第10話「旅立ち」

 水平線が果てしなく広がるこの景色をいつぶりに見ただろうか。ざばざばと絶え間なく響き渡る無数の波の音は人工物だらけの町には無い絶対的な大自然を感じさせる。波打ち際には海藻だけではなく、無色透明な海月が波で打ち上げられては引き戻されていた。僕はそんな海月達を見つめながら日傘の下で水着に着替えている瑠子を待っていた。

 あの日、悠人と別れた僕達は本当に大変な月日を過ごすことになった。

とにかく、一度死んで除籍されている瑠子を僕は守っていかなければならないのだ。クラスメイトの女子に瑠子をしばらく君の家に泊めさせて欲しいと土下座をしてまで頼み込んだり、そっけない父親に自立して友人とシェアハウスをしたいから親権者及び保証人として承諾してほしいとこれまでで一番深く頭を下げたり、今以上に稼げるバイト先を探したりなど、緊張感や体重が幾らあっても足らない毎日を過ごした。中でも一番苦労したのは瑠子を守っていくために一緒に暮らす部屋探しである。僕は血眼で数日間かけて必死にネットで高校生がシェアハウスできる部屋を探し続けた。瑠子の意見を聞きながら何時間かかけて検索したのだが、部屋はよくても家賃が高い、家賃が安くても部屋は微妙に狭いなど、自分が求めている条件を満たしたいい部屋がなかなか見つからない。帯に短し襷に長しとはこのことだろう。迷走が続いた数日後の夜中の2時になってやっといい物件を見つけられた時は本当に歓喜し、倒れ込むように寝たものである。

僕と瑠子が二人で苦労を重ねて生活し始めてから半年以上が経った。育った環境により愛情表現が上手ではない瑠子も、最初こそは沢山トラブルを起こして大変だったが、少しずつ人との関わり、誰かを愛するということを知っていってくれた。

瑠子と一緒に生活を始めた最初の日。彼女は泣きながら僕に黙っていたことを正直に話してくれた。悠人に僕を連れて来させたのは、自分の手で僕を殺すことで甘えたい欲求を満たすためであったということ。そして、あの時僕を霊界へ案内してくれた悠人は幽霊であり、霊界の仕事のためにこの世とあの世を行き来していたということだった。今までの自分の過ちを悔い改め、涙を流して謝罪する彼女の背中を僕は父親のように摩った。勿論、あまりの衝撃の大きさで僕は胸が押し潰されそうになったが、それ以上に彼女に寄り添いたかったのだ。しばらくして彼女が落ち着いたのを確認すると、いつになれば悠人に会えるのかを僕は尋ねた。しかし、それについては彼女にもよく分からないらしかった。半年以上が経った今でも悠人からの連絡はない。心配と不安が僕達の中に残った。

「健太郎、お待たせ」

黒い水着のワンピースに着替え終わった瑠子は僕の肩をポンと叩く。あれから長く伸びた髪が潮風でなびいてとても綺麗だった。

「瑠子はこれから先、どうしたい?」

と、僕は尋ねる。

「決まっているでしょ?」

と、彼女は迷わず答えた。「せっかく来たんだし、まずは思いっきり海に入っちゃうんだよ。嫌なこととか悲しいこととか全部忘れてさ。じゃなかったら一度きりの人生、ちっとも前に進めないよ」

「うん、そうだ……僕達は死んで生まれ変わったら結局全部忘れちゃうんだった。だから一度きりの人生なんだね」

誰かが読んでいるこの世界で、この広い宇宙のちっぽけな地球で、雲一つない青空の下、自由となった少年と少女は冷たい海の中へ駆け込んで行った。

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Vol.1【鏡の中のルコ】 平良 リョウジ @202214109

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