【怪盗】泥棒猫さんと犬のお巡りさん(ハロウィン)
こちらのエピソードは、MACK様(https://kakuyomu.jp/users/cyocorune)に描いて頂いたイラストを元に書いたお話です。
イラストは近況ノートに貼っていますので、ぜひそちらを見てからお読みください。
★結月花の近況ノートより
https://kakuyomu.jp/users/hana_usagi/news/16817330648019420204
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店先に飾られる鮮やかなオレンジのかぼちゃに真っ白いおばけのキャラクター達。様々な店が立ち並ぶ商店街はどこもかしこもハロウィン一色だ。
だけど私と雅臣さんはコートを羽織りながらその中を足早に歩いていた。楽しいデート、ではなく人目を避けるようにコソコソと。
マンションにたどり着き、雅臣さんの部屋に着いた瞬間に私は勢いよくコートを脱ぎ捨てた。
「はっっっっっずかしかったーーーー!!」
コートに隠すように抱えていた気持ちを一気に吐き出す。部屋の隅に置かれている姿見で自分の姿を確認し、私はワナワナと体を震わせた。
明るい茶色のボブヘアから覗くのは黒い二つの猫耳。着ている袖なしニットとミニスカートも同じく黒色で、スカートのお尻からは黒い尻尾がちょこんと生えていた。おまけに首元には大きな鈴のついた首輪もついていて、どこからどう見ても完全に黒猫の格好だ。
「もう! いくらハロウィンのイベントだからっこれはやりすぎだってーの! 真木先生のバカー!」
そう。今日は真木先生の頼みで児童館のハロウィンイベントに雅臣さんと二人でお手伝いに行ってきたのだ。勿論、私も雅臣さんも子供は大好きだから二つ返事で了承した。
イベントの手伝い自体は楽しかったものの、「着替える場所が無いから家でこれ着てきて」と言って前日に渡されたのがこの服だったのだ。家から来てこいという指示だった為に着替えることもできず、イベント後もこの姿のままコートで隠しながら帰ってきたというわけだ。
「そうですか? 可愛いじゃないですか、俺は好きですよ」
キッチンから朗らかな声が聞こえて、マグカップを二つ持った雅臣さんが現れる。児童館で散々見ていたはずなのに、改めて彼の格好を見て私は頬を赤らめた。
一緒に帰ってきた雅臣さんも、未だにイベントの格好のままだった。
彼のモチーフは狼男。頭には灰色の犬耳をつけて、お尻にはふさふさの尻尾もついている。服装は普通のシャツとズボンだったけど、真木先生によって派手な切込みが入れられていた。多分狼男の獰猛さを演出するためなのだろうけど、服の切れ目から鍛えられた腕やお腹の筋肉がちらっと覗いていて目に毒だ。いや、正直に言って物凄くセクシーでかっこよかった。さっきも児童館で同じく手伝いに来ていたスタッフの女性が何人も彼に声をかけていたくらいだ。まぁナンパされたのは私も同じで、声をかけられる度に「俺の恋人です」と雅臣さんが笑顔で追い払ってくれたけど。
そんなことを悶々と考えていると、雅臣さんがローテーブルにことりとマグを置いた。ほわんと温かいチョコレートの香りが部屋中を満たす。甘い香りにつられるようにクッションに座った私の隣に、彼も腰を下ろした。
二人並んで甘いココアで暖をとる。ほわっと白い湯気に包まれながら、私はそっと視線を横へ向けた。
近くで見る彼はいつもと違う魅力があってやっぱりかっこよかった。警察官の制服を着ている時と違ってちょっぴり際どい格好をした彼が普段よりワイルドに見えてドキドキしてしまう。その気持ちを隠すように、私はフイと視線をそらした。
(私も……可愛く見えていたらいいな……)
正直に言って真木先生がチョイスしたこの服はとっても可愛かった。自分が着るのは少し恥ずかしいけれど、隠すべき所は隠しつつ適度に肌を見せる技はさすがと言わざるを得ないだろう。
肩まで見せるノースリーブニットと、ニーハイソックスの間から覗く
でも、恋人の前でちょっぴり刺激的な格好をしている以上、彼にも可愛いと思ってもらいたかった。そっと上目遣いで彼の横顔を盗み見ていると、雅臣さんが私の視線に気付いて笑みを返してくれた。その優しい眼差しに、胸がきゅっと心地よく締め付けられる。
「どうしましたか? 俺の顔に何か?」
「雅臣さんが……いや、何でもないです」
かっこよく見えて仕方ないんです、と言いかけて口をつぐむ。たまには私だって――雅臣さんをドキドキさせたい。
精一杯の勇気をかき集め、両手を猫の手に丸めて顔の横に持ってくると、恥を捨ててこてんと首を傾げてみる。
「ま、雅臣さん。トリック・オア・トリート! えっと、お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ……にゃんて」
「へぇ、いたずらしてくれるんですか?」
「え?」
返ってきたのは意外な言葉だった。彼の目を見ながらきょとんとする私に、雅臣さんがいたずらっぽく笑う。
「あいにくお菓子は持っていませんから……いいですよ、いたずら。してくれても」
「えええー! そ、そんな、まだ心の準備が」
と言いかけて、今は彼をちょっとだけドキドキさせたい気持ちであることを思い出す。うん、そうだ。私だってたまには雅臣さんが照れている顔を見たい!
