敵は、かつての同志也➀
新選組副長・
「源さん、これが市中に出回ってるんだな……?」
「そうだ。坂本龍馬と中岡慎太郎が何者かに殺された。世間ではすっかり新選組の仕業ということになっているよ」
源三郎が市中巡察で見たものは、「また新選組がやりおったで」と話に花を咲かせる町民の姿だったという。
こんなことになったのは、ひとまず一命をとりとめた中岡が、うわごとで「新選組……」とつぶやいたのが発端のようだ。倒幕派の志士を急襲するなど、新選組に違いないという人々の先入観も手伝ったのだろう、噂は瞬く間に京の市中に広がっている。
だが、濡れ衣だ。
さくらと山崎がたまたま目をつけた近江屋で激しい物音を聞き駆けつけたところ、すでに二人は斬られていたというのだ。それに、新選組としては坂本らを生け捕りにして話を聞けるならそうするが、殺そうというつもりはなかった。
さくら達は現場で二言三言会話をしたという。その声を中岡が聞いていたに違いない。女の声だ、すなわち新選組だ、と。
倒幕派の間でも、新選組に女の隊士がいると薄々ではあるが感づかれているようだ。新選組内での箝口令が解除されてからというもの、「島崎朔太郎は女だ」というのは新入りの隊士にいたるまで知れ渡っている。いずれ敵方の話題にも上るようになるだろうと、想定はしていた。だが、こんな形で問題になるとは。
「ちっ、面倒なことになったな」
「まあまあトシさん、我々も巡察と並行して下手人を探すから」
「頼んだぞ」
源三郎はにこりと笑って頷くと、副長室を出ていった。
歳三は、山崎からの報告書や瓦版に改めて目を通した。本当の下手人が誰かはわからないが、その人物を捕まえない限りは、新選組の仕業だという話は覆せないだろう。
これまで、多くの倒幕派を斬ったり捕まえたりしてきた。すでに恨みは十分に買っているが、これでますます無用に恨みを買うことになる。報復として命を狙われる可能性もあるため、隊士たちにも注意喚起をせねばなるまい。
今、こんな仕事を増やしている場合ではないのに。歳三は溜息をついた。書状を乱雑にまとめ、文机に置くと自室を出る。向かう先は局長室だ。
***
新選組局長・
「伊東さんは、もはや”振り”ではなく、本心から倒幕派に与するものと思われます」
斎藤は新選組側の密偵として御陵衛士に紛れていた。とは言え、新選組と御陵衛士の間には互いの隊を行き来することを禁ずる約束があったため、よほどのことがない限り、斎藤は新選組との露骨な接触は控えていた。それが今回ついに御陵衛士を抜け出して屯所に戻ってきたのだから、伊東の不穏な動きはもう看過できないところまできているというわけだ。
数ヶ月前のことである。新選組への情報提供が滞っていた時期に、御陵衛士は幕府に弓引いた長州藩に対し「寛大な処置を」という建白書を出していた。伊東は敵の目を欺くためだと説明していたので特に咎められなかったが、斎藤の話によれば建前だったのではないかという。
「百歩譲って、当初はそうだったかもしれませんが、最近の様子を見ているとどうにも信じ切れず……。大政奉還の報を聞いた時も、素晴らしい策だと話していて」
「ふん、何が素晴らしい策なもんか」
歳三は吐き捨てるように言った。もともと大政奉還には反対していて、「何考えてんだ、あの将軍様はよ」と、悪態をついていたほどだ。徳川への忠誠心はもちろんあれど、慶喜個人を慕う気持ちはあまりないらしい。
「それで、斎藤君は……伊東さんが、寝返ったとみて間違いないというんだな」
勇が神妙な面持ちで言った。斎藤は、こくりと頷いた。
「寝返った、というと語弊があるかもしれませんが、少なくとも『幕府が存続する必要はない』という立場はもはや明確にしています。坂本龍馬のもとを訪ねていたというのが本当なら、そのあたりの意見交換をするためだと思われます。今後戦になった時、どちらの側につくかとなったら、薩長の味方をする可能性は高いです」
勇は「うむ」と言ったきり俯いた。さくらは勇と斎藤を交互に見つつ、今聞いた話を頭の中で反芻した。斎藤は洞察力に優れた男だ。伊東の発言や行動から導きだした「完全に寝返るかもしれない」という見立ては、あながち外れるものではないように思う。
「近藤さん。こうなりゃ……やられる前にやるしかない」
歳三の提案に、「やはり、そうだよな」と勇は呟いた。
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