歳三の戦い➀

 

 下野しもつけは宇都宮城に程近い、蓼沼村たてぬまむら

 歳三は高台の上にやってきた。眼下には城下町が広がり、城の様子も垣間見える。先ほどから一帯の見張り・偵察を任せていた島田に

「どうだ、状況は」

 と尋ねた。島田は暗い表情で答える。

「向こうの兵力は少なく見積もっても五百……もっといるかもしれません」

「まあ、多めに見積もっても千……。互角か。とにかくここを突破すれば勝機はある。弾薬、兵糧、ありったけ集めておけ。鉄之助、今どれくらいの数があるか見てこい」

 歳三は一緒にいた市村鉄之助に指示した。市村は今、歳三の小姓として諸々の雑務を引き受け動いてくれている。

「承知」

 短く返事をすると、市村はその場を離れた。


 流山を離れてからの歳三は、旧幕府軍が集まっているという話を聞きつけ、島田ら数名の隊士と共に下総鴻之台を訪れた。そこにいたのは新選組と同じく徹底抗戦を辞さぬ覚悟の者たち。彼らと合流すれば、まだいろいろと戦いようはあるだろうと歳三は決意を新たにした。そして、大鳥圭介おおとりけいすけ率いる伝習隊と日光を目指すことになった。徳川家にゆかりの深い地をおさえて士気を上げ、会津と共に新政府軍を迎え撃つという作戦だ。

 歳三はこれまでの実績と才を買われ、参謀という立場で現場の陣頭指揮を執っていた。この時にはもう変名を使う必要もなくなり、「内藤隼人」から「土方歳三」に戻している。


「ところで土方さん」

 声の聞こえぬところまで市村が遠ざかったのを見計らったように、島田が遠慮がちに切り出した。

「なんだ」

「……何か、その後の知らせは」

 その後の知らせ、というのは勇たちの消息のことだとすぐにわかった。この話題が出ると歳三の表情から余裕が失われるのを島田もわかっているようだが、それでも聞かずにはいられないのも頷ける。島田は新選組が壬生浪士組と名乗っていた頃からの付き合い。勇やさくらを心配する気持ちは同じなのだから。

「何もねえな。もっとも、俺たちも近藤さんたちに何も知らせずこっちに来てんだ。文を出していたとしても、そう簡単には届かねえだろ」

「……そうですね。すみません、今この場に関係ないことを聞いてしまって」

「まったくだ。ほら、あっちの様子見てこい」

 歳三があごで前方を指し示すと、島田は承知、と短く返事をしてその場を離れた。歳三は、誰にも見られないようにふうと息をついた。


 本音を言えば、さくらや勇のことは心配で心配で仕方がない。今すぐ越谷に取って返して状況を確認したい。だが、今はそうできる状況ではない。

 ――勝っちゃんもさくらも、必ず来る……!

 大久保大和として投降し、無実と信じ込ませて危機を脱すれば、きっとまた会えるはずだ。

 島田に言ったことは、自分を落ち着かせるための言葉でもあった。知らせがうまく届いていないだけだ。ただ、それだけなのだと。


***


 歳三たちは、宇都宮城に向けて進軍した。すでに新政府軍が占拠しているため、追い出すのは容易ではない。だが、不幸中の幸いとでもいうべきか、今宇都宮城にいるのは近隣からかき集めた間に合わせの兵だという。そして、地の利もあった。北側は城下町が広がっており軍勢を率いて突破するのに難儀する造りであるが、南東の方はがら空きで、目の前に流れる小川を突破できれば活路を見いだせそうだった。

 ――いける。

 勝機はある。歳三は、不思議な高揚感に包まれていた。こんな気持ちは久しぶりだ。 

「進め! 各自いつでも撃てるようにしっかり弾を込めておけ。いよいよ敵と対峙するとなったら、迷わず刀を抜け!」

 歳三は、大声で叫んだ。いよいよ城が近づいてくると、ドォン! ドォン! と砲弾が撃ち込まれる音が聞こえてくるようになった。その度に兵たちは腰を落とし、築いておいた土塁や堀に身を潜める。兵の大多数を占める伝習隊士は、さすが幕府が力を入れて育てただけあって、洋式の戦い方にも適応していた。歳三の指示に従い、統率のとれた動きを見せた。

 だが、それはあくまでも「音は聞こえるが実際にまだ弾が飛んでくる距離ではない」という安心感から生まれるものだったのだろう。進むにつれ音は大きくなり、ついに今歳三たちがいる場所の近くに着弾するようになった。

 うわあ! と叫び、腰を抜かす者、的確に避けながら前を見据え進む者、兵の行動は分かれた。そしてとうとう、城に背を向け、逃げ出す者が現れた。

 歳三はそのうちのひとりの前に立った。

「どこへ行く」

「こ、こんなの無理です。あんなでかい弾があたったらひとたまりも――」

 その男が次の言葉を発することはなかった。歳三が、一刀斬り伏せていた。

「逃げる者は誰でもこうだ! 弾に当たって死ぬか、俺に斬られて死ぬかの違いだ! 死ぬ気で、だが死なずに進め! 一兵でも多く城に入るんだ!」

 その場がしんと静まり返った。やがて、ひそひそとした話し声。

「し、死んだのか……?」

「あれが、新選組の鬼副長……」

 歳三は周囲を睨みつけ、一喝した。

「わかったか! お前ら!」

 兵たちはビクッと体をのけぞらせ、「はいっ!」と勢いよく返事をした。そして銃弾の雨が降る中、果敢に進んでいった。

 その様子を見守りながら、歳三は

「鉄」

 と傍に控えていた市村を呼んだ。

「そいつ、丁重に弔ってやってくれ。できれば名前と生国を調べろ」

「えっ、あ、はい……」

 市村は不思議そうな顔をしつつも、近くにいた兵と共に、斬られた者の亡骸を運んだ。歳三はその様子を遠目に見ていた。

 ――鬼副長、か。

 この五年間、隊の結束のためと仲間内での粛正も辞さない姿勢でやってきた。今も、これで兵は奮い立った。

 ――この先も、通用するか?

 自問したが、答えは出ない。

「全軍、進め!」

 まとめ役の自分が、迷うような素振りを見せてはいけない。その一心で、歳三は馬上、城を落とすべく駆けた。


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