兄との別れ②
翌一月四日は、新選組に出撃命令は出なかった。ほとんどの隊士が陣営にて休息を取り、怪我人は手当を受けた。そんな中、さくらはひとり、井戸端で青ざめていた。
――何も、今日でなくともよいではないか。
月のものが始まっていた。この調子だと、明日には腹痛に襲われるだろう。歳三に言えば上手く采配してくれるだろうが、甘えたくはない。さくらは今や一番隊隊長。戦線を離脱するわけにはいかないのだ。怪我をしたわけでもなく、動こうと思えば動ける。こんなところで、「これだから女は」と思われるのは御免だった。
不安はあったが、翌日を迎えた。思ったより、体調は悪くなかった。このままいつも通り戦えそうだ。何事もなかったかのように、隊列に加わった。
新選組は、千両松付近で新政府軍を迎え撃つよう指示を受けていた。総員で二手に分かれ、街道の東側と西側に布陣した。さくらの側には、源三郎率いる三番隊と、山崎率いる六番隊、そして何人かの見習い隊士が陣を構えた。
さくらの嫌な予感が、現実の光景として目の前で繰り広げられていた。旧幕府軍は、押されている。
新政府軍の兵は皆、銃を抱えていた。しかも、二日前は日暮れのせいでよく見えなかったが、どうやらさくら達旧幕府軍が主に所持しているゲベール銃とは違うようだ。足元に落ちていた弾丸を見ると、らせん状の溝がついており、円錐形をしている。初めて見る型だった。さくらはこれまでの訓練で、球体の弾を込めていた。
「ちっ、負けてたまるか」
銃の種類が違うからなんだ。さくらはあまり気にしないようにしていたが、事実として、新選組は防戦一方だった。敵陣に斬り込んでいくものの、頭上を、左右を、銃弾がかすめていくものだから思うように進めない。進んでは物陰に隠れる。土嚢の後ろから銃を撃ってみるが、狙いが外れる。焦りが生まれてくる。このままでは、埒があかない。
しかし、銃の威力は無限ではない。しばらくの後、銃声の音は少なくなった。
「しめた。やつら、弾切れを起こしたぞ。三番隊、突撃!」
「一番隊、行くぞ!」
源三郎が先頭に立って、土嚢の外側に飛び出していった。ところがこれが罠だったのか、次弾装填が驚くほど速かったのか。再び、銃弾の雨が降った。
さくらは、その場に立ち尽くしてしまった。先に行った三番隊の面々が、足元から崩れ落ちていく。
「新選組! 一旦退却!」
全体の指揮をとっていた歳三は、そう判断を下した。さくら達は敵に背を見せぬよう、後ずさりしながら、陣を敷いてある安全地帯に戻っていった。三番隊の面々は、軽傷者が重傷者を担いで、戻ってきた。
最も深手を負ったのは、源三郎だった。ざっと見ただけでも肩、腹、腕に銃弾を受けており、ヒューヒューと心もとない息遣いをしている。
「皆、すまなかった……。私が判断を誤ったばかりに」
源三郎の口から出たのは、三番隊隊士たちへの謝罪の言葉だった。
「井上先生、謝らないでください!」
「まだ戦えます。薩長に一泡吹かせてやりましょう!」
さくらはその様子を遠巻きに見ていた。今にも腰が抜けそうなのを、なんとか抑えていた。皆で励ましているが、源三郎がもう助からないであろうことは、誰の目にも明らかだった。
「源兄ぃ……?」
おそるおそる源三郎に近づいた。とうとう膝から崩れ落ちたさくらの目をじっと見て、源三郎はわずかに笑みを見せた。
「近藤先生に、よろしく」
一言だけ、残した。それきり、源三郎は目を覚まさなかった。
その顔は、穏やかだった。
さくらの脳裏に、幼き頃の記憶が、ふわっと蘇る。
――女子が剣術をやっちゃいけないなんて決まりがどこにあるんだよ。お前、女だからって馬鹿にされて悔しいなら、男よりも強い女になってみろよ。
思えば、それが原点だった。
「源兄ぃだよ。私をここまで連れてきたのは。……ねぇ、私、どうしたらいいの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます