近藤勇奪還作戦③
さくらが連れてこられた場所は、脇本陣の一角にある離れの建物だった。狭苦しい板張りの部屋に、後ろ手に縄をかけられたまま座らされた。
「なんだってこんなところに……! あたしはなんでもない無実の町人だよ!」
とにかく、誤魔化せる限りはこれで行くしかない。勇の正体が露見したというのも、まだきちんと確認したわけではない。なんとか向こうが「勘違いだった」と思ってくれれば。
だが、その希望は早々に打ち砕かれた。
「お久しぶりです、島崎さん」
さくらの前に現れたのは、御陵衛士に所属していた、加納だった。
「お前、なぜ……」
「その格好。本当に女子だったのですね」
こんな形でばれるとは。さくらは息の仕方を忘れてしまったように、苦悶の表情を浮かべた。同時に、すべて合点がいった。勇が帰ってこないかもしれないという不安は、確信に変わってしまった。
「近藤さんなら今、別室で詮議を受けています。それと、後から追ってきた二人。相馬、野村という者ですね」
「くっ」
万事休すだ。相馬だけでなく、野村まで。まだ勇の命が奪われていないことがせめてもの救いだった。なんとか四人で脱出を……。
「あなたたちを、逃がすわけにはいきません。なんたって、伊東先生の仇なんだから」
さくらには、返す言葉がなかった。
あの時、やはり御陵衛士を多く逃がしすぎた。いや、そもそも伊東たちが分裂しないようにうまく立ち回れていたら……。無駄だとわかっていても、遡っていろいろ考えてみてしまう。
これが、因果応報というものなのだろうか。たくさんの「志士」と名乗る者たちを斬って、捕まえてきたことは、間違った行いだったのだろうか。いや、そんなはずはない。
悔しくて、やるせなくて、けれどももうどうすることもできず、さくらはさらに別の離れへと連れていかれた。そこには、座敷牢がもうけられていた。
「しばらくここにいろ」
座敷牢のひとつに入れられると、外から錠をかけられた。そして目に飛び込んできた光景に、さくらは絶句した。
相馬と、野村が捕らえられていた。その姿は、さくらの見知った姿ではなかった。二人とも腕や背中が腫れ上がり、顔をはじめ、肌が見えている部分は擦り傷だらけだった。漂っている淀んだ空気からは、血のにおいがする。
「島崎先生……!」
「相馬、野村、すまぬ……私まで捕まるような失態を……局長は、どうなった?」
「別室に捕らえられています。どういう状況なのかはわかりませんが、たぶん我々と同じく詮議にかけられているかと……」
相馬の悲痛な表情がここまでどんな仕打ちを受けたのか物語っているようだった。さくらは外に立つ見張り役に声をかけた。
「頼む。大久保大和に会わせてくれ」
「それが人に物を頼む態度か。案ずるな、まだ死んではいない」
「なっ……!」
「でかい口をたたけるのも今のうちだ。島崎朔太郎、一刻ののち、お前も詮議を受けることになる。覚悟しておけ」
詮議を受ける。新選組幹部として、手荒な方法で敵方から情報を吐かせたことは幾度となくあった。今度は、自分が受ける番になったのだ。さくらは、見張り役をキッと睨みつけた。
「ふん、そちらのお手並み拝見といこうじゃないか」
だが、さくらが余裕を見せることができたのもそう長くはなかった。
解かれることのない縄で腕の感覚がなくなりそうになりながら、中庭の砂利の上に正座させられる。
三人の男が座敷に鎮座しさくらを睨みつけていた。香川と名乗った真ん中の男は、興味深そうに穴のあくほどさくらを凝視している。
「噂に聞いたことはあったが、本当におったとはのう。島崎朔太郎。その方、誠に女子だと申すか」
「それについては、隠し立てするつもりはございませぬ」
と、さくらは正直に答えた。さくらの傍には
「ぐあっ」
「うむ。ほんまに女のようじゃのう。どうだ、女。儂らの夜伽をつとめるなら放してやってもええがやき」
「……ほう。新政府には随分と下衆な人間も混じっていると見受ける。こんな痣と傷だらけの年増でも構わぬほどに、まともな女には相手にされないというわけだな」
「おまん、口答えとは、自分の立場がわかっちゅうがか!」
再び打たれそうになったところを、香川が制した。
「そこまでだ。みっともない真似はよせ。……島崎。そなたに聞きたいのはただ一つ。坂本龍馬、中岡慎太郎両先生を手に掛けたのはお前か」
「誓って、私ではありませぬ」
「嘘をつけ!」
香川が首をくいっと振るとさくらは再び背中を箒尻で打たれた。
「うっ……!」
「正直に話さぬなら、この
やれ、という声に呼応するように、乾いた音が響く。想像していたよりも、ずっと強い痛みを感じながら、さくらは「わかりました」と声を張り上げた。
「正直に、とおっしゃるなら。あの夜のことを、包み隠さずお話します」
「ほう、ようやく話す気になったか」
さくらは淡々と、時系列を追いながら話した。別件の任務で張り込みを行っていたところ、怪しい男たちが目に留まり、尾けていったこと。たどり着いた先に、すでに坂本・中岡の両名が斃れていたこと。
「私は、山崎と、すべてが終わった後のあの場所に行った。それは本当です」
「嘘をつけ! 百歩譲ってお前たち新選組の仕業でないにしろ、中岡先生にはまだ息があったはずじゃ。なぜ見殺しにした。結局、同じことではないか!」
「深手を負っていた故、なすすべはないと判断したまでのことです」
「その山崎というのはどこにいる。そいつにも話を聞かねば信用できぬ」
「山崎は……死にました。新政府軍の銃弾に倒れ、志半ばで死んでいった。あなた方が新選組を坂本さん、中岡さんの仇だというのはまったくの出鱈目だが、山崎の仇があなた方であることは確かだ! 私はあいつが撃たれるのを目の前で見たのだからな!」
香川はたじろぐ様子を見せ、ひとつ咳払いをした。
「話が逸れた。とにもかくにも、新選組は我らの仇。その幹部ともあれば見逃せはせん」
さくらは体のあちこちを打たれながら、これまで新選組が何をやってきたのか、根掘り葉掘り聞かれることになった。
さくらには、やましいことは何もしていないという自負があった。すべては、京の治安を守るため、徳川のため。新選組は、新選組の正義・信念にしたがって活動してきたのだ。恥じることは何もない。堂々と、質問に答えた。
そして数日後。さくらは、勇、相馬、野村とともに斬首の刑を言い渡された。
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