第21話 女子たちのティー会議

 ポロロン、ポロロン、と。


 柔らかいピアノの音色が訪れる。


「すごーい、こんな素敵なお店を知っているだなんて……えみりん、伊達に歳を取っていないね」


「白川さん、どうぞお帰り下さい」


「うわーん、何であたしだけ~!」


優奈ゆうな、今日はせっかく、保科ほしな先生に誘っていただいたのだから。あまり失礼なことを言ってはダメよ」


「さすが、道長みちながさんね。私が認める数少ない人物」


「恐縮です」


「ちっ、そのドスホルぱいも恐縮しろよ」


白川しらかわさん、ゴーホーム?」


「うえ~ん!」


 と、優奈が泣きまねをする一方で……


「き、緊張しちゃうなぁ~」


「アハハ、リラックスして行こう」


 栗原くりはらこりすと、遠藤敦実えんどうあつみもそれぞれの面持ちでこの場に佇んでいた。


「では、そろそろ始めましょうか」


「てか、えみりん。今日、わざわざ来てあげたのは、児玉くんに関することだからだよ~?」


「ええ、そうね」


「児玉くん……ハァハァ、名前を聞いただけで動悸が」


「おい、ドスホル。そんなペースじゃ最後まで持たないぞ」


「ごめんなさい」


「……ご覧の通り、我が学園きっての美少女、道長さんをここまでトリコにしてしまう彼……児玉清成こだまきよなりくんについての話し合いを始めたいと思います」


「児玉きゅんの話をするのは全然ウェルカムだけど、何でえみりんがそんなこと気にするの? やっぱり、児玉きゅんのことが好きなの?」


「違います」


「否定はやっ」


「良い男の存在は、女の気持ちを高ぶらせてくれますが……限度を超えると、蝕み、そのことしか考えられない、ただの恋愛メスブタに成り下がっちゃうわ」


「えみりん、きょうこりんはメスブタじゃなくて、ホルスタインだよ? ドスケベホルスタイン」


「白川さん、ちょっと黙っていてちょうだい。お口に大量のケーキをぶち込むわよ」


「ひどっ……でも、それも悪くないかも」


「おやおや、君もドMなのかい?」


「えっと……遠藤さん、だよね? まともに喋るの、初めてだけど」


「やあ、白川優奈ちゃん。君の名前も、ちゃんとボクの耳に届いているよ」


「え、本当に?」


「うん、飛び切りの美少女だって」


「やん、もう♪」


「道長杏子さんの次に」


「……ふん」


「そして、可愛い、可愛い、栗原こりすちゃんと来たもんだ。まさか、今日はボクのハーレムタイム?」


「え、遠藤さんは……やっぱり、ソッチの人なの?」


「ソッチの人っていうのは、ドッチの話だい、こりすちゃん?」


「ひうっ」


「って、やめなよ。こりっすーが怯えているじゃん」


「こ、こりっすー?」


「あ、ダメだった? あたし、仲良くなる人は基本的にあだ名で呼びたいから」


「そ、そう言ってもらえると嬉しい……かな」


「お、優奈ちゃん。ボクにもあだ名を頼むよ」


「えっと……下の名前は敦実あつみだっけ?」


「うん」


「じゃあ、とりあえず、あつみんで」


「とりあえずって何だよ。まあ、良いか」


 敦実が高らかに笑う。


「……さて、そろそろ本題に入りましょうか」


 江美里は優雅にティーカップを傾けて言う。


「まず、この中で1番、児玉くんに近しい人は誰か分かる?」


「それは……悔しいけど、やっぱこのドスホルじゃないですか~?」


「そ、そんなことは……」


「まあ、確かに悔しいけど、お似合いって感じよね」


「えっ、悔しい?」


「こほん……でも、違うわ」


「はぁ? ってことは、もしかして、あたち?」


「違います」


「否定はやっ」


「この中で1番、児玉くんに近しいのは……遠藤さんよ」


「「「はっ?」」」


「えっ、ボク?」


「ちょっ、何でこの百合ボク女なの? 確かに顔の造形は整っているけど……児玉きゅんとどうこうなるほどの色気ないっしょ!?」


「おいおい、優奈ちゃんひどいな~。ボクだって、時にはちゃんと女子になるんだよ? その証拠に、さっきから下のお口が……むごごっ!?」


 江美里が無言で敦実の口にケーキをぶち込んだ。


 その様を見て、他の3人は青ざめる。


「あ、しまった。彼女に話してもらいたかったのに……まあ、良いわ。私の口から説明しましょう」


 江美里は改めて、全員の顔を見渡す。


「これは遠藤さんが気付いた情報なのだけど……児玉くんは、わざと人に……主に女子に嫌われるように振る舞っている……らしいのよ」


 江美里の言葉に、敦実以外の3人は目を丸くした。


「それって、どういうことなの?」


「それは……」


 モグモグ、ゴクン。


「児玉くんが、ドM野郎だってことさ! ボクとお仲間でさ!」


 ドス!


