置いた。
どこから聞かれてたんだろう。私はすっかり涙が引っ込んで、恥ずかしさで一気に顔が熱くなる。
「芋ようかん! ここのお店の美味しいのよねえ。いつもありがとうね。ユウちゃんも食べていきな」
お祖母ちゃんは嬉しそうに紙袋を抱えて、「お茶、
あっという間に香田さんと二人きりになってしまった。香田さんは無言で上着を脱いで、
何だか気まずいな。どうしよう。芋ようかん食べずに帰っちゃおうかな。
俯いて自分の膝を見つめながら、急いで帰宅する言い訳を考える。
「気持ちを隠しとけば、ずっと側にいられるわよ」
「えっ……?」
思わず香田さんの方を振り向いた。香田さんの声はとても小さくて、独り言かと思うくらいだった。
「……でも、他の人と幸せになるのを間近で見ることになるのよね」
香田さんは、私を見ていなかった。
視線の先には、お祖父ちゃんの仏壇にお供えを運ぶお祖母ちゃんの姿があった。
香田さんの横顔がとっても寂しそうで、私は黙っているしかできなかった。
お祖母ちゃんが戻ってくると、香田さんはいくつか冊子を取り出してテーブルに広げた。
それは、介護サービス付きの高齢者住宅のパンフレットだった。
「もうあんな肝を冷やすようなコトは御免だからね」
お祖母ちゃんは去年、家の階段を踏み外して怪我をした。
ちょうど訪ねてきた香田さんが発見して救急車を呼んでくれたから大事には至らなかったけど、そのまま孤独死してもおかしくなかったらしい。
「こういうとこに一緒に住んじゃえば、お互い何かと安心でしょ」
香田さんの声はすごく優しく聞こえた。
お祖母ちゃんはパンフレットと香田さんを交互に見て、「あら」と目を丸くした。
そして、フッと微笑むと、
「この家で、今日はキヌちゃん来るかしらーって待ってるのも良いけど。それも楽しそうねえ」
とのんびり言った。
香田さんもにっこり笑った。
その夜。
ベッドでゴロゴロしてると、スマホが鳴った。
『今日は話聞いてくれてありがとー!』
紗奈ちゃんからだ。メッセージと共に、可愛いスタンプが画面にポンと出てくる。
私はまだ気持ちがモヤモヤして、とりあえず『いえいえ』と短い言葉で返信した。
無愛想な感じになっちゃったかな、とスタンプで誤魔化そうとしてる間に、またメッセージ。
『実はね』
もしかして、先輩に返事しちゃったのかな。その報告をこれからしようとしてるの?
嫌だ。
知りたくない。
胸が苦しくなって辛いのに、スマホの画面から目が離せない。
どうすることもできない短い沈黙の後に、画面が動いた。
『先輩の告白、断ったんだー』
えっ、と私は身体を起こした。震える指で驚いた顔のスタンプを押すと、すぐに返事が来る。
『彼氏彼女とかまだよくわかんなくて』
困った顔の絵文字。
一気に身体から力が抜けた。
先輩には申し訳ないけど、ホッとした。正直、嬉しかった。
涙が溢れてきた。
ああ、やっぱり私、紗奈ちゃんのこと。
色んな気持ちでいっぱいになって、『そっか』と返すのが精一杯だった。
『
涙はまだ止まらない。紗奈ちゃんの言葉は嬉しいけど。
きっと今だけだ。またすぐに、私はこうやって苦しくなるんだろうな。
当たり障りのない文章を打っては、送れずに消す。それを繰り返している間に、紗奈ちゃんからまたメッセージが来た。
『ホントは』
文字を打つのが速い紗奈ちゃんにしては、その後に続く言葉は届くのが遅かった。
私は、ただ待った。
紗奈ちゃんが、何かを私に伝えようとしてるのがわかったから。
たっぷり五分はかかって、絵文字の無い短い文章が表示される。
『優花といられれば、それで良い』
しばらく待っても、その後はメッセージは続かなかった。
香田さんの横顔が思い浮かんだ。
深呼吸して、通話のマークをタップした。
自分の心臓が、ドクンドクン鳴っているのがわかる。
スマホを耳にあてると、メロディ音が聞こえてくる。
すぐに音が止んで、紗奈ちゃんの息遣いがした。
『……もしもし?』
その声は、少し震えてる気がした。
私は、もう一度深く息を吸って、吐いた。
紗奈ちゃん。
あのね……。
私の好きな人 惟風 @ifuw
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