走る

柚緒駆

走る

 雨音は嫌いだ。彼女は外に注意を向けながら、セーラー服を泥だらけにして建物の中をひっくり返して回る。食料があるといいのだけれど。その近くでは四歳になる末の妹が、二つ上の兄に楽しげにたずねている。


「ねえ、雨は誰が降らすの?」

「誰って、そりゃ神様じゃないのかな」


「何で降らすの?」

「何でかぁ。何でだろう。イロイロと生えてくるからだろ、やっぱり」


「そっか、元気になれって神様が言ってるんだね」


 二十一世紀中盤、明確な日付はもう覚えていない。ある日、某国の気象兵器がこの国を襲った。切り裂く強風と強酸性の雨はジワジワと人を死に至らしめ、社会を崩壊させていった。


 戦争は続いているのだろうか。もはやテレビもラジオも沈黙し、インターネットも何一つ伝えてはくれない。ただ風の音がしないこんな日は、食料探しに地下鉄構内から出て来ることにしている。最初の頃はあった配給も、大人が誰もいなくなったこの世界ではもう期待できないだろうから。


 雨音が少し激しくなったようだ。また風が吹くかも知れない。彼女は何とか見つけた数個のレトルト食品とスナック菓子を胸に抱え、幼い下の兄妹の手を引いて瓦礫の道を地下鉄へと走った。


――ねえ、雨は誰が振らすの?


 妹の言葉が思い起こされる。彼女はその正解を持っていない。天から降る悪意の正体を理解するにはまだ、彼女自身も幼かった。だが少なくとも、そう、少なくとも神様ではないだろう。もっと不完全で薄汚い意思がこの雨を降らせているのだ。


 でも、その意思はどこからやって来たのか。それを源流へとたどれば、いつか神様に行き着くのかも知れない。ならばこれこそ、このいまの状況こそが世界を滅ぼそうとする神の意志だと、果たして言い切れないのだろうか。誰もいない見捨てられた街で、世界に対する漠然とした不安と恐怖と怒りを抱えながら、彼女は走る。ひたすらに走り続けるしかなかった。

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走る 柚緒駆 @yuzuo

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