生きろ②
さくらは目を見開いて、「は?」と声をあげた。勇は続ける。
「今朝、頼んでおいた。まず、相馬と野村はまだ新選組に入って日が浅い。というより、たまたま旧幕府軍についてしまい、巻き込まれるようにしておれについてくることになってしまっただけで、あいつらに罪はないのだと力説した。そうしたら、横倉さんが掛け合ってくれることになったよ」
横倉さんというのは、今回の処刑で首を刎ねる役を担っている男だった。そんな男に配下の命乞いをするなんて、さくらはむしろ感心してしまった。
「だがさくらは、その理屈では通用しなかった。だから……」
勇は言いづらそうにさくらの顔を見た。
「……島崎朔太郎は、女なんだから、と」
さくらはぎゅっと唇を噛んだ。
女だから。ただそれだけで、新選組の中で奇異な目で見られ、表でも裏でもいろいろ言われた。寝込みを襲われないように、人一倍強くなることを自分に課した。苦労したことはたくさんある。だが、それを逆手にとって、女だからこそできることをやってきた。それでも――。
さくらは声を震わせながら、勇を見た。
「女だから情けをかけてもらえ、というのか? 勇は、私が武士ではないというのか?」
「違う。さくらは、紛れもなく立派な武士だ。それはおれが一番よくわかっている」
その口調は、はっきりとしていた。そして勇は深々と床にこすりつけんばかりに頭を下げた。
「方便とはいえ、そんなことを言ってしまったのは申し訳ないと思っている。さくらの尊厳を傷つけることだとはわかっている。それでも、おれはとにかく、さくらに生きていてほしい」
「ひとまず頭を上げろ。勇の土下座なんか、見たくない」
ゆっくりと顔を上げた勇に、さくらは真剣な面持ちで言った。
「お前ひとりを逝かせるものか。私だって、覚悟はできている」
「駄目だ。考えてくれ。死ぬのはおれひとりで十分じゃないか? 新選組の親玉はおれだ。おれひとりが、首を晒されればいいんだ。なあ、さくらには、さくらにしかできないことを頼みたいんだよ。……トシを、支えてくれ。おれたちが二人とも死んだら、あいつはひとりになってしまう」
「斎藤も島田もいる。総司だって、きっと元気になる……!」
「そういう問題じゃない。トシにはさくらが必要だ。それに、おれが立派に最期を迎えたっていうことをさ、伝える役目が必要だろう」
「それなら別に、相馬や野村でも……」
「まだわからないのか。さくらじゃないと、ダメなんだ。なあ。おれを……トシのもとへ」
勇が何を考えているのか、さくらはピンと理解した。重要な任務を、課せられた。
「……どいつもこいつも、無理難題を」
さくらの頬を、一筋の涙が伝った。応えるように力強く頷いた勇の目にも、涙が光っていた。
***
刑場という場においてはちぐはぐなほどに、空は青く澄んでいた。
勇は白装束を身に着け、どっしりと、その場に座っていた。近藤勇が斬首になると聞いて集まった野次馬で、刑場の周囲は俄かに騒がしくなっている。
「まったく、近藤さんが何をしたっていうんだ。徳川のために京で不逞の浪人を取り締まってただけだっていうじゃねえか」
「しっ、そんなことを言ったら今度はお前があの世行きだぜ」
そんな会話が聞こえてきて、勇は胸が熱くなるのを感じた。江戸の人たちは、わかってくれている。
やがて、斬首を請け負う
――いよいよか。
と、勇が思ったその時、横倉は勇の横にしゃがみ込んだ。そして周囲に聞こえない声で、また、喋っていると悟られない姿勢で、こう告げた。
「島崎殿たち三名の助命が正式に決まりました」
――ああ、これで思い残すことなく逝ける。さくらとトシがいれば、新選組は、きっと大丈夫だ。
勇は、笑顔で頷いた。何も知らない観衆は、斬首を前に笑みを浮かべるとは大した男だ、近藤勇とはなんと豪傑ではないかと噂した。
慶応四年四月二十五日。
一介の道場主だった近藤勇は新選組の局長として歴史に名を残し、波乱に満ちた三十五年の生涯を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます