敵は、かつての同志也②
伊東は新選組の内情にも通じている。倒幕派に情報が流れるかもしれないという懸念がある分、単なる薩長の志士と違ってたちが悪い。
御陵衛士を、排除する必要があった。
勇は屯所から程近い場所にある自身の妾宅に、伊東を招いた。御陵衛士が活動資金に少々難儀しているという話を聞いていたので、新選組の方で融通するという話を持ち掛けたのだ。伊東は単身やってきて、勇と歳三に出迎えられた。まず、話題は三日前の坂本・中岡暗殺のことだった。
「巷ではもっぱら新選組の仕業なんて言われていますが、とんでもない。貴重な情報源ですから調べもせずに斬ったりしませんよ」
言いながら、勇は伊東の杯に酒を注いだ。妾の
「そうでしょうとも。私はね近藤さん、坂本殿は別に極悪人だとは思わないんですよ。ただ思想が少し違うだけで、日本の行く末を真剣に考えていたという点では我々とそう変わらない。私としてはおおいに同意できるところもありましてね。これからは、一和同心。徳川だけでなく有能な人材を広く募り、合議を重ねて国を動かしていくのがよい、という坂本殿の考えは、十分理にかなっていると思うのです」
「ほう。それでは伊東さんはこのまま幕府がなくなり、日の本が薩長の意のままになることも致し方なしとお考えですか」
歳三が伊東を睨みつけた。伊東は少し慌てた様子で「そういうわけではござらん」と否定した。
孝が、追加の酒を持ってきた。勇と歳三は伊東に気づかれないよう目配せした。彼の腹のうちがだんだん読めてきた。作戦通り、とにかくしこたま酒を飲ませなければ。
同じ頃、さくらは妾宅から程近い路地で建物の影に隠れ息を潜めていた。鉢金などの防具を身につけ、完全なる戦闘態勢である。傍に控えるのは
他にも、幹部級の隊士や腕の立つ隊士、選りすぐりの面々が、あたり一帯で待機していた。大捕り物の様相である。それだけ、来たる戦いへの警戒心があった。
伊東を、討つ。勇たちが酒で酔わせる算段にはなっているが、油断はならない。何しろ、彼は北辰一刀流の使い手だ。
さくらはかつて、初代局長・
――結局、私たちはあの頃から変わっていないのかも知れぬな。
胸中で自嘲していると、鍬次郎が「来た」と呟いた。
視線の先には、提灯を持った男が一人。ふらつく足取りで歩いている。月明かりも味方した。伊東に違いない。
さくら達は抜き身を構えたまま、伊東の前後を囲むように通りへ躍り出た。虚を突かれた伊東は目を瞬かせ、あたりを見回した。
「伊東先生、お久しぶりです。お命、頂戴しますよ」
鍬次郎がニヤリと笑った。次の瞬間、正面から一太刀。慌てて抜いた伊東は、闇雲に刀を振り払った。だが、遅かった。伊東は、鍬次郎の一刀をまともに食らった。
「この、奸賊ばら……!」
伊東はその場に崩れ落ちた。だが、最後の力を振り絞って、ぶん、と刀を振り回した。
「ぐわっ!」
「鍬次郎!」
鍬次郎は刀を取り落とし、足を抑えた。さくらは鍬次郎を一瞥して命に別状はなさそうだと判断し、伊東に斬りかかっていった。向こうから来ていた信吉とともに、思い切り伊東に止めをさした。
ハアハアと息を切らせながら、さくら達は刀を収めた。
「鍬次郎、大丈夫か」
「はい。かすり傷です。問題ありません」
あの状況で鍬次郎に斬りつけるとは。やはり、伊東は侮れない。「奸賊ばら」と声を上げた時の伊東の鬼気迫る目つき。酒に酔っていたというのにあれでは、素面ではどうなっていたことか。さくらは深呼吸して自分を落ち着かせた。
「それでは、手筈通りに」
声をかけ、さくらは他の潜伏隊士に状況を知らせるため、その場を離れた。
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