植木屋の庭先➀

 千駄ヶ谷に、平五郎という植木屋の家がある。松本良順の伝手で、総司はこの家の離れで療養をしていた。

 京にいた頃、勇の妾宅にいた総司は命を狙われた。今も、新選組に恨みを持つ者に襲われる可能性がなくなったわけではない。植木屋という一見新選組に関係なさそうな場は、病身の総司が静かに過ごすのに適していた。

「皆、どうしてるかなあ」

 総司は、庭を見やった。流石は植木屋の庭というだけあって、美しく手入れされている。退屈な毎日を癒やしてくれる、心の拠り所である。

「瓦版でも買ってきましょうか?」

「ううん、いらないや。何か悪いことが書いてあったら嫌だし」

「そうですか。きっと、また合間を見て誰かが来てくれると思いますよ。近藤先生か、さくら様か、歳三兄様か……」

「うん。……そうだね」

 会話の相手は、歳三の親戚・里江だった。

 ここでの療養が決まった時、歳三が「看病人兼話し相手が要るだろう」と言って里江に白羽の矢を立てた。それを聞いた時、総司は心の臓が口から飛び出るのではないかと思った。里江にはかつて「妻にしてほしい」と頼まれたが、総司は修行中の身ゆえと断った。その後、消沈した里江は自害を計ってしまったのだ。一命をとりとめ決まっていた相手に嫁いでいったが、子も成せぬまま、夫は労咳にかかり帰らぬ人になったそうだ。

 里江は、あの時の罪滅ぼしができるのならと、今回の話をすすんで引き受けたという。

「お里江さんもこんなところで退屈でしょう。私のような病人の世話なんて、いつでも辞めていいんだからね」

「最初にも申しましたが、元より私はすでに死んだも同然、出戻りの身。このような厄介者が、少しでもお役に立てるなら本望です。たとえ病がうつっても、構いません」

「そんなことを言ったら駄目だよ。病がうつるなんて、そんなこと」

 総司は、京で出会った医者の娘のことを思い出していた。

 ――お福さんも、労咳はうつる病気かもしれないと言っていたなあ。

「ですから、気にされずともよいと。私は、好んでこのお役目を引き受けておりますゆえ。……お薬を、取ってまいりますね」

 里江がいなくなると、総司はふう、と安堵の息をついて、そんな自分を少し恥じた。里江は甲斐甲斐しく自分の世話をしてくれているのに。わかってはいるが、正直言って里江と過ごすのは気まずい。最初の頃よりは打ち解けた気がするが、今も少し気を遣って会話をしている。

 だが思い返せば、試衛館で一緒にいた頃はそれなりに仲の良い兄妹のような間柄だったのだ。あの一件のことを忘れてしまえば、いずれはかつてのように気楽に接することができるかもしれない。「なぜ自害など図ったのか」と里江を理解できず、なんにせよ彼女にそうさせてしまった己を責め、鬱々とした気持ちになったものだが、里江本人を嫌ったり憎んだりした訳ではない。

 お互いあれからいろいろと経験し年も重ねた。淡々と、大人同士としてつかず離れずの距離感で、この生活をしていけばいい。総司はそんな風に考えていた。先日見舞に来た左之助と新八も、同じようなことを言っていた。


「総司としちゃあ複雑だよな。まったく土方さんも何考えてるんだか。けどよ、お里江は悪いやつじゃねえし、どっちかっつーと、なんかこうちょっと色気が加わった? みてえな。昔のことは水に流してさ。世話したいって言ってくれてるんだから、甘えちまえ」

「うん、なんだかいい女になった。大人の落ち着きが備わったというか。まあ、昔の知人が身の回りの世話をしてるだけだと割り切ればいい。その方が治りも早い」

「あはは、そうですね」

 他愛もない冗談を交わせるのが、総司には嬉しかった。新八と左之助は、一隊を率いて会津に行くのだという。近藤先生たちは? と尋ねると、新八の顔が一瞬歪んだ。

「俺たちは先に行くことになってな。半月近く、会ってないんだ。けど、兵を集めて体勢を整えたら、会津に来るだろう」

「そうそう、薩長のやつらをよ、挟み打ちにしてやるんだよ」

 新八と左之助が、何かを隠しているのだと総司は悟った。しかし、二人の笑顔は総司に心配かけまいとするための笑顔だということもわかっていたから、それ以上は追及できなかった。

「そうですか。私の分まで、存分に戦ってきてください」

「ああ。だから、早く治せよ」

「待ってるぜ」


 ――待ってる、か。

 総司は再び庭に目をやった。甲府に行く時も、待ってもらった。そして結局応えることができなかった。そんな自分をまだ待つと言ってくれるのは、嬉しくもあり、重苦しくもあり。

 その時、足音がした。襖がからりと開き、里江が顔を出した。

「沖田様、お客様が。噂をすれば、ですよ」

 笑顔を浮かべる里江に促され、現れたのは、勇だった。



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