意を決した私は、彼の真向かいに来ると彼の足の間にぺたんとお尻をつく。
(ど、どうしたら良いんだろう……)
ドキドキさせてやろうと決めたものの、何をすれば良いのかわからない。むしろ、体格の良い雅臣さんの体にすっぽり包まれて私のほうがドキドキしてきた。頭上からは優しく私を見守る視線を感じる。
もじもじしながら視線を落とすと、雅臣さんの腰にさげられたおもちゃの手錠が目に入った。
「えいっ」
カチャ。
なんとはなしに手錠を手に取り、雅臣さんの両手にかけてみる。どうだ! とばかりに身を起こした私は、その光景を眼にしてぴしりと固まった。
(え? あれ? 何かちょっと絵面がまずいかも?)
目の前には両手を拘束された雅臣さんがいる。服の切れ込みからは鍛えられた腹筋が覗いていて、その背徳感に私は背筋がふるっと震えるのを感じた。何とも言えないエロスがそこにある。
「どうしたんですか? いたずら終了ですか?」
まるで気にしていないように雅臣さんが笑った。その余裕そうな態度に、私はちょっぴり悔しくなる。
「ち、違います! いたずらはこれからですよ。えーと、い、今から雅臣さんの弱い所を見つけちゃいますからね!」
そう言って、えーいとばかりにお腹あたりのシャツの切れ込みに手を入れる。よく引き締まった固い筋肉が指先にあたり、ドキッと心臓がはねた。
両手を拘束した上に服の切れ込みに手を入れる。それだけでもだいぶ危なかっしい光景なのに、あまつさえそれを現職の警察官にやっているという背徳感が私の羞恥を余計に掻き立てた。ああもう、ていうか何やってんだろう私。
一方、彼はというと羞恥に顔を赤らめてモジモジしている私をにこやかに見守っていた。
その顔を早く動揺させたくて、とりあえず私は服の中に手をいれたまま指を動かしてこしょこしょとくすぐってみた。けれど、雅臣さんはまるでじゃれている子猫を相手をしているような温かい眼差しで私を見ている。
今度は腕の切れ込みに手を入れてくすぐってみる。――結果は変わらず、雅臣さんは私の様子を楽しそうに見守っていた。
私は半ばヤケクソになって、今度は太ももに入っている切れ込みにズボッと手を入れた。上半身より、きっと下半身の方が弱いはずだ。全く根拠のない自信と共にずぶずぶと奥まで手を入れていると、指先が何かに触れた。同時に雅臣さんの体がピクリと反応する。ん? あれ? ズボンの下にある何かってもしかして雅臣さんのパン――
「……あかりさんはなかなかに刺激的なことをやりますね」
「ごごごごめんなさい! 私! そんなつもりじゃなくて!」
「では、ここいらで形勢逆転といきましょうか」
そう言って雅臣さんが左手で手錠をいじる。次の瞬間には右手の手錠がパッと外れた。あ、それ自分で外せるんだ、そっかおもちゃだもんね。
「知っていますか? 手錠はね、こういう使い方もあるんですよ」
え? と聞き返した瞬間、私の右手にガチャリと手錠がはめられる。雅臣さんの左手と私の右手が手錠で繋がった。
「あかりさん、トリック・オア・トリート。お菓子は持っていますか?」
「持ってない……です」
「では先程のいたずら子猫にはお仕置きが必要ですね」
「え?お仕置きって……きゃあ!」
私が言い終わる前に雅臣さんがぐっと腕を引き、手錠に繋がれた私は雅臣さんの胸に勢いよくダイブした。
膝の上に乗って抱き合う格好になった私は慌てて身を起こそうとするが、右手が手錠で繋がれている為に体が起こせない。彼の胸で溺れていると、雅臣さんの腕が伸びてきて私の猫耳に触れた。
