2.秘密の開陳

自転車でしばらく走って辿り着いたのは郊外の古びた一軒家。

二階建ての洋風建築で、所々に蔦が伸びて壁を這い上がっている。

ふと通りすがっただけでは廃墟と勘違いしていただろう風貌だ。


高めの塀で囲まれた敷地の中へと、会長に先導されながら入っていく。

ここは会長の自宅とのことだった。

「会長の家に来るのは初めてですね」

庭に自転車を止めた後、倉庫へ向かう会長の後を進みながら僕は話しかける。

「そうだろうな。君に限らず、これまで人を呼んだことはないからね」

「友達を呼んだりしたこともないんですか?」

「まともに交流があるのは君たちくらいだよ。今はほとんど一人暮らしだが、一応は間借りさせてもらっている身の上だし、遠慮がないわけでもないけどね」

遠慮とは随分似合わない単語が出てきたものだ。

「そもそも、人を誘うには少々遠い」

「確かにそうですけど、小学生や中学生の頃とかも?」

公立の小学校や中学校に通っていたとすれば、近所の人たちとも交友関係があったかもしれないと、なんとなく思った。

「私が地球に来たのは三年前だからな。小学校や中学校には行ったことがない」

なるほどそうきたか。

「君なら大丈夫だと思うが一応言っておく。さっき話したこともこれから話すことも、他言無用で頼むよ」

「いいですけど、よく喫茶店で切り出しましたね、そんな話」

いろいろな意味で、もとより言いふらすつもりはない。

「いざ言おうと決めたことで気が逸ってしまったんだ。それに、あの店はいつも客が少ない。声量を抑えておけば君以外の人の耳には届きやしないさ」

失礼な評価だが、だからこそ溜まり場にしやすいわけなので否定しづらい。

「でも、あいつはどうします?大会終わるまでは来ないと思いますけど」

「折りを見て話すかどうか決めるよ。今日のところはひとまず君にだけ伝えておきたかったんだ。私が信頼できる人間ランキングの栄えある第一位に君臨する君にね」

「ありがとうございます」

「感情がこもってないな。嬉しくはないのかい?」

信頼されているのは嬉しいが、ランキング参加者の総数は片手で数えられるに違いないし、わざわざランキング形式で発表されるとむしろありがたみが薄く感じられる。


そんな会話をしていると、極めて簡素な建物の前までたどり着いた。

二階建ての建物くらいの高さの直方体だ。寄せ集めのトタンで覆われた壁は、隣に建つ家とはだいぶ異なる雰囲気を醸し出している。地面との接地点をよく見てみると、コンクリートブロックのようなものが綺麗に並べられていた。

「これが倉庫ですか」

「ああ、作業場でもある。突貫工事で建てたものだから、かなり不恰好だけどね」

会長は扉の前に立ち、ポケットから鍵束を取り出した。

扉には重そうなチェーンと幾つものゴツゴツとした南京錠が付けられている。

「かなり厳重ですね」

「本当はもっと堅牢なセキュリティの設備にしたかったんだが、人を呼ぶわけにもいかなくてな。とりあえず、自分なりにやれるだけやってみたんだ」

侵入を試みるなら壁をぶち壊せば早そうだと思ったが、言わないでおこう。僕は会長が一つ一つ鍵を解いていく様子を見守っていた。


「ふう、いつものことだが手間がかかるな」

「終わりました?」

「ああ、待たせたね。では入ろうか」

会長の手によって倉庫の扉が開かれる。

日も暮れ始めていて中はかなり薄暗く、よく見えない。倉庫の奥に、シートで覆われた何か大きなものが鎮座しているのがうっすらと見えた気がする。

会長に続いて僕が倉庫内に入ると扉が閉められた。明かりが途絶え、何も見えない。

突貫工事と言っていたが、光の差し込む隙間は全くないようだ。外からはわからなかったが、壁も天井もそれなりの厚みがあるのかもしれない。

「ちょっと待っててくれ、今、明かりをつける」

そんな声がしたかと思った直後、身体に何かがぶつかってきた。十中八九、会長だ。

「あ、すまない。いつもは一人だからうっかりしていた」

僕の上半身をベタベタと手が這い回る。

「その辺りにスイッチがあるんだ、少し動いてもらえると助かる」

「あの、わかったんで、一旦まさぐるのやめてもらえます?」


カチリと音がした後、視界が明滅する。

目が慣れるまでに少し時間がかかったが、少しずつ目を開けると倉庫の様子が見えてくる。倉庫の奥に、ブルーシートに覆われた大きな物体があった。

かなりの高さがあるものに被せているようで、小さな山になっている。

シートの下からは何本ものケーブルが這い出しており、近くの簡素なデスクに置かれた機械に繋がっていた。

パソコンのように見えるが、断言できるほどの知識を持ち合わせていない。

「この下、何があるんです?」

僕はブルーシートを指差しながら尋ねる。

「宇宙船だ。私の乗ってきた船だよ」

「はい?」

会長はシートを掴み、大きな動きで一気に取り払う。

視界が一度青で埋め尽くされたあと、覆われていたものが姿を見せる。

鈍い銀色をした円筒型の巨大なカプセルが、地面に突き刺さっていた。

長さは3メートル以上あるだろうか、埋まっている部分もあるので多分もっと長い。幅も1メートルは優にある。人を一人格納するには十分すぎる大きさだ。

たくさんのケーブル類はこちらから見て裏側の方から伸びているようだった。

会長は鞄から取り出したノートPCと、デスク上の機械とを接続する。

それからカプセルの側まで歩み寄り、表面に手の平をピタリを乗せた。

すると、手を乗せた辺りが仄かに光り、電子音が聞こえた。

カプセルの前面に縦のスリットが現れたかと思うと、空気の排出される音が聞こえ、一一度せり出してから左右にするりと開かれる。

本来の向きがどうなのかは知らないが、地面に突き刺さった今の状態であれば観音開きと称せばいいだろうか。

開かれた場所から、カプセルの内側が見える。中央部には大きくシートが敷かれているようだ。カプセルの幅と比べると、内側の空間の幅はだいぶ狭い。

少し距離もあり細かいところまでは見えないが、内側の側面にはディスプレイがいくつか付けられているらしく、その明かりがカプセル内部をほんのりと照らしている。


これが、会長の見せたかった「宇宙人である証拠」なのだろうか。

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