3.目的と現状について

「うん、航行機能はいつも通り、死んだままだな」

しばらくノートPCに向き合っていた会長が伸びをしながら独りごちる。

「もしかして、これ壊れてるんですか?」

僕は会長の方へ近づきながら問い掛ける。

デスクの近くにはケースや棚が置いてあり、工具や技術書と思しき書籍が乱雑に詰め込まれていた。

足元をよく見てみれば、宇宙船の周囲は土のままだが、それ以外の場所には丁寧にシートが敷かれている。この場所は、倉庫兼工房といったところか。


「ああ、ここに墜落した時にね。動力部がやられたらしい」

会長の口ぶりは至っていつもの調子だ。

「修理しようにも私は機械の方には疎くてね。少しずつ調べてはいるんだけど、慣れない分野で進捗はほとんどないんだよ」

「動かない宇宙船、ってことですか」

「そういうことだね。まぁ、墜落する前からトラブルまみれだったんだけど」

この造形は確かに異質で、いかにも地球外から来たものっぽい形をしている。

とはいえ、僕としてはいまだに何か担がれているんじゃないかという疑念は拭えないし、会長はそれだけのためにわざわざこんなものを用意するくらいやってしまう人物であることを、とてもよく知っている。

「正直、これだと会長が宇宙人っていう証拠としては薄くないですか。ビュンビュンと飛び回ってたらまた別ですけど」

そう口にした瞬間、会長ならやりかねないと怖気が走ったが、当の会長の反応は想像と違うものだった。

「ああ、この宇宙船も見せたかったといえばそうなんだが、本題は別にある」

会長は再びノートPCを操作し始めた。

「この船は、私たちが他の生態系に移住するための装置でね。宇宙空間を航行するための機能を初めとして、いろいろな役目を持っている」

会長が威勢よくキーを叩くと、宇宙船の開口部から光が放たれ、何もないはずの空間にコンソールと思しき画面が投影された。空中ディスプレイというやつだろうか、SF映画とかでよく見るあれだ。


「宇宙はあまりにも広大だ。長い旅の中で私たちはほとんどの時間を眠りに費やす。その間に我々を保護する生命維持装置は、移住先の生態系に合わせて身体の組成を作り替える機能も備えている。私たちの種の特性かな、思考の核となるもの、意識こそが本質的な自己だという思想を持っているが故に、命を繋いでいくにあたって元々の身体の在り方にこだわりはないんだ。基本的には移住先の生命体と同様の形質になる。適応もしやすいしね」

会長の操作に合わせてディスプレイに映し出される情報は次々と切り替わっていく。

この辺りでぼちぼち一線を越え始めた気がしているのだが、会長は話を続ける。

「目的は、交流ではなく浸透なんだ」

「なるほど、浸透」

目まぐるしく変化する情景に意識を奪われており、半ば上の空で反応している。


「移住先の生態系に溶け込み、その星の文化と我々が培ってきた知識や技術を少しずつ混ぜ合わせ、発展させていく。その先で再び我々と溶け合い一つになったその星の人々が、また別の星を求め旅立つ。これを幾度も繰り返しているのが私たちという種族なんだ」

ま、受け売りだがね、と会長は付け足す。妙に壮大な話だ。

「同一の生態系への移住は集団で為される。同じ時期とは限らないし、元々の知り合いであることも少ないんだけど、種として既存の生態系に浸透しようとするには、たった一人では物足りない。先遣隊は別として、後続の移住者は先人達があらかじめ築き上げたコミュニティを頼って生活基盤を構築する」

一息に話したあと、会長の口から大きなため息が一つ吐き出された。

「私もそのはずだったんだが、問題が起きてね」

「先に地球に来てた人と接触できなかったとか?」

「ああ。宇宙船に備えられていた、我々の種を識別するための装置が故障したんだ」

ディスプレイの表示が切り替わり、宇宙船の全体図が映し出される。各部位の状況を表示しているようで、動力部と思しき場所が赤く点滅しているが、他にもいくつか点滅している箇所がある。満身創痍と言えよう。

「参ったことに、通信機能も巻き込まれてしまってね。外部とのインタフェースを限りなく狭めていたのが災いしたらしい。詳しいところはわからないけど」

宇宙船を眺めた感じでは、多少の土汚れはあるものの表面にこれといった損傷は見られない。例えば隕石とぶつかるようなトラブルがあったわけではなさそうだ。

精密機械というものは外側が無事でも中身が大惨事というのはよくあることなので、素人目で見て何もわからないのは当然といえば当然なのだが。

「事故にでも遭ったんですか?」

「道中退屈だろうと思ってね、反応を探るだけでなくもっと色々なものを覗き見ができるようにならないかと出発前に探知機能のソフトウェアを弄ってたんだが、いざ本番となったら全く動かなくなってしまった。甲斐性のないやつだよ」

「自業自得じゃないですか」


ディスプレイに視線を戻すと、故障部位の情報と思しきものが表示されている。

使われている言語がわからないので、何が書いてあるかはさっぱりだ。

「移住先の惑星で先人の反応を検知したら通信を試みて、現地の情報をいくつか送ってもらう。そうやって得られた情報でこちらの環境を更新するんだ。どのように身体を作り替えるか、どんな知識をあらかじめインストールしておくかを最終決定するためにね」

知識のインストール。比喩表現でしか聞いたことがない。

「勉強も機械がやってくれるってことですか?便利ですねぇ」

「睡眠学習と似たような仕組みだろうな。身体の作り替えは成長を高速で再現するようなものだから、その時にうまいことやってるんじゃないかな」

ぼんやりとした物言いだ。

「私はあくまで利用する立場で技師じゃないからね。詳しい仕組みは知らないんだ。そのおかげで苦労しているんだが」

辺りに散らばる道具や本を見渡せば、少なくとも、会長がこの場所で試行錯誤を繰り返していたことはわかる。

「航行スケジュールも自動更新だ。そして到着が近付いたら乗員と現地の同胞とで詳細な落下地点の擦り合わせなどを行なっていざ本番。そういう流れだったらしい」

「はあ、それが全部ダメになったと」

「地球までの航行はなんとかなったんだが、航行中の安全を優先した結果、到着までの時間がだいぶ伸びてしまってね。多分、予定していたよりも数年は遅れたんじゃないかと思う。私はずっと寝てたから、大して苦にはならなかったけど」

肩をすくめてやれやれと首を振る。

つまり、万事つつがなく事が進んでいたら僕と会長が出会っていなかったかもしれないということか。

出会いの縁というのは不思議なものである。幸か不幸かは考えないでおく。

「どんな身体にすればいいのかもギリギリまで定まらなくてね。成長のために必要な時間などを鑑みて、到着予定地域だったここ日本で最も怪しまれにくく好意的に扱われやすいとされる姿が選ばれた。もしも情報の更新が行われていたら全く違う容姿になっていたかもしれないな」

会長はこちらに向き直り、両手を大きく広げて胸を張っている。


「とにかくそうやって生み出されたのがこの私ってわけさ。どうだい?」

「結局、大事なのは中身なんだな、と」

「君の口調、なぜか褒めてるように聞こえないな」

褒めてるつもりがないからだ。

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