月華公主の秘密

@sosoalso

序章

 これは夢だ。あの時の……。



 「小月、明日からはここに来ては駄目だよ。兄様は暫く遠くにいかなければならないんだ。」

 「兄さま、何で?どうして?どうして遠くにいくの?」

 「どうしても行かなければならない所なんだ。」

 「いや!いかないで!それに義姉さまだってここにいるし、あの子もここに来るでしょう?」

 「彼女もお兄さまに着いていくんだよ。あの子もお家の用事で少し遠くに行くんだ。」

 「ならわたしも!!」

 「駄目だ。」


 幼い少女にとって青年と青年の家族は全てだった。だからこそ、どうしても一緒に居たいと駄々をこね泣いて縋る。しかし青年は断固として許さず、ひたすらにもうここに来てはいけないと言う。


 「どうしてもだ。小月……小月は賢くて優しい子だろう。これだけは覚えておきなさい。月は満ちては欠け、四季は移り変わる。物事は不変なようで不変でなく、不変でないようで不変なんだ。」

 「兄さま、何のお話?それより……。」

 「難しかったかな。早く宮に帰りなさい。それと小月の月平宮げつへいきゅうは良い所だ、一日中いても飽きないはずだよ。」

 「兄さま……?」


 青年は有無を言わず少女を送り出した。少女は名残惜しげに何度も青年の方を振り返る。夕陽が照らす彼の横顔は……しかしやはり見ることはできない。


 翌日、激しく降る雨が降るの中、こっそりと青年の居所へ向かった彼女が見たのは、槍や剣を持った兵士達が青年の住む宮殿の周りをズラリと取り囲んでいる光景だった。宮殿の中から宦官が出て来ると宮殿の門を固く閉じさせ、外の兵士たちに告げる。


 「陛下は廃太子殿下の幽閉を命じられた。決して出入りを許さないように!」


 少女の手から傘が離れて地面に落ちた。少女は理解してしまった。兄さまがあそこから出ることも、自分が入ることも許されないのだと。

 しかし理解はできても彼女はまだ幼かった。一目兄さまに会いたいと足を踏み出そうとし、しかし少女が隠れていた木陰から飛び出ることはなかった。彼女に付けられたたった一人の侍女がそれを阻まんと抱きとめたからだ。


 「殿下行ってはなりません。」

 「どうして!兄さまが!」

 「太子殿下が昨日おっしゃいました。絶対に殿下を来させてはならないと。」

 「でも!」


 雨の降る日だった。春には珍しい、叩きつけるように降る大雨だった。泣きじゃくる幼い少女とそれを宥める侍女の声も雨音に掻き消され、侍女が少女を抱き抱えて立ち去る姿も激しい雨におぼろげに霞んでいった。




 後宮・月平宮げつへいきゅう、夜。

 美しい少女が池の中程にある東屋に佇んでいる。しっとりとした黒髪が風にそよいでいて、ぼんやりと水面を眺めている姿も絵のように美しい。


 「殿下。いつからここにいたんです?」

 「さあ、分からない。」

 「まだ寒いんだから、早く中に……。」

 「梨莉、兄さまの夢を見たの。どうしてだと思う?」

 「ッ、それは……。」

 「何でもない、ただ聞いてみただけよ。明日は大事な日だもの。早く中に戻ろう?」


 池に映る夜空には数多の星が煌めいている。しかしどこか物寂しい。何かが足りない。

 今日は新月。月がその輝きを隠す日。そして新たなる始まりの日でもある。



 



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