最終話 タイヨウが舞い降りた日

時は遥かに巡り、2072年。

横浜での計画から実に半世紀も経過した頃。


2122年の未来から来た太陽と東野が三日月に出会ったことで彼自身もその周りも変え、皆が相互作用する事で多くの歴史が正史から遥かに良い方向へと変わっていった。


本来正史ではこの年でディストピア化のターニングポイントとなるはずだった世界大戦が起きなかったのはその大きな1つだ。


よって戦後の分断や〈ゲットー〉という概念自体がなく、10年前に枯渇した石油に変わるエネルギーとして〈レーソニウム〉が完全に社会に浸透したことで平和な年を迎える。


世間では伝説の科学者と呼ばれ75歳となった三日月は、役目を終えたことで惜しまれながらも現役を引退し、東野と共に計画して育て上げた次世代の子供たちに会社を明け渡した。


隠居生活に身を置いた彼は、引退初日の昼間から自宅のテラスで東野と酒を飲み交わす。


「相変わらずあまり眺めが良くないな。今更だが三日月、お前何でこんな公園の目の前に家を建てた?」

「……良く見えるから、あの桜の木が」


三日月はやんわりと微笑むと、公園の真ん中に鎮座する巨大な桜の木を眺める。旬をとうにすぎ枝には新緑の葉っぱで溢れている。

彼にとって、そこは出会いの場所だった。

懐かしい記憶に思いを馳せる。


そんな三日月を尻目に、東野はぐるりとワイングラスを回す。


「春なら悪くないけどな。しっかしこの辺も随分変わっちまったなー」


昔ながらの公園とは対照的に、周りには近代的なビルが立ち並び、空には配達ドローンやエアカーが飛び交う。


「お前も随分白髪もシワも増えたもんだよ。出会った時はヒゲすらなかったのにな」

「流石にヒゲは剃ってたよ。そういう東野さんだって長髪白髪で仙人みたい」

「俺はお前の8つ上だから当然だ。もう83だぞ。にしても、東野さんっていい方と口調は昔から変わんねぇな」

「でもそれが僕らしさだよ」

「だな。確かにお前らしさだ。そして俺は俺らしい」


楽しげに笑う東野は再び空を見上げると、ビルの隙間から流れる雲を見つめる。

しばらくの沈黙の後、徐に口を開いた。


「……三日月、お前には感謝してる」

「改まってどうしたの?」

「この時代に来て、お前のお陰で俺は人生をやり直せた。新しい自分になって初めて正しい事が出来たと思えたんだよ。この50年間、本当に素晴らしい人生を送れた」

「……僕もだ」

「ま、でも充実した生活は我が愛しい妻圭華のお陰だからやっぱお前には半分感謝だな!」

「何だよそれ。東野さんも相変わらずだな〜」


苦笑する三日月に、東野はワインボトルを手に取ると三日月と自分のグラスへ残りの赤ワインを注ぐ。


「何はともあれ、俺たちはやり遂げたんだ。まずはその功績を改めて称えよう。社長、今までお疲れ!」

「そうだね。副社長もお疲れ様」

「初めてちゃんと呼んだな」

「やっぱり変な気分だね」

「んーやめだ!三日月、残りの人生楽しむぞー」

「おー!ってあんま無茶すると腰に響くよ」


グラスを合わせた2人はその日夜までひたすら酒を飲み、お互いよく笑い合った。

真夏と圭華が家に帰った時には2人はテラスでぐっすりと眠りに落ちていたのだった。



平和に時は巡り、その瞬間は突然訪れる。


三日月の1番の理解者であり親友でもあり続けた東野は、彼らが昔開発した癌鎮静化作用のある医療薬の影響で長生きしたものの、2089年に100歳で永眠。

妻の圭華も後を追うように翌年99歳で亡くなった。


しかしそれだけに留まらなかった。

長年連れ添って三日月を支え続け、結婚から66年間1度も離れることがなかった最愛の妻である真夏も4年後の2093年。96歳で天国へと旅立ってしまう。


「一緒に変わっていく世界を見てこれたし、何よりずっと大好きなあなたの傍にいられた。三日月くん、私に幸せな人生をくれてありがとう」


泣き喚く三日月と対照的に、そう死の直前まで笑顔で彼に語り掛けて。



ついに身近な愛する人たちが皆いなくなり、いよいよ三日月は打ちひしがれてしまった。

精神的に疲れ果てて一気に衰弱した彼は翌年には病院暮らしになってしまう程であった。



そんな大きな彼に転機が訪れたのは、真夏が逝去してから実に6年が経った2099年。

ドイツはネルトリンゲンの聖ゲオルグ教会地下で〈レーソニウム〉を発見してから、実に74年も経った102歳の春のことだった。


身も心も病室で枯れ葉同然だった彼の元へ、なんと子供が産まれたという孫が親族総出で訪ねてきたのだ。


彼は、産まれたばかりのひ孫の女の子と病室のベッドで対面する。


母親となる孫の手に抱かれた女の子を間近に見た三日月は、その弱った視力で彼女の小さな左手首に丸い太陽型のアザを捉えた。


「ッ!!」


刹那。

息が止まり、全身が震え上がり血が沸き立つ。


「……あぁ。やっと出会えた」


同じく絞弱った喉で一言一言搾り出すように呟いた彼は、シワだらけの手で彼女の色白で艶やかな左手にそっと触れる。


過去を変えるために100年後から来て、そしてあの日突然消えてしまった君。約束通り、僕は長生きしてずっと待ち続けていたんだよ。


口には出さずとも、そんな想いを彼女の小さな掌に託す。

想いが通じたのかはたまたは偶然か、ぎゅっとか弱い力で健気に握り返す小さな手に、彼は堪らず口を開いた。


「本当に本当に。産まれてきてくれありがとう。……太陽」


たったの1つの言葉さえ零さないように、ゆっくりゆっくりと彼女の名前を呼ぶ。

彼女の無邪気な笑顔を見て満足した彼は、涙を流しながら静かに瞳を閉じた。


視界の全てが闇に消え、子供や孫たちの必死の呼び掛けも段々と遠くなる。


そして完全に音すら消え、最後に意識が途切れる直前。不意に以前死ぬ間際に祖父が放った一言を思い出す。


「〈生きている内だけが人生〉。……おじいちゃん。僕も後悔を残さずやりたいことをしっかりと、やりきれたよ。この手で運命を変えられた」


同年。

三日月は、子供からひ孫まで含めた大勢の親族一同に見送られながらこの世を去った。


同時に曾祖父である彼に太陽と名付けられた1人の少女は、ここから新しい人生を歩み始めていくのである。



END

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タイヨウが舞い降りた日〜100年後のディストピア世界を変える時の旅路で〜 さあめ4号🦈 @uverteima81

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