5.宇宙人の発見

どれだけの時間、ディスプレイに映し出される情報が更新されていくのを見ていただろうか。僕たちは長いこと黙ったまま立ち尽していた。

更新が終わりディスプレイの変化が収まったのを確認してからも沈黙の時間は続いていたが、僕はいよいよ口を開くことにした。

「あの、会長」

「なんだい?」

地図の方を見ながら会長に話しかける。

「周辺をスキャンして、会長と同じ種族の生命体を検知するんでしたよね、これ」

「ああ、そうだ」

「該当した人のいる位置が、地図上に光点として表示される、と」

「うむ、まさに」

「ちなみに、もしも地球人と子供を作ったら、どういう生き物になるんです?」

「ほとんど人間と言っていいんじゃないかと思う。親の身体もほぼ人間なのだから問題なく交配もできるはずだ」

「引き継がれますかね、親の性質」

「言い切れるほどの知識はないが、どちらの性質も引き継がれるんじゃないかな」

「刻み込まれた情報も?」

「場合によっては」

その返事をもらってから、僕は一旦会長の方へと顔を向ける。

会長もこちらを向いた。

この表情から感情を読み取るのは難しい。

そして、僕らは再び地図を眺める。

「めちゃくちゃいっぱいありますね」

「とてつもなくいっぱいあるな」

眼前に広げられた地図の上には、数えきれないほどの光点が散りばめられていた。

およそ人が住んでいそうな場所にはまず間違いなく光点がある。

「到着が遅れたの、数年って言ってませんでした?」

「星間航行は微睡みの中で進む。時間の感覚なんてものは曖昧になっていくんだ」

会長は情緒に溢れる声色で答える。体感は全く当てにならない、という意味だろう。

「百年どころの話じゃなさそうですね、これ」

この光点全てが地球外からやってきた生命体と考えるのはさすがに難しい。

定住し、子を為し、広がる。これを何度も繰り返してきたのだろう。

範囲を街の外まで広げたらどんな結果になるのか、少し恐ろしくもある。


そして、僕たちが今いる場所にも光点が二つ表示されていた。

最初は一つの光点に見えたのだが、よく見ると歪んでいたので詳細を確かめようと地図を拡大したら、僕たちの距離が近いせいで重なって見えていたことがわかった。

一つは間違いなく会長で、他にこの場にいるのは僕だけだ。

「いやぁ、驚きだ」

「こっちのセリフですよ」

「まさか君の方が先輩だったとはね!」

予想だにしていなかった展開である。

「これ、普通の人間も検知してたりしません?」

「あとで一応調べてはみるが、多分ないな。フィルタリング条件は注意深く設定したし、逆に普通の人間も含まれているとするなら少なすぎる」

確かに、地図の上に大量の光点が散りばめられているが、ひしめくほどの量ではない。街の人口は把握していないが、さすがに数が合うとは思えない。

「それに、だ。ちょっとこっちへ来てくれ」

会長は宇宙船のすぐ側へと向かっていったので、僕もそれに着いていく。

間近で見ると大きさも相俟ってそれなりに威圧感がある。

「ここに手を乗せてみてくれないか。大丈夫、変なことは起きないさ」


怖気づく気持ちがなかったと言えば嘘になる。これによって何がわかってしまうのか、その予感は既にあった。

示された場所に手の平を乗せると少しヒンヤリとしてくすぐったい。

手を押し当てた場所の周囲が淡く光り、宇宙船から電子音が鳴り響く。

「あの、なんですか、これ」

「いわゆる生体認証だ。この宇宙船は、私たちの種族以外の生物には操作ができないようになっている。で、ここが認証解除用のタッチパネルになっているんだ。今は既に起動状態だから、タッチパネルは私たちの生体情報に反応するだけで他には何も起きないけどね」

「ちなみに、今の反応は?」

「無事、認証突破だ」

思わず天を仰いでしまった。

僕はこの街で生まれ育った人間だ。決して地球外から飛来した生命体ではない。

もはやぼんやりとした記憶ではあるが、幼い頃からこの街で過ごしてきた思い出は幾つもあるし、生まれた直後からの記録は両親に何度も見せられている。

僕は、間違いなくこの星の住民でである。

ということは、僕の両親のどちらか、あるいはもっと前の祖先の誰かが、会長と同じ種族の生命体だったということになのだろうか。

誰からもそんな話は聞いたことない、いや、聞かされたとしてただの冗談だと一蹴していかたもしれないが、何らかの理由で黙っていたのかもしれないし、そもそも知らず、交わったのはもはや出自を辿るのが難しいくらい昔のことなのかもしれない。


僕たちは宇宙船から離れてデスクへと戻った。

会長の操作で空中に表示されていた地図は消え、続けて宇宙船の扉も閉められる。

少しの間キリキリと音を響かせていたかと思うと、隙間も消えて完全なカプセル状となり、倉庫に入った直後と同じ状態へ戻っていた。

その様子を眺めている間、会長は僕の横でうむむと唸りながら両手で髪の毛をわしわしとかき混ぜている。


「この展開は予想外だったぞ。私たちの活動はこれからだと思っていたから、先人と接触が図れれば何か面白そうなことが起きるんじゃないかと期待していたんだが」

「だいぶ進んでるみたいですねぇ、あの、浸透?」

浸透という言葉の指す意味を正しく理解しているかはわからない。

「しかもこうなってくると、先んじて地球に来た同胞を探知機能でを見つけるのも難しくなってくる。候補があまりにも多い」

「そういえば、寿命ってどのくらいなんですか、会長と同じ種族の人」

「それも移住先の生命体と同じくらいになるはずだ。事故がなければ比較的長命になる傾向にあるようだが、大きく逸脱することはない、と思う」

会長はそう口にしてから自分で気づいたのか、ああ、と小さく言葉を溢した。

無言の間が続いたけれど、僕はなんとなく、この言葉は口にした方がいいと思った。

「もう、いないかもしれませんね」

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