7.うそとほんと
3年前……
私はいつまでもウジウジしてもしょうがないと思い、即行動に移した。
まずは、弘樹と話すべく、あの青年に会った翌日にLINEを送った。多分、今日は仕事少ない日だったと思う。
『話があるの。19:30に田島の居酒屋で待ってる』
すると5分後に返信が来た。
『了解。仕事終わったら行く』
─────────────────
19:25
一足早く着いた私は、まだ注文せずに水を飲んで待っていると、2、3分ですぐに弘樹の声がした。
「遅れてごめん、だいぶ待った?」
「いや、そんなに。さっき来たばかり」
弘樹は、そそくさとテーブル席の向かい側に座る。目の前に置かれたお冷を一気に飲み干して、
「何か頼んだ?」
「いや、これから」
「じゃあ、俺が決めるね。良い?」
「う、うん。お願い」
弘樹はメニューを開き、しばらく選んだ後、店員を呼んだ。
「じゃあ、とりあえず生2つ。あと、卵焼きと旬の魚介三種盛り」
注文が終わると、弘樹はおしぼりで手を拭きながら、
「で、珍しいね。美琴から、話って」
「うん、そうだね」
私は緊張気味で上手く笑えない。私は、思わず残り半分の水をガブッと飲み干した。
そして、
「あ、あああのさ、弘樹、もしかして春香ちゃん好き?!」
あっ、最初の質問、間違えた…
最初のワンクッションは何を言おうか考えているうちに、1番聞きたい核心を初っ端からぶっ放すなんて、何たる失態……
青ざめる私に弘樹の瞼は、はち切れそうに見開く。
「っ?!!」
そりゃ、そうなるよね。
私は慌てて、
「ご、ごめん!いきなり…そんな「俺こそ、ごめん!」えっ?」
「俺……今日、佐々木に告られた…先輩に彼女がいることは分かってる、彼女が美琴先輩だってことも知っている、それでも私は先輩が好きですって」
そっか、春香ちゃん、弘樹に告ったか。
「それで…」
「断った」
「えっ?!」
私は弘樹の方に前のめりになった。てっきり、オッケーかと思っていた。弘樹は戸惑うが、構わず畳み掛ける。
「なんで?」
「なんでって、俺は美琴と付き合ってるじゃん」
私と付き合ってる?それだけ??
同時に、ある疑問が浮かぶ。
「それって、私がいるからだよね?私がいるから付き合えなかったってことよね」
私が2人の恋を妨害しているみたいじゃん。まるで、当て馬じゃない?
「ん~~そうじゃなくて、俺の倫理に反するってこと。それに俺は………」
予想と違った回答に私の覚悟は、あまりに脆く砕け散る。
「うん…大丈夫。大体分かったから。最近の弘樹、春香ちゃんといる時の方が楽しそうだなって思ってたの。昨日だってさ…」
「昨日?あぁ、営業帰りか。それがどうかし「弘樹、春香ちゃんと手……繋いでたでしょ」
私の言葉に固まる弘樹。
図星なんだね…
この気まずいタイミングで、ジョッキのビールが2杯、ドンと置かれる。私も弘樹も、すぐには手をつけず、ただ、何ともいたたまれない空気だけがそこには漂っていた。
弘樹の反応を見て確信した。ただ、いざ目の当たりにすると、これはこれでショックなのは間違いない。
「いや、それは、佐々木がはぐれないように…「やっぱ、あの時の春香ちゃんといる時の弘樹の笑顔見てたら、私じゃ全く敵わないなって思ったんだ。もう、恋人にしか思えないっていうか。私もちょうど悩んでたんだよね。弘樹のことは好きだけど、最近、まともに話も出来なかったし、このままで上手くやっていけるのかなって。こんなモヤモヤしたまま、無理して進みたくないもん」
私は弘樹の言葉を阻んだ。そして、自分の思いを一気に吐き出した。
「う…」
下を向いて、申し訳なさそうな顔する必要なんてないのに。一方、私は、ビールをゴクコク喉に流し込む。
「だから今日、こうやってゆっくり話せて良かった。じゃあ、最初の質問。弘樹は春香ちゃんが好きなの?」
「んっ…お、俺は…佐々木が…好…き…だ…」
頼んでいた卵焼きと3種盛りが置かれた。
2、3秒の沈黙の後、私はゆっくり口を開く。
「…分かった。これで、私のモヤモヤはスッキリしたかな。弘樹には自分の気持ちを大事にしてほしい。今まで私を大事にしてくれてありがとう。次からは、ただの同僚ね」
「恨まないのか?俺はお前を裏切って…」
「どうして?恨まないよ?むしろ、今までありがとうって思ってる」
弘樹には感謝こそあれ、恨みなんてあるはずがない。だって、すれ違いこそあるが2年も私と付き合ってくれた。これは歴代最長だ。
「ん……なんか、あまりにお前があっさりし過ぎてるっていうか冷めてるっていうか」
「冷めてる?」
「うん」
私は出来立ての卵焼きを口に頬張りながら、答える。
