第2話

「嫌いな奴を消して友達一人出来るなら、構わないよ」


 そう伝えると彼女は満足げな顔をして言った。

「契約を交わすぞ」

 ファンタジー小説でよく見るような『血の交換』だとか『光に包まれて』だとか、そういった演出は一切無い。悪魔が『契約を交わすと言った』だけで、俺と悪魔はあっさりと契約関係になってしまった。

 契約とはどうやら、口約束でもいいらしい。

「馬鹿が。これは口約束などという生温いものではない。悪魔の言葉にはつよおい力があるのだ。阿呆が」

「……わかったから、せめて馬鹿か阿呆かどっちかにしてくれ」

 わかったぞ。語彙力からしてこの悪魔、そんなに賢くないな。そんなことを考えたらまた思考を読み取られて罵倒されるに違いないのだが。

「人間風情が舐め腐りおって。このゴミめ」

罵倒することだけは一丁前に出来るみたいだ。

「もうわかったよ」

 諦めも半ばに、俺はため息を吐く。彼女も納得したみたいだ。

 それではさっそく、彼女の力を使っていきたいと思う。

「なあ、例えばなんだけど、逆算的にこの部屋のいらない物を消す代わりに何かを手に入れる、なんてことも出来るのか?」

 片付ける手間を省いて何かを手に入れられるなら万々歳。そう考えたのだ。怠け者の発想である。

「出来るぞ。ただし、いらない物といる物の分別は貴様が行わなければならないが」

 げ。それって結局片付けるときの仕分け作業の行程じゃないか。

果てしなく面倒くさいが、これから友達や彼女を得て俺の部屋に呼ぶにあたって、こんな部屋じゃあどうしようもない。……仕方がない、やるか。

「ふん。鬱病のくせに、急にやる気になったじゃないか」

「当たり前だ。未来に希望が見えたんだぞ。希望が見いだせないから鬱病が酷くなるんであって、こんな展開になったなら俄然やる気も出るってもんだ」

「そういうものか」

「そういうものだ」

 手始めにごみをまとめることにした。ほとんどが酒瓶と煙草の吸殻、そして食べ物関係のごみだった。

 簡単に分別して、このごみを何かに変えよう。

 手あたり次第、俺はごみをまとめにまとめた。途中で袋が足りなくなって近くのコンビニに買いに行った時点で、現在何袋になったのか数えるのをやめた。

「なあ、これはどれくらいの価値になる?」

 彼女はにたにたと笑って、

「金額にして三百円程度じゃないか」

 と言った。まじか。これだけ働いて、その価値三百円。酷い話だ。

 しかし、これでごみを消し去ってもらって、代わりに朝昼兼用の三百円分相当の飯にでもしてもらえれば上々だろう。

 所詮はごみ。ごみのみで三百円になっただけまだいい。

「じゃあ、手始めにサンドイッチがほしい。このごみを消してくれ」

 一応、体裁としては『得るために消す』だから、そのように注文をする。

「怠け者の貴様がせこせこと掃除をしている姿、中々に見物だったぞ。よかろう。このごみを消す代わりにサンドイッチを与えよう」

 すると、まばたき一つする間に、部屋からごみ袋が消えて、その代わり、近くの机の上にはコンビニ製のものと思われるサンドイッチが置かれていた。確かに、コンビニのレタスサンドは三百円くらいか。

「久方ぶりの労働の後の飯は美味いだろうなあ。愚図のくせに午前中に掃除を終えたことは褒めてやれるな」

 馬鹿に阿呆ときたら次は愚図ときたもんだ。酷い言われように少しイラっとしながらも、今ここで彼女を怒らせたり拗ねさせたりするわけにはいかないと冷静を取り繕う。

 彼女は今、ふわふわと宙に浮いて足を組んだ体勢でくつろいでいる。

そう言えば、彼女の姿は俺以外にも見えるのだろうか。見えるとしたら、外に出させるわけにはいかない。

「ああ、貴様以外には見えんぞ」

 俺が声に出して問う前に彼女は答える。

「そうなのか」

「そういうふうになっている」

 そういう仕組みになっているのだったら、安心して外を出歩ける。

 もし外で何かハプニングに遭って何かを得たい・消したいということになったら困るからな。出来るだけこの悪魔を連れ歩けた方が何かと都合がいい。

「都合がいいとはなんだ」

「いや、なんでもない。それより、お前も外に出られた方がいいよな」

「そうだな。せっかく現世に来たのだから、こんな狭くて薄暗い部屋に籠りっきりというのは勿体なく感じる。貴様が外出するときは私も連れて行け」

「わかった。利害の一致だな」

「なんだ。随分饒舌になってきたじゃないか。どもりもせずに」

 彼女はベッドに着地して横になり、頭の後ろで手を組みながら言う。

「まあ、そうだな……あれだよ、ずっと声なんて出してなかったから、久々に声を出して慣れてきたんだよ。喋ることに。俺は元々はおしゃべりな方なんだ」

「そうか。さほど興味もないが覚えておこう」

「興味ないとか言っちゃうのかよ」

 だんだん彼女の対応にも慣れてきた。

 ここらで話を終えて、俺は片付けた部屋の掃除に取り掛かる。

片付けと掃除は違うからな。大きなごみの他にも塵芥が溜まっているので、それも綺麗にしなければ、とてもじゃないが他人を部屋になんて呼べやしない。

 こんなに活動的になったのはいつぶりだろうか。

 眠っている間以外は一日中飲んでいた酒が抜けてきて、頭もはっきり・すっきりしてきた。

 きっとこの作業を終えた後は電池が切れたみたいに体が動かなくなるのだろうが、それは想定内のことだ。疲れて眠れたらラッキーくらいに思っておこう。

 掃除機をかけていると、悪魔が何やら話しかけてくる。

「なんだって?」

 わざわざ掃除機のスイッチを切って聞き返す。

「貴様、そういえば収入源は何なんだ。親か。親に頼っている一人暮らしニートとかいうやつか。ボンボンのすねかじり、というやつか」

 彼女はまくし立てるように、痛いところを突いてくる。

「いや、親はいない」

 正確には縁を切られたのだが。

「じゃあなんだ」

「生活保護受けてんだよ。鬱病で働けないし親の援助も受けられないから」

 そう答えると、彼女はにたにたと笑って嫌味を吐く。

「そんな体たらくで友達だの彼女だのを作ろうとしているのか」

「……ごもっともだが、俺にも考えがあるんだよ」

「くくく」

 馬鹿にしたように笑う彼女の顔は、悪魔そのものだった。人の不幸が面白くて、楽しくて仕方がないんだろうな。

 契約の中に『彼女を楽しませること』も含まれているので、黙っていても俺の不幸で楽しんでくれるなら、特別何もしなくてもいいと考えたら、まあいいのか。

 お得、くらいに考えておこう。

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等価交換ゲーム 真田 侑子 @amami_ch

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