失ったもの③

 歳三は馬を飛ばして江戸まで戻り、援軍をかき集めることに奔走していた。しかし会津の兵はおろか、有象無象の雑兵すら思うようには集まらなかった。

 予想はしていた。参戦に前向きだというのなら、最初の募集で軍に加わり、すでに今頃甲府に向かっていたはずだ。それでも、せめてもの足しにと兵糧の手配は話をつけ、歳三自身は再び西に向けて甲州街道を逆戻りしていた。

 この短期間で甲州街道を往復することになるとは。ひとりで街道を走っていると、ついあれこれ考えてしまう。勇やさくら達の方は、今どうなっているのか。戦況はどうなるのか。そもそもこの戦の意義とは……。

 

 会津の援軍が来ている、と勇は自軍の兵を欺いた。従来の新選組は、勇は、そんな真似はしなかった。勇は変わってしまった、という者もいるだろうが、歳三にはそうは思えなかった。今も昔もそこにいるのは、武士になりたいと、徳川への忠義を尽くすことが大事と邁進する勇なのである。

 ただ、状況が悪すぎる。正直、甲府を押さえるというのは無理筋だったと歳三は思っている。新選組だけではなく、主戦論を唱える者が次々と江戸から離れた場所での戦闘を指示されているという噂も耳にした。確かに、百万人の民が暮らす江戸の町を火の海にしたくないという思惑はわかる。だからこそ、甲府で敵を食い止めるといえば聞こえはいいが、実のところ、血の気の多い者たちを江戸から遠ざけるための方便だったのではないだろうか。

 勇は、気づいているのか。気づいていたとしても、この戦に手を抜くわけにはいかない。それは勇の信条に反する。歳三は、それをよくわかっていた。

 ――さくら、頼むぞ。勝っちゃんを、死なせないでくれ。

 手綱を握る手に力がこもる。驚いたのか、馬が突然啼いた。

「悪いな。日野についたら、少し休もう。それまで、がんばれるな」

 馬の背を、そっと撫でてやった。日野までは、あと少しだ。


 日野の佐藤家には、姉ののぶがいた。のぶの夫でもある彦五郎は春日隊と称する一隊を率いて、勇たちと同じく甲府に向かっている。がらんとして寂しい様子だったが、のぶは変わらぬ様子で歳三を出迎えた。が、その表情は険しい。

「歳三、大変よ。ついさっき、使いの方が来て」

 嫌な予感がした。歳三は頷き、のぶについて奥へと進んだ。その途中、すれ違った女性を歳三は二度見した。

「おまっ、なんでこんなところに」

 女性は申し訳なさそうに頭を下げた。何かを言いかけた様子だったが、先を歩くのぶがすかさず説明した。

「ああ、この前は会わなかったのね。いろいろあってね、今うちの仕事手伝ってくれてるのよ」

 何もわからない。いろいろとはなんなのか。気になるが、今はとにかくのぶが「大変だ」といったことの方が重要だ。後ろ髪を引かれる思いで歳三はのぶを追いかけた。

 案の定、だった。甲陽鎮撫隊は新政府軍とかち合い、江戸へ向けて敗走しているという。

「くそっ」

 間に合わなかった。勇の嘘を本当にすることはできなかった。あの人数、戦力で敵と対峙すれば、総崩れになるのは火を見るよりも明らか。歳三は、すぐに日野を出立した。女性――久々に顔を合わせた親戚・里江――のことなどすっかり忘れていた。


 再び西へ走っていた歳三と、わずかな兵を引き連れたさくら・勇が再会したのは、吉野宿に着いた時であった。小さな宿場町で歳三の洋装は目立つので、ひとまず三人で町はずれの廃寺に移動し互いの状況を報告し合った。 

「トシ……。すまない、おれが不甲斐ないばっかりに」

「俺の方こそ、援軍を連れてこられなかったんだ。不甲斐なさはお互い様だ。終わったことを気にするな。……とにかく、近藤さんが無事でよかった。サクも」

 さくらは笑みを浮かべ頷いた。さくら達も、歳三の状況を心配していた。まずはこうしてまた三人で会えたことへの安堵が先立った。しかし、ゆっくりと再会を喜んでいる場合でもない。「とにかく」とさくらは切り出した。

「急いで日野に戻ろう。今からでもまた兵を集めて、なんとか江戸の町中に薩長の軍が攻めてくることだけは阻止せねば」

「トシには何度もいったりきたりさせて悪いな」

「そんなことは気にするな。今は人集めが最重要だ」

 だが、事はそう上手くは運ばなかった。日野に着く前に、さくら達は難しい事態に直面することになる。





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