ぼくのお父さんは小説家です

六野みさお

第1話 ぼくのお父さんは小説家です

 ぼくのお父さんを、みんなはサラリーマンだと思っています。それは半分当たっているけど、半分は違います。実は、ぼくのお父さんは小説家でもあるのです。


 ぼくのお父さんは『ノベル・ノベル』という小説投稿サイトで小説を書いています。これは略して『ノベノベ』といいます。ノベノベを使うと、だれでも自分の書いた小説を発表することができます。


 でも、お父さんが子どものころはインターネットがなかったので、ノベノベもなかったそうです。それで、お父さんは自分の小説をなかなか広く発表できなかったそうです。ぼくが気がついたときにはもうインターネットはあったので、インターネットのない生活はなかなか想像できません。でもそれは、とても不便な生活だと思いますーーだって、ゲームのオンライン対戦ができないんですもの。


 お父さんは普通の人と同じように、朝は車に乗って会社に行きます。でも、夜帰ってくると、お父さんは小説家になります。パソコンの前に座って、連載小説を書くのです。残業で遅くなったときも、雨がひどくて服がびしょぬれになったときも、絶対に休まずに書きます。


 お父さんによると、毎日小説を書いて連載小説を更新することは、とても大事なことなのだそうです。どれくらい大事かというと、ぼくが毎日勉強をすることくらいなのだそうです。ぼくが毎日勉強をしないと成績が下がるように、お父さんも毎日小説を更新しないと『ランキング』というものが下がるのだそうです。


 ランキングというのは、小説の成績のようなものです。人気のある小説ほどランキングが高いのだそうです。でも、ランキングには100位までしか載れないので、ランキングに入ること自体、とても難しいそうです。お父さんの小説はだいたいランキングに入っているので、ぼくはお父さんはすごいと思います。


 ある日曜日、お父さんがうれしそうな顔をしていたので、ぼくはお父さんの小説のランキングが上がったのかと思って、「どうしたの?」と聞いてみました。


 残念ながら、お父さんの小説のランキングが上がったわけではありませんでした。でもなぜお父さんがうれしそうだったかというと、お父さんが一年くらい続けていた連載小説『使えないとパーティを追放された魔道士、ユニークスキル「眠るだけでレベルアップ」で成り上がる! 今さら戻って来てと頼んでももう遅い!』が完結したからでした。(本当にタイトルが長いですが、お父さんが言うには、タイトルであらすじがわかるように長いタイトルにするのが読んでもらうコツなのだそうです。でも今回は、この小説には『ねむレベ』という略称があるので、ここからはそれを使います)


 さて、お父さんの小説が完結したので、ぼくたちは焼き肉でお祝いをしようと思って、肉を買いに行きました。お父さんとぼくが肉屋さんの前に入ろうとしたとき、お父さんが後ろから声をかけられました。


 お父さんに声をかけたのは、お父さんの会社の上司さんでした。お父さんはすぐにあいさつをしました。でも、いつもお父さんはこの上司さんに怒られてばかりいるといつも言っているので、ぼくはお父さんが何を怒られるのかと、ひやひやしながら見ていました。


 すると、上司さんはお父さんの肩を叩いて、こう言いました。


石垣いしがき、今日の『ねむレベ』の最終回、さっそく見てきたぞ。いい感じにハッピーエンドになったじゃないか」


 そう、実は上司さんは、お父さんの小説を読んでいたのです。ぼくは上司さんは本当はいい人なのかもしれないと思いました。


「いやぁ、ありがとうございます。次はもっと面白いのを書けるように頑張ります。まあでも、今からはちょっとオフに入る予定ですね」


 お父さんと上司さんは、肉屋の前で立ち話を始めてしまいました。ぼくも横で話を聞いたのですが、やっぱり上司さんはいい人でした。実は、上司さんは絵を描くのが趣味なのだそうで、お父さんと気が合うみたいです。ぼくは、お父さんがいつも上司さんに怒られてばかりなのは、単にお父さんが仕事ができないからで、上司さんがお父さんを嫌いなわけではないということに気づきました。それでぼくはほっとしました。でも、お父さんには、もっと仕事がうまくなってほしいと思います。


 お父さんと上司さんはずいぶん長い間話していたので、ぼくがそろそろ話をやめて肉を買いに行きたいと思い始めたとき、お父さんが「おっ!」と声を上げました。お父さんも上司さんも、お父さんのスマホの画面を食い入るように見つめました。と、お父さんはだんだん顔がにやけていって、ついには軽くジャンプしてガッツポーズをしました。


