失意の船旅④


 江戸への到着を翌日に控える中、山崎の水葬が執り行われた。他にも数名の死者が出ており、合同での葬儀となった。その中には、見廻組の佐々木只三郎ささきたださぶろうも含まれていた。

「佐々木さんまで……」

 さくらは、変わり果てた姿の佐々木を前に、静かに項垂れていた。新選組が発足する前、初めて京へ上った時から、佐々木というのは何かと因縁深い男であった。結局、女だてらに新選組で武士たらんと戦うさくらを、認めてくれたのかどうか、今となってはわからない。何かと腹の立つこともあったが、もう文句を言っても聞いてもらえないのだと思うと無性に寂しかった。

「あなたの遺志は、私たちが継ぎますから」

 ひとつ確かなのは、佐々木が忠義に厚い立派な侍であったということだ。そのことに、さくらは敬意を表した。


「刀の時代は、終わったのかもしれないな」

 山崎たちが眠る大海原をぼんやり見つめながら、歳三がため息交じりに呟いた。一緒にいたさくらと勇は目を丸くして歳三を見る。

「サクは……見ただろ。あいつらの銃は、西洋から仕入れた最新式のものだった。あの服装だって、動きがよくなる。合理的だ」

「ほう。あなたなかなか先見の明がありますね」

 背後からの声に、三人はばっと振り返った。そこには、まさに西洋人のようないで立ちをした男が立っていた。鼻の下の髭が八の字にピンと伸びていて、さくらはあからさまに怪訝な視線を向けてしまった。

「ええと、どちら様で」

 勇の問いに、男はかっと目を見開いた。

「なんと。ご存知ない。まもなくこの船旅も終わるというのに。まあ、ずっと船長室と操舵室にいたから無理もないですが。私の名は榎本武揚えのもとたけあき。軍艦頭、開陽丸の船長です」

「こ、これはこれはご無礼をいたしました」

「構いませんよ。私は今、開陽丸を勝手に使って江戸へ逃げ帰ったどこかの将軍様への怒りで、他の無礼失礼に心を乱されている余裕はないのです」

 勇の謝罪にそう返した榎本に対し、三人は目を丸くした。将軍への「怒り」や「無礼失礼」なんて、幕臣なら思っても口にはしないことをはっきりと言ってのける様は、なんとも新鮮だった。

「ところであなた達は」

「え、ああ、私は、新選組局長の近藤勇と申します」

 私を知らないのか、無礼な、と言ったわりに、榎本もさくら達のことは知らないようだった。歳三が一瞬ムッとしたような顔をしたが、すぐに対外用の笑みを浮かべた。

「同じく新選組、副長の土方歳三です」

「一番隊、島崎朔太郎です」

 榎本はずずいとさくらに顔を近づけた。あまりの距離の近さに、さくらは一歩後ずさった。

「あなたが、女子の。ほうほうほう。これはある意味で、新選組というのは西洋よりも進んだ文化カルチャーを持っているのかもしれませんな」

「か、かる……?」

「うんうん。面白い。ただ、あなたのような人を『面白い』と言える人間は少数派マイノリティーだということを覚えておいてくださいよ」

「ま、まいの……?」

 よくわからない言葉にさくらが戸惑っているうちに、榎本は他の船員に呼ばれて行ってしまった。

「そうか、あの人が榎本さんか」

 勇はぽかんとした顔で呟いた。

「なんだ、知ってたのかよ」

 歳三の問いに、勇は「少しな」と頷いた。

「洋行帰りで、西洋の知識にも精通しているらしい。あの変な言葉は蘭語なのかなあ」

「それでか。なんだか、不思議な方だとは思ったが……」

 さくらは、先ほどの榎本の言葉を頭の中で反芻していた。マイノなんとかというのは、いい意味ではないことが、雰囲気でわかった。さくらが女であることは、方々に知れている。だからこそ、これからまた面倒なことが起きるかもしれない。榎本は忠告したかったのだろう。少し、冷や水を浴びせられたような気分だった。女子である自分が、容保に、慶喜に、皆に、認められたのだと、慢心していると言われれば認めざるを得ないのだから。

「うん、やはり……今まで会った幕臣の方とは少し、違うな」 


 その二日後、さくらは約三年ぶりに江戸の土を踏んだ。ここで心機一転、薩長を迎え撃てば必ずや幕府は勝てると、信じて疑わなかった。



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