親孝行➀

 討ち取った御陵衛士四名の遺体は、数日間そのまま七条油小路の辻に晒された。残党が遺体の引き取りに来るかもしれないと踏んでのことだ。もちろん、その時は捕縛し、斬る。

 だが、彼らはついに現れなかった。同じ罠に二度はかからぬということだろう。向こうだって馬鹿ではない。新選組側も、想定はしていた。

 もうこれ以上晒しておいても仕方がないという段階になって、ようやく新選組で彼らの葬儀を執り行った。


 さくらは、斎藤と共に一連の顛末を話しがてら総司を見舞った。万が一のこと――たとえば御陵衛士の残党や、坂本龍馬暗殺犯を新選組だと信じている者たちが屯所を急襲するような事態――が起きた場合に備え、総司は今、屯所を離れ勇の妾宅に身を寄せている。

 あの夜、油小路で何が起きたのか。すべてを聞いた総司は、虚ろな表情を浮かべた。近ごろずっと青白かった顔が、ますます青白くなっていくようだった。

「そうですか。平助が……」

「すまぬ。一旦は逃がせたと思ったのだが」

「島崎先生のせいじゃありませんよ。そういう場なんですから。平助だって、覚悟してたはずですし。……出動できなかった私に、とやかく言う筋合いはありません」

「今回のことで、御陵衛士を全員仕留められたわけではない。また一戦交えることもあるかも知れぬ。その時は総司、お前にも出動してもらわねばな。だから早く治せ。一番隊は私が仮で預かっているだけだ。必ずまた、あいつらを率いて前線に出ろ」

 一番隊の隊長代理にさくらを推したのは、他でもない総司本人だった。さくらとしては素直に喜べる話ではなかったが、「総司が元気になるまでの期間限定だからな」と言い含めて依頼を承諾していた。そのことを思い出したのか、総司は笑顔を見せた。だが、絞り出したような笑顔だった。

「ふふ、承知しました」

 またすぐ来るからと告げて、さくらと斎藤は妾宅を辞した。


 斎藤は総司の病状が進んでいることにひどく驚いているようだった。無理もない。御陵衛士の一員として斎藤が新選組を離れた時、総司は少し咳こそしていたが、問題なく隊務に励んでいたのだから。

「沖田さんは、どうなってしまうんですか」

「医者の見立てでは……一年もてばいい方だろう、と」

「そんな」

「もう、総司が床を出ることは叶わぬかもしれん」

 斎藤は、俯いたまま何も言わなかった。総司のあの様子では、さもありなんと思ったのだろう。


 屯所は目と鼻の先だというのに、斎藤は明後日の方向に歩き出した。

「斎藤? どこに行くのだ」

 斎藤はけろりとした表情で、髪結処ですと答えた。それならばとさくらが別れようとすると、斎藤に引き留められた。

「島崎さんも行くんですよ。局長から、連れていくように言われています」

「私は今、髪は伸ばしているし、自分で結えるぞ」

「そうではなくて、とにかく行きますよ」

 不思議に思いながらも、さくらは斎藤に連れられ髪結処に足を運んだ。この髪結は新選組が上洛当初から懇意にしており、特に女将のタミにはさくらが諜報活動を行う時の変装を手伝ってもらうなど、何かと世話になっている。 

「さくらちゃん、久しぶりやなあ。待っとったんやで」

 タミは嬉しそうにさくらを出迎え、奥に通すと有無を言わせず打掛を羽織らせた。赤地に繊細な金の刺繍が施され、ずしりと重い。良質な布地が使われていることが一目でわかった。ああでもないこうでもないと言いながらてきぱきと採寸しているタミに、さくらは戸惑いがちに声をかけた。

「タミさん、あの、こんな豪華な着物、諜報活動には向いてないというか……遊郭に潜入するような用事も今はないですし……」

「何言うてはんの。これはさくらちゃんの花嫁衣裳。うちに用意させてもらえるなんて、こんな嬉しいことがあるやろか」

「は、花嫁衣裳!? おい斎藤、どういうことだ」

 さくらはずるずると打掛を引きずって、襖を開けた。隣の部屋で待っていた斎藤は涼しい顔をして、上から下へとさくらを見た。

「正面きってしまうと島崎さんは照れて抵抗するだろうから、と局長が」

「だから、それ以前の問題で」

「もうさくらちゃん。照れたらあかんえ。副長はんと祝言挙げるんやろ?」

「はっ……!?」

 タミの笑顔と、斎藤のしてやったりと言わんばかりの顔に、さくらは言葉を失った。


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