第20話 確信

 みなさん、こんにちは。


 すめらぎ高校、生活指導担当、保科江美里ほしなえみりです。


 私は引き続き調査をしています。


 愛しの児玉くんを悩ませる原因について。


「……あら?」


 廊下をちょこちょこと歩く、愛らしい生き物を見つけた。


 あれは……


「……栗原くりはらさん?」


「ひゃうっ!?」


「えっ?」


「あっ……ほ、保科先生。ごめんなさい、大きな声を出しちゃって」


「いえ、こちらこそ、ごめんなさい。急に声をかけてしまって」


 私は目の前でプルプルと震えている、小動物みたいに可愛い、栗原こりすさんに微笑みかける。


「そ、それで、わたしに何かご用でしょうか?」


「そんなに固くならないで。実は、ちょっと調べごとをしていて」


「調べごと……ですか?」


「ええ、児玉くんについてなんだけど……」


 私がその名を口にした瞬間、栗原さんは声こそ出さないものの、明らかに様子がおかしくなる。


 真っ赤に染まったほっぺを、両手でおさえている。


 可愛いわね……ドMの私も、ちょっとドSに目覚めそうだわ……


「どうしたのかしら? もしかして、児玉くんと何かあったの?」


「い、いえ、その……」


 栗原さんは、照れ臭そうにしたまま、


「……実は、わたし」


「ええ」


「児玉くんに……たかい、たかいをされたんです」


「……へっ?」


「それから、飛行機みたいに、飛ばされちゃって……まるで、本当にお空を飛んでいるみたいに……」


「ちょ、ちょっと待って……そ、それは……いじめられたとか?」


「いじめ……なのかな? でも、むしろ、児玉くんは……わたしと、遊んでくれたのかなって」


「あ、遊び……」


「高校生にもなって、やる遊びじゃないけど……でも、児玉くんにだったら……」


 栗原さんは、また赤らんだ頬をおさえて、身をフリフリとする。


 それにしても、児玉くんに、たかいたかいをされたですって?


