4.準備完了
会長はそれから、この場所に不時着してからの顛末を、だいぶ掻い摘んでいたとは思うが、話してくれた。
空き家状態になっていた場所に落下したのは、宇宙船側が人的被害や機密保持のために最大限頑張った結果らしいが、その土地の持ち主が優しく寛大な人間であったことは本当に運がよかった、と会長は言う。
誰も世話をせず持て余していたこの家を管理する代わりに、住まわせてもらっているのだそうだ。
これまで家庭環境について話をする機会もなかったので知らなかったが、こんな事情があったのなら、仮に尋ねたとしても詳しくは教えてもらえなかっただろう。
「親切というか、思いきりのいい方なんですね」
「一週間ほど飲まず食わずで随分と痩せこけていたからね、放っておける人間はそうそういなかっただろう。それにしたって深入りすることもなく面倒を見てくれたことにはとても感謝している」
会長にしては珍しい口振りだった。
「言われてみれば、見知らぬ人間に家を預けてしまうなんて確かに豪快だ。おかげで自由に過ごせているし、彼女には頭が上がらないよ」
「じゃぁ、高校への入学とかもその方が?」
「協力してもらったよ。戸籍なんてものもなかったからね。保護者として振る舞ってもらったりとだいぶ助けられた」
「いい人ですね、ほんと」
「あとはまぁ、非常時にのみ使用を許可されている道具が幾つかあってね、それを使ってちょいと書類を改竄したりも」
知らない方が良さそうだ。触れないでおこう。
「とにかく、なんとか生きている環境は整えたけれど、同胞との接触は今後のためにも不可欠だ。私はそのための準備もずっと続けてきたのだよ。そして、ようやく一段階進める目処が立ったんだ」
会長はひたすらキーボードを叩き続けていたが、よし、との掛け声と共に一発盛大にキーを叩くと、空中ディスプレイの方に変化が訪れた。
映し出された宇宙船の全体図、赤く点滅していた場所のうち、動力部と反対側にある一箇所の表示が変化し始めた。
呼応するように、宇宙船の方から微かに駆動音が響いている。
しばらくすると、表示はさらに変化し、正常と思しき色へと変化した。
「よし、更新は無事完了、テストも問題なくクリアだ」
会長は一仕事終えた満足げな表情で宇宙船の方を見つめている。
「何をしてたんです?」
「探知機能のソフトウェアの修正さ。動力部と違ってハードウェアは無事だったから、ソフトウェアの方さえどうにか直せれば動くかもしれないと思っていたんだ」
故障の原因が会長の不用意な手出しにあるなら、そりゃそうだろう。
「本来の探知機能は衛星などを経由して情報を取得していた。できればこれを復旧したかったが、通信先の情報がさっぱりわからずお手上げだ。代わりに、船に元から付けられていた簡易的なセンサーへのアクセス方法がわかってね、どうにか動かす方法もわかったんだ。これで得た情報を、元々は探知機能で使われていたフィルターと組み合わせれば、だいぶ限定的な範囲にはなるけれど、私たちの種を検知することができる、そういう寸法なのさ」
「どうやって識別するんです?身体を作り替えちゃったら区別つかない気がしますけど」
「作り替えるといっても完全に同じにはしないのさ。私たち固有の情報を、何らかの形で体を構成する成分に刻み込んでいるはずだ。完全に同じにすることもできなくはないんだが、それだとこういう時に困ってしまうだろう?」
言われてみればその通りだ。実際、見た目では全く区別が付かない。
会長も、自分でも言っていたが人間そのものにしか見えないし、怪しいか怪しくないかで言えばかなり怪しい人だが、あくまで人間としての話だ。
「それを使って仲間が見つかったってことなんですか?」
「いや、本番は今日これからだ」
「えっ、大丈夫なんですか、それ」
一度宇宙船を故障させたと宣った口でこんなことを言われると不安しかない。
「私もちゃんと勉強したんだよ。いきなり大きなプログラムを作るのではなく、小さなものから作り、影響範囲を最小限にし、それらを組み合わせる形にする。そして、ちゃんとテストもする。万全の態勢を整えて今日この場所に立っているんだ」
どうやらノートPCで色々とやっていたのはこのための勉強や準備だったらしい。
自信過剰に思えなくもないが、仮に失敗に終わったとしても宇宙船が爆発でもしない限りはこちらに害が及ぶこともないだろう。
爆発しないよな?
「何より、いざ動かすとなったら一人では寂しくてね。元々は、私が宇宙人であると君が受け入れてくれた後に見せようと思っていたのだが、まぁ、少し順番が変わっただけだ、ぜひ付き合ってほしい」
なぜ自分なのかと問い掛けそうになったが、大した理由はなさそうで踏み止まった。
「家主さんにも同席してもらおうか悩んだんだが、勝手にこんな設備を作ったのをまだ伝えていなくてね、怒られやしないかとちょっと怖い」
手招きされたので、会長の真横まで向かっていく。
そして、近づけば近づくほど、宇宙船の材質が不思議に感じられた。
一見すると銀色の塗装が施されているような色合いなのだが、周囲の景色がほとんど映り込んでおらず、境界線がぼんやりとしている。それにもかかわらず、冷たい質感と光沢が感じられるのだ。
こんなものが地面に突き刺さっている光景は実に趣深い。
「本来なら必要ないんだが、せっかくの初起動だ。センサーから得た情報を地図に投影してみようか」
横からキーボードの打鍵音がすると、空中ディスプレイの表示は宇宙船全体図からこの街の地図へと切り替わる。表示領域も街全体が見渡せるくらいに拡大された。
「心の準備はいいかい?」
「よくわからないですね」
正直な気持ちだった。
近未来なのか遠未来なのかもわからないような技術の片鱗を見せられ、会長の滔々とした語りに飲まれ、何が起きてもおかしくはないという感覚になっていた。
「私も緊張なのか安心なのか、判別の付かない感情に浸っているよ」
ふふふ、と笑う声がした。
「ふむ、あまり勿体づけるものでもないな。早速スキャンを開始しよう」
パチンとキーを叩く音が響く。
宇宙船の方からは微かな機械音。装置が稼働を始めたのだろう。
僕と会長は、映し出された地図をじっと見ていた。
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