種明かし③

 関口に連れられやってきたのは、街のはずれにある武家屋敷だった。このあたりは異人の居留区とは違い、昔から日本人が住む場所らしい。

 さくら達は簡単に体を清めさせてもらい、借りた着物に着替えた。それから室内に通され、関口と改めて対面した。つい数刻前まで、死人のような姿で船に揺られていたのが信じられない。畳の上に座ったのもさくらにとっては久しぶりだ。

「それで」

 関口は興味津々といった様子でさくらを凝視した。

「うーむ。何から聞くのがよいか。新選組に女子が、というのも気になるが、善吉たちがあれからどうしていたのかも気になるなあ」

「あれから、というのは……」 

 さくらは思わず口を挟んだ。関口は嫌な顔もせずに答えた。

「遣欧使節団の洋行が終わったあとだ。善吉たちとはそれきりだったゆえ。拙者は神戸の語学所から、つい最近横浜に来たものでな。まさかここで再会できるとは、思ってもみなんだ」

「け、けんおうしせつだん……?」

「なんだ、話していないのか」

 関口が目を丸くして善吉と弥平を見た。二人は

「いやあ、バタバタしてましたから」

 と気まずそうな顔をした。

「ふむ。島崎殿。この二人は長崎の海軍操練所で修行した凄腕の船乗りだ。勝海舟先生のもと咸臨丸でサンフランシスコに行ったあと、遣欧使節団の水夫も任されたのだ。拙者と共に、フランスに行ってなあ。そうそう、途中スヒンクスという獅子のような形をした建造物の前でポトガラを撮ったりして」

 さくらの開いた口はふさがらなかった。勝海舟? 咸臨丸? 遣欧使節団? 予想外の単語の連続に、ついていけなかった。善吉と弥平を見やると、二人とも照れ臭そうに俯いていた。

「先生、そんな言い方は持ち上げすぎですよ」

「事実を言ったまでだろう。とにかくそういうわけでな。この二人はそんじょそこらの水夫にはあらず」

「も、申し訳ありませんでした。そのような方々とはつゆ知らず、とんだ無礼をお許しください。お二人なら八丈に行くなど朝飯前ですよね。私は無事に島に行けないかもしれないならいっそ逃げませんかというようなつもりで、浅はかな提案を……」

 さくらは善吉と弥平を交互に見、頭を下げた。

「いいんだって。別に俺たちゃ名字もないんだし」

「まさに乗りかかった船ですよ。こうして関口先生にも再会できたし」

 善吉と弥平から交互に慰められ、さくらは小さくなるしかなかった。だが悔やんでも今更状況を元に戻すことはできない。

「うむ、話を戻そう。フランスから帰ったあとどうしていたのだ」

「はい、俺たちは横浜で船の手入れの仕事をしていて。そうしたら、海軍の榎本先生が、薩長の軍と戦になるかもしれないから、開陽を出してほしいと。それで、弥平も一緒に乗り込みました」

 それで榎本を知っていたのか、とさくらは合点がいった。自分の現状や立場も忘れて、さくらは善吉の話を食い入るように聞いていた。

「海上で、敵艦と戦闘になりました。こちらの方が大砲の弾もあり、戦自体は勝を得たのですが……」

 善吉の顔が曇った。続きを促すように、関口が頷いた。

「港で弥平と開陽の停泊作業をしているところに、新政府のやつらが現れて、俺たちはさらわれました。なんでも、あっち側の軍艦を動かす水夫が足りないからと。当然断りましたが、刀をちらつかせられたら俺たちはどうすることもできなくて。いったん薩摩の方に連れていかれたのですが、結局慶喜公を追いかけて、江戸に」

 それから江戸に戻った善吉と弥平は用済みとなり、流人船の水夫になるよう言い渡されたという。そこからの経緯も、善吉は淡々と話して聞かせた。関口は真剣に頷きながら話を聞いていた。

「こうやって横浜に戻ってこられたのも、なんだかんだで島崎さんのおかげっていうか。だから、せめて少しは協力できればと思って。何かうまいこと西に行く船に乗せられれば、あるいはと」

「ほーう」

 関口はにんまりとした笑みを浮かべ、さくら達三人をぐるりと見回した。

「お前たち、運がよいな。あと数日遅かったらこの策は使えなかっただろう」

「と、言いますと……?」

 さくらはごくりと唾をのんだ。策があるのか。八方塞がりと思われたこの状況を打破できるなら。藁にもすがる思いで、関口の次の言葉を待つ。

「江戸城の明け渡しに続いて、幕府の軍艦もいくつか新政府に差し出すことになった。『朝陽あさひ』『観光かんこう』『翔鶴しょうかく』そして『富士山』だ」

 富士山丸は、さくら達新選組隊士が大坂から引き上げる際に乗ってきた船だ。新政府軍に取られると聞いて、さくらは胸を痛めた。関口は話を続けた。

「で、今まで操縦・手入れを担ってきた水夫も一緒に乗り込むことになる。明後日『翔鶴』が横浜を出航して、西へ行くそうだ。長州に残っている兵を乗せて、またこっちに戻るらしい。島崎殿、どうだろう。さすがに長州まで行くわけにはいかぬゆえ、どこか途中で下ろしてもらうというのは」

「そ、そのようなことができるのですか……?」

「うむ。翔鶴は大きな軍艦だが、物資や燃料の補給のために紀州や大坂で停泊するだろう。その機を狙えば」

「よいの……ですか?」

 さくらは善吉と弥平を交互に見た。二人とも、にこりと笑い、頷いた。

「ありがとうございます!」

 さくらは深々と頭を下げた。行ける。京に行ける。これで勇を、源三郎を、連れ帰ることができる。

 ただし、簡単な道のりではない。流刑を逃れて脱走した新選組の島崎朔太郎であることは絶対に露見してはいけないのだから。さくらの新たな戦いが始まろうとしていた。



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浅葱色の桜 ―流転、最果テ上ル 初音 @hatsune

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