「懐かしい。俺も昔、黒猫を飼っていたんです。顔の周りを撫でられるのが好きな子でした」
言いながら雅臣さんが私の猫耳をグニグニと撫でる。衣装なのだから触られても何も感じないはずなのに、なんだか思ったよりも緊張するのはなぜだろうか。
「ま、雅臣さん……」
彼の胸板に手をつきながら懇願するように見ると、雅臣さんがニコリと笑う。耳を撫でていた手がほほを滑り、まるで飼い猫にするようにカリカリと優しくあごを撫でた。気持ちいいような、なんだか変な気持ちになるようなゾワゾワした感覚が背中を走り、思わず身を震わせると首元の鈴がチリンと微かな音を立てた。
「やんっ……ちょ、ちょっと待ってください。わ、私……」
「こうやって背中を撫でてもらうのも好きでしたね。あかりさんはどうですか」
「あっ……なんか、く、くすぐったい……です」
ただ背中をなでられているだけなのに、この感覚は何なのだろう。私がビクッと体を震わせる度に首元についている鈴がチリチリと微かな音を立てている。やだこんなの……なんだか反応してるみたいではずかしい。
そんな私の内心を知ってか知らずか、雅臣さんの手が私のあちこちをゆっくり撫でる。頭、ほほ、あご、背中。昔飼っていた子猫を思い出しているかのように愛のこもった優しい手付きだ。
最後にその手が背中を滑りおりて尻尾をするっと撫でた。
「ひゃん!」
チリン
甘い戦慄が体を駆け巡り、首元の鈴も一際大きい音を立てる。なんだか腰が震えてしまって、私は思わず雅臣さんにギュッとしがみついた。と言っても片手は封じられているから、左の手でだけだけど。
(どうしよう、私このままじゃ変な感じになっちゃう……)
片手を封じられて雅臣さんの腕の中でぷるぷる震える私は完全に頭が混乱していた。このいたずらから逃げるにはきっと何か甘いものを渡さなくてはならないのだろう。だって今日はハロウィンだから。
甘美な震えに耐えながら、私は必死で考える。
甘いもの、甘いもの。
ええい、もうこれしかない!!
パニック状態のまま、私は雅臣さんの唇に思い切り突撃した。ぶっちゅーという効果音が聞こえてきそうな、全然ロマンスのかけらもないキスだけど、どうだ! とばかりに彼の目を見ると、雅臣さんが驚いた表情で私を見ていた。
「……これは俺の負けですね」
ほんのり顔が赤くなった雅臣さんがふっと口元を緩める。と同時にかちゃりと私の手錠が外された。良かった、なんとか意表をつけたみたいだ。え? あれ? ハロウィンってこういうイベントだっけ。
正気に戻ったのもつかの間、大きな手が私の背中をぐっと引き寄せる。次の瞬間には視界がくるりと反転して、白い天井と、笑みを含んだ雅臣さんの顔が目の前に現れた。彼の手が、床に投げ出された私の手をぎゅっと握って指を絡める。
「まったく、この黒猫さんは俺の理性を盗んでいくのが随分と上手だ」
そっと目線をあげると、私の頭上で雅臣さんが優しい笑みで私を見下ろしていた。
「えーと、これはもしかして押し倒されているということでしょうか」
「そういうことになりますね」
「その後私は狼さんに食べられちゃうってこと、なんですかね」
「そういうことになりますね」
しどろもどろの問いに、雅臣さんが楽しそうに答える。だけど細められた目にはキラリと怪しい光が宿っていて――
ハロウィンナイト。
それは犬のお巡りさんが狼男に変身する日、なのかもしれない。
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