 それは、子供でもない限り、誰でもしてもらえるものではない。


 それこそ、こんな風に愛らしい、小動物ちゃんじゃないと……


 ちょっと、ムカつくわね。


 私だって、児玉くんに……



『江美里、たかい、たかーい』


『キャハハ! パパ、らいしゅき~!』



 ……娘じゃないの。


 私は、彼の妻になりたいのに。


 でも、あんなイケメンのパパがいたら、もう毎日、気が気じゃないわ。


 私の心拍数がずっと急上昇中……


「保科先生?」


 呼ばれて、ハッとする。


「ご、ごめんなさいね。ちょっと、栗原さんがうらや……いえ、何でもないわ」


「そ、そうですか」


「もし、また児玉くんに何かされたら、言ってちょうだいね。私の役目は、校内の風紀を取り締まることだから」


「は、はい……分かりました」


 少し気まずそうに頷く栗原さん。


 正直、もっと詳細に、聞きたいことがあるけれども。


 私はとりあえず、彼女の下を後にした。




      ◇




 放課後。


 生徒たちは開放感に浸るけど。


 我々、教師陣は、まだ仕事が残っている。


 そして、私は目下、自分の仕事をこなしている。


 児玉くんを落ち込ませる、その原因を探っていた。


 まだ、明確なそれは分からない。


 けど、めぼしい生徒にはもう、声をかけたし……


「あっ」


「んっ?」


 ふと目線を上げると、目の前に陸上のユニフォーム姿の女子がいた。


 その凛としたショートヘアスタイルと雰囲気で、ともするとイケメンにも見えなくない。


 児玉くんがいなかったら、彼……いえ、彼女がナンバーワンだったかも。


「保科センセイ、こんにちは」


「遠藤さん、こんにちは。部活、がんばっているみたいね」


「はい。一応、エースですから」


「本当にね」


 お互いに、微笑み合う。


 彼女は、イケメン女子として名高いし、同じくイケメンの児玉くんに、惚れるようなこともないでしょう。


 むしろ、遠藤さんの方が、よりイケメンな児玉くんに、対抗心を燃やしているかもしれないし……


「まあでも、ボクはまだまだですよ」


「えっ?」


「陸上では、勝ち続けていますけど……恋愛の方では、微妙かな」


「恋愛、というのは……その、失礼だけど……ちゃんと、男子がお相手?」


「まあ、そうですね。児玉くんなんですけど」


 その名を聞いて、私の心臓がザワつく。


「こ、児玉くんが……どうしたの?」


「はい、ボクは彼に告白したんですけど、フラれてしまって……」


「そ、そうなの……」


 さすがね、児玉くん。


 イケメン女子である、彼女さえも惚れさせるなんて。


 でも、彼の名前が出て、一瞬ドキッとしたけど……


 何だ、遠藤さんの方が、フラれたのか。


 それは良かった……なんていったら、ひどいかしらね?


 なるほど、でもそうか。


 もしかしたら、その罪悪感で、児玉くんは落ち込んでいたのかもしれないわね。


 あら? でも、彼は自分が敗北したって……


「そういえば、彼女になるのはダメって言われたけど、師匠になってくれとは言われましたね」


「師匠……? 何の?」


「たぶん、ドMの師匠じゃないですかね~?」


 そのワードに、私自身、ピクリと反応してしまう。


「ボク、彼が人にわざと嫌われるようなことを言って、周りからの罵倒を誘っているって思って。だから、同じドMとして、その崇高な精神に敬服して、師匠になって欲しいって……最初は僕の方からお願いしたんです。けど、その後、何だか児玉くんの方から、ボクに師匠になって欲しいって……」


「そ、それは一体、どうして……?」


「いや、ボクもよく分からないですけど……でも、これはボクの気のせいで、おごりかもしれないですけど……ボクと話す時の彼、なんかいつもと違う表情で……ちょっと、途中からあまり余裕がないというか……怒っている感じで」


「お、怒っている……ですって?」


 児玉くんは、私の理想の悪魔、魔王サマ。


 でも、その圧倒的な強さから、いつも余裕な笑みをかましている。


 それが最高にカッコイイ♡


 けど、そんな彼が……怒ったですって?


 え、それって、だいぶ特別な感情じゃないの?


「あ、そういえば。何か、ボクに『悪魔』の称号を譲るとか言われたなぁ」


「……何ですって?」


 私は驚愕する。


「当然、ボクは断りましたよ。悪魔なんかじゃなくて、君だけの天使になりたいって。そう言ったら、何か児玉くん、走ってどこかに行っちゃって……」


 ツラツラと遠藤さんが語る間、私はすでに呆然としていた。


 分かってしまった、原因が。


 私の理想の男性ひとである、児玉くんを不調にさせる存在。


 遠藤敦実えんどうあつみさん……あなただったのね?


「あ、そうだ。あと、ボクお願いしたんですよ」


「何をかしら?」


「ボクを彼女にしてくれないし、ボクの師匠にもなってくれない。だったら……」


「だったら?」


「ボクを、児玉くんのエロ◯隷にしてくれって」


 瞬間、冷たい風が吹き抜けるようだった。


 私の心の温度が、急激に冷えて行く。


「……エ、エロ◯隷……ですって?」


「はい。むしろ、普通に彼女になるよりも、ドMのボクには、そっちの方が向いているかなって」


 彼女は意気揚々と言う。


「児玉くんの本命と言うか、本妻と言うか、お似合いなのは、やっぱり道長さんだろうし。で、娘枠が栗原さんで。だとしたら、残りのペット枠はボクで決まりでしょう?」


 グシャリ、と握りつぶしてしまいたい。


 この女の、心臓を。


「……随分とまた、勝手な妄想をしているのね」


「アハハ、ごめんなさい。でも、それくらい、許して下さいよ」


「ええ、そうね。想像するのは、誰でも自由だから……」


 ……だとしても、あなたは度が過ぎているのよ。


 ていうか、何だか色々と核心に触れているようで、無性に腹が立つ存在ね。


「おっと、いけない。そろそろ戻らないと」


「そう」


「すみません、先生。それじゃ、また」


 彼女は颯爽と、グラウンドに舞い戻って行く。


 その後ろ姿を、私はメガネの奥から、ずっと睨み続ける。




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