1.自由な人

ブラインドを半分下ろし、顔に注ぐ日光を遮断してから会長は続ける。

「あのねぇ、私は相当の覚悟を決めて告白したんだ。もっと恭しく、厳粛に受け止めてほしいものだけど」

「いきなりそんなことを言われてはいそうですかと受け入れるほど純朴な人間じゃ無いんですよ、僕は」

会長はこの返事を聞いて考え込む。

顎に手を当てて少しだけ頭を揺らす、会長が思考に耽るときの癖だ。

「確かにそれもそうだな。他人の発言をむやみに信じ込まず常に真偽を問う姿勢、リテラシーというものだね、感心感心」

果たしてそうだろうかと疑問に思ったが、言葉にはせず飲み込んだ。下手につつかない方がいいこともある。

「重要な情報伝達はまず結論から伝えるべしとの教訓に従ったんだが、少しシンプルすぎたかもしれないな。端的にまとめすぎるのも円滑なコミュニケーションには向かないこともあるわけだ」

会長は腕を組み一人合点がいったようにうんうんと頷いている。

結論自体に疑義があるので、シンプルかどうかはさしたる問題ではない。


「であれば、信じてもらうために、私はきちんとその証拠を君に示すべきだと思う」

「証拠?」

中身でも出てくるのだろうか。

「ついてきてくれ。君に見せたいものがある」

残っていたメロンソーダを一気に流し込み、会長は勢いよく立ち上がる。炭酸がきつかったのか顔を顰めている。

「私自身の身体はこのように地球人類と同じ見た目になっているし、とりたてて特殊な能力を持ち合わせているわけでもない。色々と言葉を並べ立てることはできても、私が宇宙人であると君が納得してくれるような証拠をこの場で出すのは難しい」

「一体、何を見せられるんですか僕は」

「善は急げだ。早速行こうじゃないか」

人の話も聞かず、会長はそのまま颯爽と店を出て行った。

僕は温かいまま残っていたコーヒーを飲み干す。喉がじんわりと熱い。

会長は歩くときは猫背が治る。妙に堂々とした歩き方、その立ち居振る舞いは相変わらずかっこいいのだが、これまた堂々と会計を忘れていったので、僕が会長の分まで支払う羽目になった。請求の際には利子をつけておこう。


我が同好会の活動内容はこれといって決まったものはなく、会長がかき集めてきた雑誌やら資料やらを皆で眺めたり、時々天体観測や博物館へと赴いたり、学校の一室を借りて物を作ってみたり、会長の気の赴くままに行われている。

そんな自由な活動内容ではあるが、一応、何をやるのかは事前に伝えられる。

しかし、今日は特に予定があったわけでもないのに喫茶店に集合せよと連絡が来たので、何事かと訝しみながらやってきたら、どうも不思議な展開になってきた。

突発的なイベントがこれまでにもなかったわけではない。

そんな時は廃墟探索に連れ出されたり、どこで手に入れたのか、どうやって作ったのかわからない食品を食べさせられたりしてきたが、今日のこれは、現時点では会長がおかしなことを言っているだけのこれといって代わり映えのない日常のはずなのに、今までで一番面倒な事態になりそうな予感がしている。

このまま帰ってしまおうかとも思ったが、どうせ早々に気付かれて連行されるのは目に見えている。諦めて着いていくしかない。

我が同好会メンバー最後の一人は、大会が近いためしばらく陸上部での活動に専念するということで欠席だ。運のいいやつめ。


そもそも、天文同好会という存在自体が高校内で胡乱な存在である。

一応、設立の届けは出して名前だけの顧問もいるが、メンバーはたったの三人で、しかも一人は陸上部と兼部だ。当然の如く部室もないから日々の活動はこうして喫茶店にたむろする形で行われている。

活動内容はもまた胡乱なわけだが、天体観測という天文っぽい活動もあれば、会長の興味が及ぶままに博物館へ気になる展示を見に行ってみたり、テーマを定めてかき集めてきた資料を読み込んでまとめたりしている。集まっての作業や遠出の際の待ち合わせなどにこの喫茶店をよく使う、というわけだ。

この店にいるとき、会長はよくノートPCで書き物をしている。資料をまとめたレポートのこともあれば、何かのプログラムだったりすることもある。

一方、僕の主な活動内容は読書だ。ジャンルは問わないが、活動時間中に読むジャンルはSF小説や雑誌の比率を高めにしている。せめてもの建前である。会長の持ってきた資料に目を通すこともたまにはある。

もう一人、同好会設立時の数合わせに誘ったあいつは、天体観測などの遠征の参加率が高い。天文部はガチすぎる、気楽に参加できるここはちょうどいい、とのことだ。


そう、うちの高校には既に科学部があるのだ。聞くところによれば、それなりに伝統のある、規模の大きい部のようだった。

以前、部に入らず同好会を設立した理由を会長に尋ねてみたのだが、そのときにはこう返された。

「もっと自由にやりたい」

そんなとこだろうなと思っていた通りの回答だった。

自由なので、時々おかしなことも言う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る