三人で、また➀
新八・左之助の他にも、ここまでの間に多数の離隊者が出ていた。すでに「局を脱するを許さず」をはじめとした局中法度は形骸化しており、こっそり脱走する者だけでなく、面と向かって脱隊を申し出る者もあった。その中には、さくらと一緒に行動することも多かった大石鍬次郎も含まれていた。鍬次郎は江戸に妻子がおり、もう戦には行かないでくれと懇願されたという。昔の因縁で、義父に頭が上がらないため断れなかったらしい。
「そういう事情なんで、新選組に嫌気がさした、とかじゃないんです。まあ、今まで好き勝手やらせてもらってたから、ここいらで家族孝行でもと思って。……けど、機を伺って、またどこかで合流できればと思ってます」
困ったような、申し訳なさそうな顔をする鍬次郎を、もはや引き留めることはできなかった。さくらは、餞別の言葉をかけた。
「そうだ。鍬次郎が戦いの場から離れてのんびり暮らすなんて、私には想像がつかぬ。待っているから、また絶対に来い」
こうして鍬次郎は新選組を去っていった。
「やる気のねえやつがいても役に立たねえ」
誰かがいなくなるたびに歳三はそう言っていたが、同時にいつも悔しそうな、それでいて少し寂しそうな顔をしているのを、さくらは知っていた。
甲府での敗北、相次ぐ隊士の離反は大きな痛手だったが、その後新選組はなんとか体勢を立て直していた。あちこちに声をかけた結果新たに集まった隊士は二百人に迫り、京での全盛期にも引けを取らない規模へと変貌を遂げていた。
しかし、内実は順風満帆ではない。寄せ集めの兵は銃火器の扱いに不慣れであるし、いざやむを得ず白兵戦となった時、剣術の腕も怪しい者が一定数いる。彼らを一人前に仕立て上げるために一定の訓練期間が必要だった。
その拠点として、下総流山が決定した。今、江戸の町中には薩長の兵――最近では「新政府軍」に加え「官軍」とも呼ばれている――が闊歩しており、大規模な軍事訓練は江戸の中心から遠ざかった所で行う必要があった。遠ざかるといっても五里程度のものだが、大砲も含めた大掛かりな物資を運ぶには妥当な距離だった。
流山への移転が無事に済むと、さくらを含むほとんどの隊士は小高い山の方に武器弾薬を運び込み、早速訓練を開始した。
「用意! 撃て!」
さくらの掛け声の後に、ドンッ! という轟音。砲声は、静かな流山の農村地帯に大きく響いた。眉をひそめる近隣住民もいたが、基本的に関東の民は徳川贔屓。薩長に立ち向かってくれるならと、現地の人々は新選組の駐屯をおおむね好意的に受け入れてくれていた。
それだけに、訓練開始からわずか一日で邪魔が入ったことは、まさに青天の霹靂であった。
「続いて、弾込め!」
「島崎先生!」
順調に訓練の指揮を執っていたさくらのもとに、血相を変えて走ってきたのは、
「薩摩の軍が、本陣に」
「なんだと? どういうことだ」
「とにかく、即時訓練を中止し、いつでも逃げられるようにしておけとのことです」
「大久保隊長たちは……!?」
「今はひとまず内藤先生が応対してます。相手もすぐに一戦交えるつもりはないようで。島崎先生は、私と一緒にいったん本陣へお戻りください」
「戻れるのか?」
「はい、まだ相手に見つかっていない抜け道があります」
さくらは、野村の話を皆に伝えた。大砲を隠せそうなら隠し、最低限戦える刀、鉄砲を携えて少人数ずつに分かれて身を潜め、次の指示を待つようにと。そしてさくらは、野村と共に急いで本陣へ向かった。
道すがら、確かにあの鳥羽・伏見で見た黒の装束に身を包んだ男たちが見えた。
――まさか、こんなに早くここが見つかるなんて。計画がすべて狂ってしまう。
これからどうなるのだろう、という一抹の不安を抱えつつ、さくらは野村に続いて人気のない道を進んだ。
なんとか本陣にたどり着いた二人は、見つからないように裏口から入った。二階に上がってすぐの部屋に、勇がいた。
「隊長、島崎先生をお連れしました」
「ああ、来たか。野村君、ありがとう」
勇は柔らかな笑みを浮かべると、「聞いたか」とさくらに尋ねた。
「野村から、だいたいは」
「そうか。今、
いったい何を話すのだろう。勇のただならぬ様子に、さくらは目を見張った。野村は訝し気な顔をしつつも、指示に従って部屋を出ていった
「なあ、さくら。ここまでだよ」
「な、何が」
言うが早いか、勇は脇差に手をやった。
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