風のフウタのあのね 🍃

上月くるを

風のフウタのあのね 🍃




 ときにソヨソヨ、たまにピューッと吹きながら、風のフウタは少し不満なのです。

 だって、色も匂いも形もないせいか、だれも存在に気づいてくれないんですもの。


 空の雲を動かしているのも、木々の枝葉や草花をそよがせているのも、洗濯ものを乾かし、鳥の毛を逆立て、砂埃を舞わせているのもフウタなのに、だれひとり……。


 

      🌺



 いまを盛りと咲き誇る赤、白、ピンク、黄色の薔薇の花。

 「立てば芍薬座れば牡丹」と俗謡に謳われる華やかな花。

 

 垣根越しに淡い桃色や真っ白の可憐な花を見せる夾竹桃。

 雑草と見まがわれやすい蛍袋、紫露草、月見草、姫女苑。


 稲田の水鏡に羽を映してみてから立葵に舞ってゆく蝶々。

 傾斜のついたせせらぎを一直線に流れてゆく蓬や花菖蒲。


 太い首に虹色もようを巻いた鳩や砂浴びに夢中の雀どち。

 だれもいない平日の公園のブランコや砂場の青いバケツ。


 ヤンチャ盛りの葱坊主&咲くはしから散り急ぐ芥子坊主。

 背中に長い日除けをはためかせた揃いの帽子の保育園児。


 色づき始めたブルーベリーの実&宙に咲くマーガレット。

 江戸末期から明治大正の銘記がある観音像や猫の石仏群。


 

      🌎



 善人なをもて往生をとぐいわんや悪人をやのおじいさん。

 弁解の習慣を持たないので誤解されたままのおばあさん。


 職場での不当な仕打ちを家族に言えずにいるおとうさん。

 仕事家事育児介護 etc.の暮らしに疲労困憊のおかあさん。


 地球やこの国の将来への漠然とした不安に怯える高校生。

 級友や大人の言葉のバイオレンスに傷ついている中学生。

 

 クラス替えを心待ちにしているor逆に恐れている小学生。

 おうちに居たい日にもそのことを言えずにいる保育園児。



      🐙



 世の中の出来事でフウタが触れないものはなにひとつないのに、目に見えない風のことはだれも気にせず、まして「ご苦労さま」「お疲れさま」のねぎらいなど……。

 

 むかしからその辺に吹いているのが当たり前だと思っているんだろうね、きっと。

 独り立ちしたばかりのフウタには、そのことが物足りなく感じられてなりません。


 承認欲求? 昨今のさびしい人間界で話題になっているけど、風だって同じだよ。

 だれも褒めてくれないのにただ吹いているだけなんて、さびし過ぎるじゃないか。




      🔰🔆💲💱



 そんなフウタを心配した両親がそれぞれの持ち場から駆けつけて来て、心得ちがいを話して聞かせました……そうです、むかし、自分たちもそうしてもらったように。



 ――だれも風のことを気にしてくれないと思ったら大まちがいさ。

   人間が見ていてくれる証拠に、やさしい歌が残されているよ。



 たとえば、大正デモクラシーで「赤い鳥運動」が盛んだったころに誕生した唱歌が『誰が風を見たでしょう』(西條八十詞・草川信曲 「誰が風を見たでしょう 僕もあなたも見やしない けれど 木の葉をふるわせて 風は通りぬけてゆく……」)。


 それから、フウタのおじいちゃんが現役まっさかりのころで、ちょうど先回の東京オリンピックで日本の景気が上向いている時代に盛んに歌われた唱歌が『風は見た』(宮沢章二詞・佐野量洋曲 「風は見た 風は見た 山で見た 狭い小さな学校に 山の子どもが集まって 小鳥といっしょに 朝のうた 歌っているのを ……」)。



      🎶



 聴いてみればたしかに! 風の存在がリスペクトされた、格調高い詩&音楽です。

 自分の考えちがいを悟ったフウタは、愚痴を言うのはやめようと思い直しました。


 どこぞの女性作家が言った花ほどではないにせよ、風の一生も永遠じゃないけど、気持ちしだいで、いわゆるリア充になったりならなかったりするんだろうな……と。




      🔆💲💱🐫



 えっ、フウタのおじいちゃんのことですか。

 これはこれは、話があと先になりましたね。


 自分という風は、風の一生を十分に生ききった……そう悟った年寄り風は、愛する家族にも告げず、ひっそり引退するのです、そう、伊賀や甲賀の忍者みたいに。🥷


 そして、海峡を越えて大陸へ渡ると、羊飼いの少年を応援したり、ゴビ砂漠に点在する風葬の五色のぬさをカサコソと鳴らせたりして、しずかな余生を送るのです。🐑

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風のフウタのあのね 🍃 上月くるを @kurutan

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