失ったもの④
八王子まで戻ってくると、新八や左之助たちと合流することができた。二人の率いる兵は、違う道順でここまで来ていたのだった。改めて全軍を集め、勇は皆を鼓舞した。
「今こうしている間にも、薩長の軍はこちらに向かってきている。勝機がある限り、最後まで戦うぞ!」
しかし、勇の熱弁むなしく、皆の目は冷ややかだった。
「これっぽっちの兵力で、本当に薩長の軍を迎え撃てると思っているんですか?」
「会津の援軍なんて、結局来なかったじゃないか」
そこにはもう、「隊長に意見するなんて」などと遠慮をする者などいない。だんだんと、非難の声は大きくなっていく。
まずい、とさくらは思った。
今まで新選組が勇を局長として回ってきたのは、ひとえに勇の人柄や人望によるところもあった。もちろん、不満を漏らす者や意見の異なる者もいた。だが、それは少数派であったし、かつて伊東甲子太郎が隊士をごっそり連れて脱退した時も、新選組の屋台骨は揺らがなかった。
だが今は。状況が違う。兵の大半が京にいた頃の新選組を知らない新参者だ。故にと言ってしまえばそれまでだが、甲陽鎮撫隊の結束力は風前の灯火であるように思えた。
「……すまなかった」
勇は、深々と頭を下げた。
「確かに、今回存分に戦えなかったのは、私の采配がよくなかったからだ。それは、認めよう。だが、だからこそ、次こそは必ず勝てるように、力を貸してくれないか!」
しかし、たった一言で急に皆の態度が軟化するほど状況は甘くなかった。冷ややかな視線が、勇に向けられている。
「予定通り、日野宿で体制を立て直す。皆、ここではゆっくり過ごしてくれ」
勇は諦めたように静かに告げ、その場は解散となった。
その後、勇はもともとの新選組幹部を集め、作戦を変更しようと持ち掛けた。
「皆の前ではああ言ったが、いろいろ考えてみて決めたよ。日野から撃って出るのはやめよう。川はあるが、基本的に戦をするのに有利な場所ではない。江戸に戻って、もう一度会津と共に戦えないか模索してみた方がいいと思うんだ。その方が、兵力も強大になる。薩長軍が江戸を総攻撃すると言われている日にちまでまだ少し猶予もあるしな」
「それがいいと思います」
新八が賛同の声をあげた。皆も頷いた。
「そこで、永倉君、原田君。二人はいったんここに留まってくれないか。まだ勝沼から着いていない兵もいるだろうから迎えてやってほしい。まあ、脱走したかもしれないから、正確な人数を把握することは難しいだろうが……。とにかく、後のことは任せた。今日明日で戻ってきた者を連れて、江戸まで行ってくれ。おれと、内藤君、島崎君は先に向かう。お互い、道中でできる限り兵を集めて落ち合おう」
新八と左之助は驚いたような顔をしていたが、「承知」と返事をした。
「斎……山口君は、手傷を負った者を頼む。もし江戸で本格的な戦となれば、回復は間に合わないだろう。どこか安全な場所……遠くはなるが、確実なのは会津だな。身を隠し、戦えるようになったら合流してくれ」
「承知しました」
こうして、新選組は三手に分かれた。さくら、勇、歳三はなんとか江戸に到着し、次の一手に向け各所手回しをしていた。最終的に五兵衛新田で屯所を構えるべく、歳三が準備に奔走することになった。
さくらは、勇に付き添って和泉橋にある松本良順の診療所を訪れていた。
「戦に行っても、無理はせぬよう申し上げたはずですよ」
松本は溜息まじりに勇の肩を診た。勇は痛みに呻いて、「面目ない」と呟いた。
「やはり、無理をしていたのか。松本先生、もっと叱ってやってください」
「ははっ、島崎さんもこうおっしゃってますから、しっかり診させてもらいますよ」
それから松本は言葉通り丁寧な診察と処置をしてくれた。ひとまず、大きく悪化はしておらず日常生活を送る分には問題ないだろうということだった。
松本の診察が無事に終了した頃合いに、新八と左之助が現れた。さくらと勇は診療所の一室で、二人が連れてきた者たちと顔を合わせた。共に江戸まで逃げ延びてきた新選組隊士数名の他に、新たに集まったという見知らぬ顔も何人かいた。
「大久保隊長。今ここにいない者も含め、ある程度の人数が集まりました。いつでも動けます。先に会津に向かい、来たる戦に備えようかと」
「会津に行くだと? どういうことだ」
勇の表情が、険しくなった。
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