植木屋の庭先②


「近藤先生!」

 総司の顔がパッと明るくなった。勇は「息災か」と嬉しそうに声をかけた。


「いいところじゃないか」

 縁側に腰掛けた勇は、庭を褒めた。

「ええ。私も、この庭を見ていると癒されます」

 隣に座る勇の顔を、総司は直視できなかった。甲陽鎮撫隊が負けたという話は、瓦版で知った。信じたくなかったが、新八や左之助の話から、本当なのだと思い知らされた。今更言っても詮ないことだが、もしも自分のことを置いてさっさと甲府に向かっていれば勝機があったのではないかと思うと、後悔や罪悪感に苛まれる。

「総司。甲府では思うような戦果を得られなかったが、新選組は、何度でも立ち上がるぞ」

 勇の笑顔は、総司の思いを見透かしたかのようだった。心配するな、と言わんばかりだ。

「新しく兵を集めてな、百人は越えたよ。この調子なら近いうちに二百人は集まりそうだから、そうなったらどこか目立たないところに転陣して、会津に向かおうと思う。向こうで会津の兵と合流すれば、勝機はこちらに向いてくるだろう」

「会津かあ。行ってみたいですね。私たち、さんざん会津の皆さんにお世話になっておいて、会津に行ったことがないんですもんね」

「ははっ、確かにな。冬は雪深くなるらしいが、今は過ごしやすくなっているだろう。総司、早く治して来ないと冬になってしまうぞ」

 治る、という言葉が、総司には空虚なものに感じられた。自分の身体のことは自分がよくわかっている。もう、治らないのだ。それでも何か奇跡のようなことが起これば、また勇の隣で刀を振るえる日がやってくるのだろうか。その時自分は、少しでも勇たちの役に立てるのだろうか。そんな思いを、口にすることはできない。

「そうですね。すぐに治して、追いつきます」

 総司は、精一杯笑ってみせた。

「その意気だ。この戦にケリがついて、新選組なんていらないくらいな泰平の世になったら、お前は天然理心流五代目宗家として、試衛館を盛り立ててくれよ」

「泰平の世になったら、ますます道場は閑古鳥が鳴きそうですけど」

「そういうところも含めて盛り立ててくれと言ってるんだ。天然理心流の心は、子や孫の代にも伝えたいからな」

「宗家五代目、か。私に務まりますかね」

「お前以外に誰がいる。頼んだぞ」

「近藤先生は、どうするんですか。……戦が終わったら」

「そうだな。たま(※勇の娘)や子供たちに剣術を教えながら、総司の道場主ぶりをのんびり見届けるとするよ」

「そんな、お爺さんみたいなこと言わないでくださいよ」

「あはは、爺さんみたいか。……不思議だな。あれだけ、一介の道場主で終わりたくない、武士になりたい、徳川のため、国のために戦いたいと願っていたのに。いざ叶ってみたら、今度は道場でのんびり過ごしたい、なんてさ。人生というのは、結局ないものねだりなのかもな」

 総司は、そんなことを言う勇にいささか驚いていた。実際、なんだか勇が急に老け込んだようにも見えた。

「確かに、幕府というものがなくなった以上、武士は、どこに向かって生きていったらいいんでしょうね」

 それは、純粋な疑問だった。「まあ、私にはもう関係ないですが」と付け加えそうになったのを喉元で止めた。


 半時ほどいろいろと話をして、勇は「そろそろ行くか」と腰を上げた。

「また、来てくださいね。って、こんなところにしょっちゅう来られる程、暇じゃないと思いますけど」

「はは、暇を作ってでも、また来るさ。さくらや歳三も、今日は都合がつかなかったが、近いうちに顔を出すと言っていたよ」

「そうですか。じゃあ、お二人が来るのを楽しみにしてます」

 言いながら、総司は本当に「また」会えるのか、確信することができなかった。自分の身体があと数日しかもたないかもしれない。勇が、戦の最中さなか凶刃に斃れるかもしれない。

 ただ、それは今までもそうだった。隊務で命を落とす可能性はいつだってあった。朝何気なくかわした挨拶が最期になるかもしれない、そんな日々をずっと京で送ってきたではないか。

 だから、総司は笑顔で勇を見た。勇は、何かをこらえるように口をぎゅっと結び、がしっと総司の肩に手をかけた。

「総司、達者でな」

 勇の目を総司はまっすぐに見た。なぜか、目頭が熱くなってきて、目の前がぼんやり霞んだ。それが涙だと気づくと、すぐに袖でぐいと拭った。

「近藤先生も。ご武運を、お祈りしています」


 立ち去る勇の背中が見えなくなるまで、総司はずっと見ていた。生涯をかけて師と仰いだ侍の姿を、目に焼き付けようと思った。

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