 お父さんと上司さんは、がっちり握手をしたり、盆踊りのようなものを踊ってみたりして、とにかくとても喜んでいるようでした。あんまり騒いでいるので、肉屋のほかのお客さんたちが、変な人を見るかのような目でお父さんと上司さんを見ていました。


 何があったのかというとーーお父さんの小説(例の『ねむレベ』が書籍化することが決まったのでした。そのときお父さんは、ちょうど出版社の人からその知らせを受け取っていたのです。


 といっても、そのときのぼくには、書籍化というのがどれだけすごいことなのか、よくわかりませんでした。なぜなら、お父さんも上司さんも、「やったぁ! 書籍化だ書籍化だ! これで俺の小説が本屋に並ぶぞ!」と言っているだけだったからです。でも、どうしてそれがそんなに特別なことなのでしょう。お父さんの小説は、わざわざ本屋で買わないでも、ノベノベにアクセスすれば、いくらでも見られるのですから。


 ともかく、上司さんは本当にすごく喜んで、ぼくたちに高い肉を買ってくれました。家に帰ってお父さんがお母さんに書籍化の話をすると、お母さんもすごく喜びました。


 ところで、そのときぼくはお母さんに、どうして書籍化がそんなにすごいことなのか聞いてみました。お母さんによると、書籍化すると、印税といって、本が売れれば売れるほど、お父さんはお金がもらえるそうです。つまり、おいしい焼き肉が毎週できるということです。ぼくはそれはすごいことだと納得しました。


 ーーところが、その次の日から、お父さんの様子がどんどんおかしくなっていったのです。


 その理由は、「編集者」という存在のせいです。実は、書籍化が決定したらすぐに本が出版できるというのはまちがいで、その前に編集者という人物の許可を得る必要があるのです。


 でも、編集者というのは、だいたいにおいて曲者なのです。お父さんの場合もそうでした。お父さんの『ねむレベ』に、ここが悪い、ここがおかしいと文句を並べ立てて、締め切りなるタイムリミットまで設定してくるのです。


 お父さんは毎日、必死に編集者の三谷みたにさんに従って、『ねむレベ』を直していました。お父さんは本当にきつそうでした。そのうえ、会社の方でも、上司さんが「肉代の借りを返せ!」と言って、仕事をたくさん言いつけてきたらしく、毎日ふらふらになっていました。


 そんな日がずっと続いていくようにも感じましたが、お父さんはなんとか締め切りまでに『ねむレベ』を直し終わることができました。お父さんはほっとしたのか、熱を出して一日寝込んでしまいました。それでもお父さんは次の日には元気に会社に行って、たまっていた仕事を必死に片付けていました。


 そして、ついに『ねむレベ』が発売される日がやってきました。お父さんは上司さんと編集者の三谷さんを家に呼んで、パーティーをすることにしました。今度は焼き肉ではなく、お寿司を取り寄せました。ぼくとお母さんは、壁に『天塩てしお先生、『ねむレベ』発売おめでとう!』と横断幕を掲げました。(ちなみに『天塩紀幸てしおのりゆき』がお父さんのペンネームです)


 お父さんとお母さんと上司さんと編集者さんが乾杯して、パーティーが始まりました。絵が描ける上司さんは、『ねむレベ』の主人公、トリノを描いてきていて、壁に貼ってくれました。本当に上手な絵でした。


 編集者さんはギターが弾けるらしく、「『ねむレベ』の主題歌を作りました!」とか言って、一曲弾いてくれました。上司さんがふざけて「これは『ねむレベ』がアニメ化されたときの主題歌にできるな」と言っていました。編集者さんは照れていました。ぼくは、別に編集者さんの歌が主題歌でなくてもいいので、『ねむレベ』がアニメ化されてほしいと思います。


 その次の日、お父さんは新しい連載小説を始めました。今度は恋愛小説を書くそうです。『悪役令嬢が婚約破棄されて、なんたらかんたらで、ざまぁする』とかいう題名だったと思いますが、長くて覚えられません。またお父さんに略称を聞こうと思います。


 ぼくは、お父さんは仕事と小説を両立させているので、すごいと思います。ぼくもお父さんのように、サッカーと勉強を両立できるように頑張りたいです。そして、お父さんの次の小説も書籍化されてほしいと思います。


 でも、今ぼくが一番楽しみなのは、次の夏休みに、お父さんが印税でぼくたちを温泉旅行に連れて行ってくれることです。


           五年二組 石垣 りょう

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ぼくのお父さんは小説家です 六野みさお @rikunomisao

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