三人で、また②

「勇、何を考えている」

「なんだろうなあ。怪我のせいなのか、甲府に行った時からなのか、新八と左之助に見限られたのが極めつけか。この前、総司と話していた時、気づいてしまったんだ。おれはもう、戦えない。……介錯を、頼めるか」

「おい、何言ってるんだ」

「この戦が終わったら……試衛館でさ、総司が五代目として木刀を振るっているのをのんびり眺めていたいなんて、言ったんだ。それがおれの本心なんだよな」

「馬鹿なことを言うな。そんな隠居生活、十年早い。私たちは、武士になろうと互いに約束したではないか!」

「そうだ。そうしておれ達は、武士になれた。短い間だったがな。武士の近藤勇はここまでなんだ。こうやって、敵に囲まれたのも、天命なのかもしれない。なあさくら、山南さんがなぜ脱走して腹を切ったのか、今ならわかる気がするよ。もう戦えない、と悟ったら武士ではいられないんだ。だからさくら、わかってくれ。武士として、腹を切らせてくれ」

「ふ、ふざけるなっ!」

「おれは本気だ」

 さくらは、とにかくそれ以上脇差を抜かせまいと勇の腕を握った。だが勇はまったく屈する気配がない。それでもさくらは手に入れた力を一切抜かなかった。その時、階段を上ってくる足音がした。

「何してる」

 襖がカラリと開き、歳三が入ってきた。

「歳三、勇を止めてくれ」

「止めるな、おれは……」

 歳三は、二人の前にどっかと座った。とにかく聞け、という歳三の言葉で、さくらも勇も手を離した。

「あの有馬って男が言うには、要求は二つ。一つは持ってる武器を全部出せ、ということ。もう一つは、大将を出せということだ。得体の知れない軍がこんなところで陣を敷いてるのを見過ごすわけにはいかないからと」

 ほらやっぱり、とばかりに勇はさくらを見た。大将は切腹しました、で事を収めた方がいいというのが勇の言い分なのだろう。だが、歳三はそんな勇を無視して話を続けた。

「けどな、俺たちは”軍”ではないと説明した。流山に集まった破落戸ごろつきや浪人くずれを取り締まるために幕府から派遣された鎮撫隊。俺はその副隊長の内藤隼人。幕府から派遣されたといっても、無血開城を押し進めた勝海舟の肝煎だ。”官軍”に武力で盾つこうなんて気は毛頭ない。とまあ、そういう筋書きをだ。だから、あんたは”大久保大和”だ。向こうの様子からするに、俺たちが新選組の人間だとは気づいてねえみてえだ。癪ではあるが、言われた通り武器は渡して、大久保さんはあくまで『刃向かう意志はない。官軍の目で流山の鎮撫が不要、もしくは俺たちの出る幕じゃねえと判断するなら、この鎮撫隊は解散しても構わん』と主張しろ。それで本当に解散になったらその時はその時だ。裏でバラバラに会津に向かう。ここで訓練ができなくなったのは痛えが、仕方ない。訓練は会津でもできる」

 歳三の理論武装は完璧に思えた。今はなりふり構っている場合ではない。ここで攻撃を受けでもすれば、甲府の二の舞になりかねない。条件を飲むことで穏便に事が進むなら、話に乗らない手はないのだ。さくらは「大久保隊長」と改まって勇の目を見た。

「内藤副長の言う通り。今ここで腹を切っても犬死にだ。だからこそ死んだ気で、薩長の連中に身の潔白を主張しろ。だが、本当に死んだら承知しないぞ」

「俺たちはまだやれる。いや、大久保さんがいないと、俺たちはやれない。だから、死ぬな」

 勇は、大きく頷いた。

「さくら……トシ……。すまなかった……おれ、自暴自棄になって」

 歳三が、ぽん、と勇の肩に手を置いた。

「抵抗の意思がないとわかれば、向こうだってすんなり帰してくれるはずだ。ここが正念場だぞ。絶対に、取り調べをやり過ごして、帰ってこい」

「勇。私たちは、ずっと一緒に戦ってきたんだ。一度離れるが、必ずまた合流して、共に戦える。会津で、待っているぞ」

「ああ、そうだよな」

 勇は、右腕で歳三の肩を、左腕でさくらの肩を抱いた。さくらと歳三はわっと体勢を崩したが、ふふっと笑ってそれぞれ勇と肩を組んだ。

「おれたちは、最後まで、武士だ。武士として、また三人で戦うんだ」

 勇の顔に、笑顔が戻った。さくら達は、別れの言葉は交わさなかった。


 それから勇は、有馬藤太の待つ土間へと降りていった。

「お待たせして申し訳ござらん。大久保大和です。お見知りおきを」

「うむ。こちらこそ。突然押しかけてあいすみもはん。これから、我々と共に越谷まで来てもらいもんそ。何、話を聞くだけですち」

 有馬は柔和な笑みを浮かべた。勇はなんとなく、この男であればわかってくれるかもしれない、と期待を抱いた。

「はい、よろしくお願いします」

 とにかく、こうなったらもう腹をくくるしかない。幕臣・大久保大和として、誠心誠意取り調べに応じる。そして、無実を認めてもらう。どんなに時間がかかっても、絶対に新選組に戻る。

 失いかけていた自分の信念を、さくらと歳三が思い出させてくれたのだ。二人の意志にも、報いたい。

 勇は野村たち二名の小姓を連れ立って、新政府軍と共に越谷へと向かった。


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