親孝行③
周斎の訃報に思うところあるのは、歳三も同じであった。
自室で様々な書状に囲まれつつも、その内容には集中できていない。頭の中にあるのは、江戸東下時の周斎とのやりとりだった。
「勇からの文に、『さくらと歳三のこと、よろしく頼みます』と書いてあったが、どういうこった。詳しくは本人から聞いてくれって」
一杯食わされた。勇がそこに首をつっこんでくるとは。思わぬところでの手回しの良さに、歳三はもはや感心してしまった。
さくらからは、「公私混同は嫌だから、今までと変わらずいて欲しい」と言われている。それを「気持ちはあるものの」と前置きをつけたうえで額面通りに受け取っていいのか、暗に振られているのか、実はまだ判断がつきかねている。はっきりさせることを避けているとも言う。
遊郭界隈では何人もの女を相手に鳴らしてきたが、さくらのこととなると、経験則が役に立たず、調子が狂う。こんな状態で、よろしくも何もあったものではない。
だが、周斎の「興味津々!」という目を見れば、「なんのことでしょう」なんて白を切るのも憚られるし、「なんでもありません」などと言えば、「なんでもないわけないだろう」と食い下がられるのは目に見えている。実際これからどうなるかはともかく、自分の思いだけは話しておくか、と歳三は意を決した。
「時期が来たら……さくらを娶りたいと思っています」
周斎は目を丸くしたかと思うと、満面の笑みを浮かべ、「はっはっは!」と豪快に笑った。その様子は十歳くらいは若返って見えた。
「そっちの方はもう完全に諦めていたが、貰い手がいたか! しかも歳三ときたもんだ。こんなに面白えことはねえな! 長生きしてよかったぜ。なんだ、いつからだ? ん? そこまで言うってことはさくらの同意も取り付けてるんだろ?」
歳三は苦笑いしたが、周斎に悟られぬようすぐに真顔に戻した。
「同意というほどでは……。正式に夫婦になると約束したわけではないですが、時期がきたら、と」
「ほーう。いいぞ、持っていけ。いやーそれにしてもたまげたぜ。だがよかったよかった。すぐに祝言を挙げてもいいくらいだ。さくらの白無垢姿かあ。似合うかね、あいつ。色白とは言い難いし、あちこち傷跡だらけ、痣だらけだろ。着物で隠せるかね。まあなんにせよ馬子にも衣裳って言うしなあ」
「先生、気が早いです」
「気が早いなんてことあるもんか。もうとっくに三十過ぎてるんだ。遅すぎるくらいだろ。そうだ、最近なんかこう、ポトガラだっけ? 見たままを絵に描けるやつがあるんだろ。あれで描いて送ってくれよ」
楽しそうな周斎の笑顔が、脳裏に蘇る。
――白無垢、見せ損ねちまったな。
歳三はフウとため息をついた。
***
周斎が亡くなったことで勇の「親孝行のために祝言を」という論理は破綻し、さくらは中止を訴えた。それでも勇は「タミさんに悪いだろう。せっかく衣装も用意してくれているのに」と諦めなかった。そこで折衷案として、周斎の四十九日が明けるまで延期ということで折り合いがついた。時が経てば勇の「祝言をやりたい熱」も収まり、うやむやになるのではないかとさくらは密かに期待していた。
そして、実際四十九日が過ぎる頃には、祝言どころではなくなっていた。
十二月に入ると、新選組を取り巻く環境ががらりと変わる出来事があった。王政復古の大号令である。
大政奉還以降、幕府が政権を朝廷に返上したとは言え、実質的な国の舵取りは徳川で行うものだろうというのが、大方の見通しであった。それは将軍慶喜自身はもちろん、大多数の藩、朝廷もそう考えていた。
だが、これでは結局意味がないと考えたのが薩長である。徳川の世を完全に終わらせるべく、「王政復古の大号令」を発し、朝廷を中心とした「新政府」ここにあり、と全国に知らしめてしまったのだ。
これにより二条城に詰めていた慶喜は京を追われ、大坂へ下ることになった。新選組は主が不在となった二条城の警護を任された。
「遅かれ早かれ、大坂に拠点を移さなければならなくなるかもしれないな」
勇が苦々しげに言った。明日どうなるか、明後日どうなるかもわからない。このすぐ後に、新選組は伏見奉行所への駐屯を命じられることになる。結果的に、不動堂村に構えた屯所はわずか半年ほどで撤退を余儀なくされた。
呑気に祝言などできるはずもなく、めまぐるしく変わる時勢にさくら達は翻弄されていくことになる。
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