最終話

 奇怪な雰囲気の漂う森を、少女は駆けていた。

 誰も追いかけてはこなかった。

 暫くすると戦闘の音も聞こえなくなった。


 アリスは泣いていた。

 生まれてすぐに感じた孤独を思い出していた。


 アリスは彼が本当の父親ではないことを知っていた。

 自分と周囲の人間との違いに早々に勘づいていた。

 そして、彼が何かしらの負い目を感じていることを子供ながらに察していた。


 その上でアリスは彼を父親として愛した。

 逃げ出したのは、娘として父親の意志を汲んだからだ。


 逃げなきゃいけない。生きなきゃいけない。 でも――


「誰か……誰かパパを助けて!」


 その声は虚しく森に木霊した。


「きゃっ!」


 アリスは転んで、自分の無力さにまた涙を流した。


「誰か……助けて……」


『いいよ。助けてあげよっか』


 アリスのボヤけた視界に、確かに誰かの靴が映った。

 母の胸で眠るような安らぎを与えるその声の主は、慈悲の籠った優しい笑顔で微笑んでいた。



『ようこそ。ボクたちのワンダーランドへ』



~~~



「なんで……どうして、そんなに強いのよ」


 憲兵から奪った槍で甲冑ごと貫き、迫リ来るグリフォンの大群を次々と葬ったところでそいつの顔が歪み始めた。


「ただのこそ泥のはずでしょ! 何よ、そのデタラメな強さ!」

「……俺が今まで、どれだけグリフォンの群れを相手にしてきたと思ってる」

「群れ? 嘘おっしゃい! グリフォン一匹ですら兵士を30人集めてやっと倒せるくらいなのよ!」


 俺の命などどうでもよかった。

 ただ妹の薬を買うために必死だった。


「ここまで来れたのはあの子の能力かと思ってたけど、あなた自身の身体も特殊らしいわね。……まあいいわ。それだけの傷を負えば、もう長くはもたないでしょ」

「……ごぼ」


 血の塊を吐き出す。

 不覚だ。こんなヤツらに遅れをとるとは。


「…………うッ」


 背中から槍を突き刺される。

 臓器はボロボロ、出血が止まらない。

 立ってられるのが不思議なくらいだ。


 ……アリスは逃げられただろうか。


「まだ……死ね、ない」


 死んでもここを通さない。


「なんで倒れないのよ……なんなのよ、あなた!」


 そいつは怖気付いて尻もちをついた。

 悪魔でもら見るかのような目で怯えている。


「……そう。あなたの勝ちよ。最後に名前を教えてくれないかしら」

「ないさ、そんなもの。生まれた時から、ずっと」


 『お兄ちゃん!』『パパ!』

 お前らがそう呼んでくれるなら、名前なんていらない。

 いつまでも、何度でも、そう呼んで欲しかった。


 俺はそいつの首をはねた。

 静寂が臨む。

 あたりには夥しい数の死体が転がり、俺は出血と返り血でおぞましい姿に変貌していた。


 俺は仰向けに倒れて、曇天を見上げていた。

 妹が死んだのは快晴の青空だった、なんて思い出しながら。


『お兄ちゃん』


 そう呼ばれた気がした。

 どうやらお迎えのようだ。

 もっとも、俺はあいつと同じ場所にはいけないだろうが。


『ホント頑張りすぎだよ、お兄ちゃんは。病気だった私を養うために危ないことしてさ』

『そうだな。頑張ることしかできないからな。でも、これからはそばにいてやれる』

『うん。じゃあ、一緒に行こっか』


 俺は妹に手を引かれて光の階段を登った。

 目の眩むような銀髪を靡かせ、女は色とりどりの花束を抱えて支度を整える。



~~~



「どこへ行くんだい?」

「あ、ごめん。起こしちゃった?」


 朝六時の出来事、その娘と夫は眠気まなこを擦りながら行先を尋ねた。


「今日はお父さんの命日だから。たまには会いに行ってあげないと可哀想でしょ」

「アリスのお父さんか。僕も会ってみたかったな。どんな人だったんだい?」


 アリスはその質問に輝く笑顔で答えた。



「私のことを誰よりも愛して、私に人生を与えてくれた人だよ」

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グリフォンの娘と”刷り込み”代理パパ 湊月 (イニシャルK) @mitsuki-08

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