「むぐっ!?」


「いちいち声が大きいわよ?」


 江美里がまたしてもケーキを敦実の口にぶち込む。


「先生、それは本当なんですか?」


 杏子が言う。


「ええ、恐らく……言われてみれば、思い当たる節があるんじゃない?」


「確かに……」


 みんなして、神妙な面持ちで頷く。


「でも、児玉きゅんはどうして、そんなことを……」


 モグモグ、ゴクン♪


「だから、児玉くんがドMだからだってば♪ ボクと仲良しで」


「児玉きゅんはそんな変態じゃ……ないと思いたい。ねえ、きょうこりんもそう思うでしょ?」


「いえ、私は……例え児玉くんが変態でも……す、好き……というか、むしろ興奮するから」


「ふっ、やはり児玉くん嫁レースにおいて、杏子ちゃんが本命だな」


「むっ」


「ちなみに、こりすちゃんが娘枠で、ボクがペット枠だよ」


「む、娘……ちょっと残念だけど……でも、児玉くんの娘になれるなら……」


「って、あたしは?」


「優奈ちゃんは……嫁の友達、みたいな? 児玉くんを寝取ろうと色々と仕掛けるけど、杏子ちゃんの色気にはとうてい及ばないから、結局はNTRできずに……」


「あたしもケーキ、そのお口にぶちこむよ?」


「ああ、来い! やるなら思い切りな!」


「このド変態が!」


「白川さん、お黙りなさい」


「だって、あつみんが~……」


「今は大事な議論を進めるべきよ。どうして、児玉くんはわざと嫌われるようなムーブをするのか?」


「それは……」


「ドMだから」


「遠藤さんも黙りなさい」


「はい」


 みんなして、う~んと唸る。


「……児玉くんって、すごくかっこいいから、とにかくモテるでしょ?」


 ふと、杏子が語り始める。


「だから、その度合いがすごすぎて……嫌気が差しちゃったのかも」


「あ~、なるほど。羨ましいようでいて、モテるイケメンの悩みだったりするかもね~」


「児玉くん、疲れていたのかなぁ?」


「ボクも分かるよ。彼ほどではないけど、モテるからさ、女子に」


「この百合野郎め」


「でも、だとしたら……私たちはこれから、児玉くんにどんな風に接したら良いのかしら?」


「まあ、1番無難なのは、あまり干渉しないことね」


「えー、やだよ。あたし、もう児玉きゅんなしの生活なんて、考えられない」


「わ、わたしも……児玉くんが遊んでくれないと、さみしいな」


「ボクだって、この心臓はもう彼に捧げたも同然だよ」


「そう……みんなして、重いのね」


「いやいや、えみりんのお乳の方が、よっぽど重そうだから」


「…………」


「ごめんなさい」


「道長さんはどう思う?」


「私は……」


 杏子は口元に手を添えて、少しばかり顔をうつむける。


「……それでも、児玉くんのそばにいたいです」


「他の3人と同じってこと?」


「はい……でも、なるべく……彼の心に優しく寄り添うというか……溶かしてあげたいです。わだかまりを……」


 杏子はまるで神様に祈るかのように、両手を合わせて言う。


「……やっぱり、きょうこりんが1番重いや」


「えっ?」


「この中で1番、デカパイだって言ってんの、このドスホルが」


 ベシッ、ブルルルルン!


「ああぁん!」


「ちょっ、めっちゃ揺れるんだけど、このドスホルぱい」


「す、すごい……うらやましい」


「素晴らしい胸部装甲だ」


「は、恥ずかしい……」


 みんなの注目を集めた杏子は、恥じらいつつ両手で胸を覆い隠す。


「……分かりました」


 江美里はスチャ、とメガネを持ち上げる。


「彼の動向は、我が学園において重要です。彼がその色気をダダ漏れにし、女子をとりこにし続ける限り、学園の偏差値はみるみる内に下がって行くでしょう」


「全く、本当にね~。あたしも最近、成績が落ちちゃって~」


「あなたの場合は、ただのサボリでしょ?」


「ち、違うもん。てか、きょうこりんはあたしよりもずっと重い女で四六時中、児玉きゅんのことで頭がいっぱいなのに、何でそんなに成績が良いの?」


「それは……」


「ハッ、まさか……きょうこりん、頭だけじゃなく、この牛みたいなおっぱいにも、脳みそが入っているの?」


「そんな訳ないでしょうが」


「わたしも、お勉強をがんばらないと……」


「ボクはスポーツ推薦だし、落第しない程度にがんばるよ」


「ふぅ~ん、余裕だね、あつみん。自分だけ、あたしたちよりも児玉きゅんの情報を先取りしたからって」


「そんなことはないよ。ボクだって、児玉くんのことを考えると……あぁ、気が狂いそうだ」


「もうとっくに狂っているから、色々と」


「アハハ、それは褒め言葉だよ」


「うぜー」


 やんや、やんやと言い合う女子たち。


 その様子を見て、江美里はふっと口元で笑ってしまう。


 あまり言いたくないけど、彼女たちは江美里にとって、ライバルのはずなのに。


 心のどこかでは、応援している自分がいた。


 やはり、寄る年波には敵わないか……


「あなた達、誰でも良いわ」


「「「「えっ?」」」」


「児玉くんのハートを射止めて、たった1人の特別な人になって、浮き足立つみんな、主に女子たちを鎮めてちょうだい」


「うん、分かった。あたし、がんばるよ」


「わたしも」


「ボクだって」


 みんなして、決意したように頷く。


「私も……がんばります」


「ええ、応援しているわ」




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みんなの嫌われ者(自称)は毒と刺激を求めている。でも主に女子たちの好感度がカンストしていることを知らない。 三葉 空 @mitsuba_sora

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