「私さ、こういう話って引きづりたくないのよね。そういえば、前にも同じようなこと言われたことあるな。俺に未練はないのかって。ないって言ったら、めっちゃびっくりしてたよ。ウケる。私はね、別れはキッパリサッパリして、次に進みたいの。それに、あんたとは、同僚としての方がやりやすそう」
「み、美琴?」
「ん、何?」
どうしたんだろう、今度は弘樹が前のめりになって。
「なんか、お前、口調変わってない?」
あれっ、気付かなかった。
でも、まぁいっか。今更無理して口調を直す必要はない。
「あっははは。今までは、家族とか友達、あと会社の人にね嫌われないように頑張ってきたけど、なんか今は面倒になっちゃった。嫌なら直すよ」
「嫌とかじゃない。ただ、美琴って、意外にドライなんだと思っただけだ。今まで無理してたの、気付かなくてごめんな」
「んも~、なんで弘樹が謝るのよ。私がそうしたくてやってたんだから別に良いのよ」
「そっか」
「あ、それとこれからは弘樹じゃなくて、松枝って呼ぶね。弘樹も、私のことは上原呼びにしてね。部屋も近々探すから安心して?恋人から同僚に戻るんだし、これは私のケジメだから」
「あぁそうだよな。分かった…」
弘樹は、私の急激な態度変化にまだ追いつけていないようだ。私も自分の別れ話なのに、あまりのあっさり具合には流石に驚いている。
──────────────────
それから、追加で日本酒とウイスキー、あと、魚の煮付けや焼き鳥を食べながら、2人で他愛のない会話を続けた。周りからはとても別れ話をした元カレ元カノには見えないだろうな。付き合う前も付き合ってからも、大して関係性は変わらなかったと思う。だから、これからもそれは変わらない。いや、前より気さくに話せる同僚になるだろう。
「あっ、もう10時半じゃん。私、明日早いから、もう帰るね」
「そうか、気をつけて帰れよ。俺はもう少し飲んで帰る。あと、今日は俺が奢るから」
「いや、割り勘にしよ?借りは出来るだけ作りたくない」
「借りか、お前が気にするならそれでいいよ」
「ありがと。じゃ、ここにお金置いとくね。じゃあ、また会社で」
「あぁ、じゃあな」
「あっ、弘樹、これだけは言っておく。春香ちゃんのこと好きなら、ちゃんと手に入れないとダメだよ?」
「?!肝に銘じとくよ」
「本当かな~?まぁ、いいや」
「はは、何だよそれ。それじゃあな」
私はテーブルにお札を置くと、弘樹より先に店を出た。
外に出ると、まばらに散った星々は夜空を淡く色付いている。それは、私を見守ってくれているような安心感があった。
─────────────────
美琴が店を出た後、俺はしばらく、ウイスキーのロックを
「なぁ、これで良かったんだよな」
「ありがとう、松枝さんには感謝する」
一つ開けたテーブル席には、ある若い男が座っていた。背を向けられているため、顔は見えないが、背格好と声から、その人物が誰かは分かっている。
「これも、美琴のためか?」
「そうだよ?美琴は俺がもらう。俺はみっちゃんを誰よりも愛してる。みっちゃんが誰と付き合っていようが、そいつには渡さない」
「あは、そいつって俺のことか。まぁ、あんたには敵わないってことは分かってるけどね。たった今、あんたの望み通り?別れたんだ。絶対あいつを幸せにしろよ」
俺の顔、今ちゃんと笑えているだろうか。
「そんなの決まってるじゃん」
そう言うと思ったよ。
「なら良い」
返事をした時には、男はいつの間にか姿を消していた。俺も最後の一口を飲んでから、美琴が置いていったお札とともに会計を済ました。それから店を出て、閑散とした夜道へ足を進める。
俺では、絶対あの男に敵わない。
俺では、美琴を幸せにしてやれない。
あの男は正直言って、子犬の皮を被った狼だ。その狼の美琴への執愛、独占欲はとても半端なものではない。それが美琴にとって幸せなことなのか不幸なことなのか、俺には分からないが。
いずれにしても、俺からは真実を口にすることは出来ない…
ただ一つ、俺の口から言えること。
それは、
─幸せになれよ、美琴─
美琴と2年間も一緒にいられたことは、俺にとって、とても幸せなことだった。俺の方こそありがとうだよ。
でもな……
本当は、恋人として最後に伝えたかったことがある。
でも、言える訳がない。だって、あいつの目からは逃れられないのだから。
もし、さっき言ったら、言ってしまっていたら……今度はどうなるか!!!
結局、俺は最後まで男として弱いままだったのだ。
だけど、それでも…それでも!!!
伝えたかったよ、美琴。
俺はふと、今にも消え入りそうな淡い光の星空を見る。そして、
「俺は、美琴が……」
好…き…だよ……
甘い攻防 ニャン太郎 @kk170215
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