6.宣言、星空の下で
倉庫の外で、会長が鍵を閉め終えるのを待っていた。
金属のぶつかる音が不規則に響く中、僕は会長の手元をライトで照らしている。
すっかり日は落ちていて、倉庫周辺は真っ暗だ。
周囲の家の明かりが微かに届くおかげで、庭の様子が何とか伺える。
「もっと、開け閉めしやすくすることを、考えた方がいいな」
ようやく全ての鍵を閉め終えた会長が肩で息をしている。
「毎回こんなことしてるんですか?」
「ああ。誰かにうっかり見つかったところでただの異様なオブジェにしか見えないだろうが、慎重になっておくに越したことはない」
会長はそのまま倉庫の壁に寄り掛かるようにして地面に腰を下ろす。
身体の疲労だけ、ではないのだろう。
僕も会長の隣に座り、壁に体重を預けた。
庭にあるのは数本の木々だけで、敷地の広さもあってか、仰げば夜空が視界を覆う。
会長も、ぼんやりと空を見上げていた。
「言葉にするのは難しいな」
明かりがなく、隣にいても会長の表情はよく見えない。
「取り残されてしまったのか、放り出されてしまったのか、心の中にあるエンジンが宙ぶらりんってやつだ。同胞と出会うことだけを目標にしていたわけじゃないんだけどね。世界が、思っていたのと違う形をしていたからだろうか」
僕は会長に返せる言葉を見つけられなかった。
仮に宇宙人の血を引いていることが事実だとしても、僕にとっての世界はこれまでとさほど変わりがない。特別な力に目覚めるわけでも、どこかに潜む陰謀を見つけたわけでもなく、ちょっとした秘密と歴史を知ったに過ぎないのだ。
お互いに無言のまま、ぼんやりと夜空を眺める時間が続いた。
「おっと、こんな時間か」
スマホの画面で時間を確認したようだ。
会長は腰を払いながら立ち上がり、大きな伸びをしている。
「付き合ってくれてありがとう。変なことに巻き込んでしまった」
「いや、僕は大丈夫ですよ」
僕も立ち上がりながら答える。嘘偽りのない気持ちだった。
「そうだ、さっきのメロンソーダ代」
帰宅することを考えた結果、連鎖的に思い出した。
「ああ!そういえば会計をした記憶がない。うっかりしていたよ、君が代わりに支払ってくれたんだね」
会長は鞄に手を突っ込みゴソゴソと漁っている。
プラスチックや金属のぶつかる音ばかりが響くその鞄に何が入っているのか、僕はよく知らない。
「ふむ」
会長は手の動きを止めた。
「店に財布を忘れてきたようだ」
「ええー」
「すまないね、ちょっと遠回りになるかもしれないが、付いてきてくれると助かる。その場で返すよ」
僕たちは自転車に跨り、来た道を戻っていく。
少し時間はかかるけれど、夜風を浴びながらの散歩だと割り切ろう。
街の明かりが強くなってきた辺りで、信号待ちとなり足を止める。
「あの宇宙船が使えてたら喫茶店までひとっ飛びできたりしました?」
運動をしない身にとっては自転車での走行もなかなか体力を使う行動だ。
「どうだろうね、地球上で飛ばして細かな制御が効くかはわからない。お手軽な移動手段とはいかないだろうな」
「不便ですねぇ」
「そんなものさ。宇宙に飛び出して星を見る方がきっと簡単だよ」
そろそろ信号が変わる。
ふと横を見ると、猫背になって考え込む会長の口元は薄らと微笑んでいた。
僕は、安心と不安が同時に湧き上がるのを感じる。
つまり、いつものことである。
了
宇宙人の先輩 本田そこ @BooksThere
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